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攻略への下準備(4)

 七階の冷気はそれまでとは一線を画すものがあった。

 代わり映えのない風景の中、増していく寒さ。一人で進むとなると孤独も相まって精神的な負担がある。

 が、そんなことは言ってられない。今頃五階で奮闘している二人を思うと、泣き言は言ってられない。

 まさか今日中に六階に行くことなど無いとは思うが、五階だからといって駆け出し冒険者が楽に戦えることはないからな。


 ……いや、六階になんて行ってないだろうな? 奴等のことだから、何をやるか分からない。

 心配になってきた。


「おっと」


 七階を進む俺は魔物の気配を感知し、一歩身を引く。

 一昨日〈イレギュラー・シフト〉で見かけた〈ワーウルフ〉の気配だ。

 あれ程強烈な個体は滅多にないが、それでも通常時の俺の身体能力では面倒な相手となる。


「チッ……」


 気配が寄ってくるのを感じ、剣を抜く。

 装備は通常の剣と盾。背中には役に立ちそうな物を詰め込んだ鞄のみ。

 機動力を重視して長剣は置いてきたので、戦力としては心許ない。身を引き、せめて奇襲でと人間の背ほど隆起した岩の陰に隠れる。


 広くない通路の中、唯一身を隠す場所。あって良かったと思いつつ身を屈めるが、気配は近付いてくるとその足を止めた。

 ここらの魔物になってくると、ナチュラルに〈気配探知〉を使ってくるのだ。

 俺を待ち構えるように立ち塞がる〈ワーウルフ〉に、俺は観念して岩陰を出た。


「いきなりか……!」


 ご対面からにっこり挨拶、というわけにはいかず剛腕を振り上げる〈ワーウルフ〉。

 俺は振り上げた腕の隙間を抜けるように潜り込むと、背後へと回り込む。

 敵は一匹なので、焦ることはない。暴れるように繰り出された裏拳を屈んで避けると、俺は剣を斬り上げた。

 首筋へと一閃。〈剣術LV8〉(一年前の計測)は伊達ではなく、頸動脈を刻むと血のシャワーを吹き出させる。


「あばよ」


 出血多量で死を待つだけの敵に用はなく、腹部に蹴りを加え、距離を離すと俺は踵を返す。


 ──なるほど、フィジカルもいける。


 蹴りを加えたのは最後の足掻きを喰らわぬよう距離を離すためもあったが、通常の身体能力が通じるかどうかを確かめる意味合いもあった。

 通用する、というのが結果だ。蹴りは〈ワーウルフ〉の丹田を捉え、バランスを崩すどころか吹き飛ばし……ダウンさせた。


 普段長剣を振り回していると両手は塞がっているし、そもそも前線を剣で荒らした後はアンやヴァインがそそくさと敵を処理してくれるので蹴りで隙を誤魔化すという発想に至らなかった。

 が、案外いけるものだ。新たな収穫を得た俺は剣をしまうと、再び進み始める。


 この調子だと盾も必要なかったのではないだろうか。


 進む俺の頭に、そんな考えが過ぎる。

 そもそも身体能力が通用するかどうか、といった懸念から万が一のために盾を用意しておこうという考えに至ったのが、通用するとなれば破綻する。

 それなら片手の不自由を無くし剣のみで戦うか長剣を引きずってきて振り回せば良かったのでは、と今更考えてしまう。


 ……ま、この先使う機会を設けよう。折角だし。


 どこか使う機会は、と彷徨うようにひたすら歩く俺は盾を使うという感覚から昔を思い出していた。

 騎士の戦闘スタイルは大抵二つ。剣を両手持ちで振り回すか、盾に加えて剣や槍という組み合わせで戦うか。

 稀に大盾のみという者も居るし実際戦では役に立つのだが、なんせ不人気である。


 ともかく、訓練ではとりあえず盾の使い方も教えておけば後々武器のみというスタイルを取るにしろ損にはならない、という教え方を若者に取っていた為に俺は盾を使う機会が多かった。

 そこでいつも訓練相手になっていたのが幼馴染みなのだが、ある日盾のみで相手になってやると言われたのだ。


 当時とてつもなく強かったそいつに、俺は日頃やられている借りを返せるチャンスだと思い木刀を握りしめたのだが、見事に剣撃をいなされ盾で殴られまくったというのが苦い思い出の概要だ。

 

「む」


 七階を行く俺は、小さな魔物の気配を感じとる。

 〈スピアラビット〉の集団だ。視界に入れると、俺を見張るように眺め返してくる。

 六階にも居たな、と思いつつ俺は足を止めた。

 集団は脇道の奥の方から俺を見ている。別に八階へ向かう道ではないので無視をしてもいいのだが、それは冒険者がよくやりがちな死因の一つである。


 此方に構わないのであれば無視をして先へゆこう、とすると突如駆けてきた魔物に後方から襲われるというケースは珍しくない。

 それだけならまだしも、加えて前方から魔物が来る時もあり挟撃というシチュエーションに強い冒険者パーティーがあっさりやられるというのはよく耳にする。


 というか実際、俺がそれで痛い目を見た。そういった体験を元に、俺はウサギ達へ寄っていく。

 長く鋭利な角を持つコイツ等に盾の出番はない。貫通する可能性だって考えれば容易には使えないからな。


「邪魔だ」


 俺が接近してくるのを確認すると、しめたものだと向かってくるウサギの集団。

 数は五、六、七……七か。多少多いが、所詮上の階でも出た魔物だ。なんとかなるだろう。

 先手だと、走ってくる〈スピアラビット〉に退くことはなく果敢な踏み込み。


 身軽に跳躍することが最大の特徴だが、飛ばせなければただ長い角を持つウサギだ。

 敵が飛ぶより前に斧のように振り下ろした剣が、一匹を脳天から裂く。

 左右に一匹づつ。俺は利き手である右の方へ振り下ろした剣をそのまま斬り上げる。


 腹から真っ逆さま、一撃にて仕留めた俺は左から飛びかかってくる〈スピアラビット〉の動きを見切り、スウェー。

 上体の動きのみで角をかわすと、盾で顎からかち上げる。


「なるほど」


 ようやく来た盾の使用機会。それは〈スピアラビット〉を一撃で気絶させるというまさかの活躍だった。

 俺は残る四体を睨むと、少し距離を置かれている。

 魔物の感情は読めないが、その瞳にはどこか恐怖の色が宿っているように見えた。


 どうした、と尋ねるような視線を向けると、一匹が勇猛果敢にも先陣を切る。

 が、粉砕。今度は横に動くと、そのまま盾で胴体を殴り飛ばす。

 飛びかかって来ていた〈スピアラビット〉は壁に叩きつけられ、ずるりと地に落ちる。

 死に至ったかどうかは分からないが泡を吹いており、動かない。

 残った三匹はそれを見て後退。のち、走って逃げ去る。


「……」


 逃げた獲物を追う趣味はなかったが、俺は追うように歩き出す。

 今日の目的は七階の構造の把握。本命の道は大方分かっているが、隅々まで知り尽くすのがダンジョンを攻略する上で大切なファクターだ。


 しかし、ドリアン・ゲデル氏が言うように盾は武器と数えても間違いではないのかもしれないな。

 苦い思い出も含め、エピソードの数々にそんな感想を抱きつつ、俺は七階の探索を再開した。

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