攻略への下準備(3)
「……さ、本番ですわね」
弓を手に、私に並ぶシトラが口にする。
ラースが居ないため、先頭はシトラ。山勘で動く私と〈気配探知〉、〈魔力感知〉という確かなものを持っている二人では、この並びは当たり前だろう。
頼りな背中を眺めつつ、私は〈プロミネンス〉を握り直す。
鉄の甲の下の手の平は汗で蒸れている。まだ、この手で人に向かって武器を振るったという感触が残っている。
人に向かって鎚を打ち込むなど一生にあるかどうか。鉄のブーツで人の頭部に蹴りをくらわせるなど道徳的にいかがなものか。
意外とナイーブなんだと、自分の“焦り”に焦る。
「緊張してますの?」
「そんな、柄にもない」
何かを感じ取ったのか、振り返ったシトラが心配そうに尋ねてくる。
この感情は緊張ではない。それは確かで、否定をした私は心配かけまいと気を持ち直す。
冒険者同士の衝突などそう珍しいことではない。
この先もあるだろうし、対人で一々動揺していては仕方がない。
人を殺す機会だって、もしかしたら巡り巡って来るかもしれないのだ。
「居ますわ」
道なりに進んでゆくと曲がり角にぶち当たる。その手前でシトラは足を止めた。
目配せをし、隊列を交代。シトラが立てた三本の指からこの先に居る魔物の数を察しつつ、出来るだけ壁際に寄り、曲がり角から距離を取りつつ……進む。
「!!」
私が角を出ると、突如飛びかかってくる灰色。
長い角の小動物──といっても“本来のサイズ”と比べると大きい。
〈スピアラビット〉と呼ばれるウサギだ。何も害のないウサギは愛玩動物として見られるが、コイツは愛でるなんてとんでもない。
なんせ肉食なのだ。長く鋭利な角で敵の肉を引き裂き、発達した牙と顎でかっ食らう。
そんな〈スピアラビット〉を、私は〈プロミネンス〉で下からかち上げる。
「ピャアァァッッ!!」という甲高い断末魔を残し、天井に叩きつけられたそれは無残にも少し凹んだような形で自由落下する。
それを悠長に眺めている暇は、無い。残った二体は下から上からと攻め込んでくる。
迫りくる二本の角。咄嗟の出来事に、思考が止まる。
どちらを対応するべきなのか? そういった逡巡の間に、危機は迫る。
「〈アイスアロー〉」
そんな危機を救ったのはシトラの援護。的確に下段のウサギの首を射抜き、仕留める。
おかげで対処は楽になり、私は上段の、跳躍する〈スピアラビット〉の角をさっと避ける。
後方の壁に直撃するだろう、そう思いきや敵は長い角が刺さらないよう仰け反った体勢で壁を蹴り、天井へ。
次は天井を蹴り、角をロールさせるように振りながら急降下してくる。
「せー……のっ!」
私は前方へのダッシュでそれを避けると、振り向き様に〈プロミネンス〉を一振り。
低空を這う黒が〈スピアラビット〉の角を砕き、頭部へ到達。
勢いそのままに〈プロミネンス〉は敵の頭部を砕き、脳漿をぶちまけさせた。
戦闘が終わり、私はふぅと安堵の息を吐き出す。
見た目の禍々しさでいえばワームやウルフの方がそうだが、厄介な敵だった。
“狩り”を分かっている。待ち伏せをしたり、トリッキーな動きで乱したり。
それに加えて高い身体能力や厄介な武器を持っている。六階に踏み込んだことを今、実感した。
再び歩みは再開し、シトラを先頭に進む。
どことない臨場感に心は高揚していた。
ようやく冒険者らしく死の瀬戸際で戦うことができる。ようやく狩り狩られというラインで戦うことができる。
最早先ほど対人のショックに打ち震えていた私は居らず、〈プロミネンス〉を握り直すその手は固く、強いもの。
「ふふ、乗ってきましたわね」
感情を読むギフトでも持っているのだろうか? そう思えるほど私のテンションを把握しているシトラは振り返ることすらせず笑った。
あぁ、乗っている。早く、早く次へ。
ラースの狂気を馬鹿に出来ないほどの感覚が私に宿り、背中を押す。
「居ますわよ」
私達は六階の地理は完全には把握していない。ラースも深くまではいかないだろうと、六階の序盤の道しか話さなかったのだ。
逆にいえば序盤の地理は把握している。シトラが“居る”と言った道の先は広間に出て、抜けた先の道は行き止まりになっている。
だが、そんなことは関係ない。流れるような足運びから、道を駆け抜ける。
〈ロックサウルス〉と呼ばれる重量級の魔物が数匹広間に固まっており、私の気配を感じたそれらは視線を向けてくると、一気に臨戦態勢に。
私は牽制に〈クラッシュウェーブ〉のスキルを発動させる。
初めて使うスキルだったが、発動の仕方は体が知っていた。
下から上へ、いつものかち上げる動作でそのまま衝撃波を打ち出すイメージ。
全身をバネにフルスイングして打ち出した〈クラッシュウェーブ〉は、一番近くにいた〈ロックサウルス〉の巨体を揺るがす。
竜種ほどではないが、人間に比べれば巨躯。その重さは三〇〇キロはゆうに超えるだろう。
普通であれば私達の力で彼等の体を揺るがすことなどあり得ないが、ギフト様々だ。
私は揺らめいた〈ロックサウルス〉の陰に隠れるように潜り込み、集中。
いかに〈剛力〉を持つ私といえど、これほどの重量級をマトモに相手にするのは少し自信がない。
そこで使うのは〈パワーストライク〉。溜めを挟み、強烈な一撃をくらわせることで一撃粉砕を狙う。
「シトラ!」
「お任せあれ」
声をかけると、既に広間の入り口付近まで寄ってきていたシトラが両手を水平に上げる。
〈バインド〉と呼ばれる光の中級魔法だ。蜘蛛の糸のような光の線が私の目の前にいる〈ロックサウルス〉を拘束し、なおかつ退ける。
目の前が開いた私は、一歩二歩。踏み締めるような歩みの後──溜めていた力を解き放った。
ズドオオオオオオアオオオオンンンンンン!!
ラースがワーウルフと激突した時のような衝撃音と共に、一体の〈ロックサウルス〉の頭部が陥没する。
頭ごと地面に叩きつけ、その衝撃で近くに居た〈ロックサウルス〉も怯む。
残るは三体。私は〈バインド〉によって拘束されている〈ロックサウルス〉に再び接近すると、今度は体内の魔力を腕に集中させた。
〈マジックエンハンス〉。魔力を局所的に集め、一撃を高めるスキルだ。
目標は胴体。捻りを加え、回転を乗せ、やや斜めから──振る。
魔力を乗せた一撃は〈ロックサウルス〉の巨体を宙に浮かせる。
光の拘束をも断ち切り、吹き飛んだ巨体の行先は仲間のもと。
私の一撃が引き起こしたのは、仲間同士の激突事故。残っていた二匹も巻き込まれて倒れてしまう。
狙った事とはいえ上手く行き、内心驚いている。
「〈バインド〉!!」
シトラは倒れている三匹を〈バインド〉でまとめるように拘束する。
一極集中。ゆっくりと近寄っていった私は〈プロミネンス〉を振り上げると、〈パワーストライク〉で仕留めてゆく。
「…………まだまだ」
スキルを使うと気力というか、体力を少し消耗する気がするが、力はまだまだ残っている。
「シトラ、魔力は大丈夫?」
「六階に来る途中でも少し使いましたし、残りは七割程度ですわね。尽きそうになったら言いますわ」
「おーけー」
二人とも余力は十分。いつもの陣形で再び六階の探索を始める。
さあ、足踏みしている暇はない。どんどん戦おう。




