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攻略への下準備(2)

「じゃ、ここからはお別れだ。行けそうなら六階まで行ってもいいが、魔物の情報は頭から抜かしちゃダメだぞ」


 五階の最終地点まで来た私達。保護者のような接し方をするラースの話をうんうんと頷きつつ流す。


「そっちこそ頑張ってら」


「どうかご無事で」


 雑な私に続いて丁寧なシトラ。その差に自分のガサツさが際立つが、ラースを心配する気持ちは同じぐらいなので問題ないのである。

 先行くラースを手を振って送った後、私達は顔を見合わせる。

 Aランクのダンジョンの中層で新人冒険者二人が狩りをするという話は聞いたことがない。なんならダンジョンに入ることすら止められる。


 私達が今からやることはそれほど前代未聞なのだ。いくらスーパールーキー二人とはいえ、互いの息の合い方が重要になってくる。

 基本的には私が前衛、彼女が後衛となる。シトラのサポートやコーチングは的確なので、息が合わないということはあまり考え辛い。

 が、なんせ経験が少ないのだ。思わぬアクシデントに足をすくわれないよう、気を張ってゆこう。


「ん、どしたのシトラ」


 道を戻ろうとする私は、その場で立ち止まるシトラに首を傾げる。


 はっ、もしや内に秘めていた怒りをここでぶつけるのか!?


 私は仲間割れの恐怖に一歩後退りするが、よくよく見てみると穏やかな表情だ。

 と、すれば。


 はっ、もしやダンジョンで二人きりという状況に性的興奮を覚え襲いかかってくるのか!?


 寝ている私を襲ったという前科持ちのシトラ。

 更なる恐怖に打ち震える私は二歩三歩と後退するが、シトラはそんな私に怪訝に思ったのか逆に首を傾げる。


「五階で狩りをしたとして、私達は成長するでしょうか」


 唐突に疑問を投げかけられ、私は混乱する。

 襲うつもりではないらしい。それを理解すると、すぐに彼女の質問に思考が移る。

 成長というかスタミナ増強が目的だし、強い魔物と戦う必要がない。

 それに、五階でも十分厄介な魔物が出てくる。強いとまではいかなくとも一般の冒険者が苦戦するようなものばかりだ。


 だが、イケイケの私にしては日和っていたかもしれない。

 行けそうなら行っていい。そう言われた以上、次へゆく資格はある。


「六階、いくか……!」


 待ってましたとばかりにシトラが微笑む。

 私を焚き付ける意味合いで言ったのだろう。ラースの前では大人しいが、元来はやんちゃなエルフである。


 あまり早く行くとラースとかち合ってしまう可能性がある、ということで五分ほど間を置いたのち私達は六階へと踏み入れた。

 別に後ろめたいことはないはずだが、気まずい。それはもしかすると後ろめたいのかもしれないが、気まずいということである。


「む……」


「変わりましたわね」


 六階に感じる違和感に二人して声を揃える。

 ダンジョン内に漂う冷気が一層増したような

感覚。

 私は直感的なものだが、シトラは〈気配探知〉、〈魔力感知〉を持っているから確かな変化を感じているだろう。


 そもそも、ダンジョンは階層が変わったからとて必ずしも居る魔物が変わるわけではない。

 二、三階同じ顔触れが続くこともざらにある。

 とはいえ普通は一種類減って一種類増えるぐらいの考えでいいのだが、この階はあからさまに“死の匂い”が漂ってくる。


「エルゥ嬢じゃないか」


 緊張で手に汗が滲む私に声をかけてきたのは二〇代半ばの、鎧をまとった爽やかな短髪の青年。

 この街〈サージェスト〉の出身者で固められたAランクパーティーのリーダーであるカッツだ。

 見てみると角の方でパーティーが並んで腰を下ろしており、私に気がついたカッツが立ち上がると近寄ってくる。


「や」


 奇遇、と小さく手を上げ挨拶。

 カッツは「や、じゃなくて」とやや苦笑いで、


「冒険者を初めて三日目のお嬢ちゃんが来る場所じゃないだろ。ラースも先に行っちまったし、どうなってんだ?」


 何が何やらといった表情のカッツに、私は事情を説明する。

 ヴァインに大胆な宣言をしてしまったこと、ラースは七、八階の下見をしに行ったこと、私達はこの階層で狩りをすること。

 カッツ率いる仲良しパーティー五人組は一つ一つにオーバーなまでのリアクションを取る。


 剣士のカッツ、重戦士のディクソン。まだ私と同じくらいの年で双子の姉弟魔術師であるミーナにジーラに、盗賊(シーフ)のヴィヴィアン。

 話していて話を盛ったら面白いかも、と思うぐらいに反応が良く、聞き終えるとジーラが「ちょいちょいちょい!」とツッコミを入れてくる。


「ちょ、ちょっと待てよ! 裸踊りって! エルゥ、なんでそんな約束!」


 ジーラは近所の宿屋の息子で幼い時から顔は知っているが、とにかく私のことが好きである。

 周り全員にバレているほど露骨に大好きだが、本人は隠しているつもりらしい。

 ぶっちゃけ好みではないので知っていて無視をしている。


 だって、私と背丈がそれほど変わらないのだ。これ以上悪発育の遺伝子の連鎖を繋げてはならんと思う私は、将来は高身長の男性と結婚するのである。

 更に条件を付け加えると、父親みたいなムキムキマッチョ以外でお願いしたい。


「勢いでしてしまったから仕方ない」


「しっ、仕方なくねえよ! エルゥのそんな姿、俺…………俺!!」


「うるさい」


 切に訴えかけるように詰めかけてきたジーラを突き放すと、私はフロアの奥へ爪先を向ける。


「待てっ、事情は分かったがここは通せない。いくら時間が無いとはいえ、六階を新人二人で探索するなんて無謀もいいとこだ」


 前に立ちはだかったのはカッツ。ディクソン、ミーナ、ヴィヴィアンも止めるつもりのようで彼の後ろに立っている。


「あら」


 どうすべきか迷う私の横にすっとシトラが出てくる。

 その笑みはどこか不気味なほどの“悪さ”を感じさせるもので、嫌な予感に襲われる。


「あなた達が稽古をつけてくれても、よろしくってよ」


 嫌な予感は的中し、弓を構えるシトラ。

 一気に場は緊張感に包まれ、カッツ達も武器を手に臨戦態勢に入る。

 私が物心つく前から顔を知っている人達。そんな人達に武器を向けるのは些か抵抗が。


「よろしくってよ」


 特に無かった。シトラの口調を真似ながら〈プロミネンス〉の片側、突出している部分を威嚇するように向ける。

 私のSSランクという野望の前には幼馴染どころか父母さえも立ち塞がることを許さない。

 ジーラは「俺はエルゥとは戦えない!」と早々におりるが、他の四人はまだ迷いが残っている。


 ──中途半端。


「はぁっ……!」


 躊躇いの中に気持ちがある四人に隙ありと、接近を試みる。

 〈プロミネンス〉を小さめのテイクバックから横薙ぎに。ディクソンが片手に持つ大盾に平たい面の方をぶつけるように振るった。


「ぐあっ!!!!?」


 私の一撃は直撃し、ディクソンは吹き飛ぶ。盾の上からだし、反応は見せていた。

 手加減もしたし、ダメージは少ないはず。


 ──それより。


 思考を目まぐるしく稼働させる。私を止めるべく接近してきたのはヴィヴィアン。

 盗賊(シーフ)と呼ばれる職業は主に短剣で細かい魔法を使い撹乱することが役割だ。

 短剣に適性を持つ者は〈気配遮断〉や〈緻密〉、〈俊敏〉を持っていることが多い。


 素早く前線を駆ける様が盗賊みたいだね、と言われたのが職の始まりらしい。

 せめて暗殺者であれば格好良かったと思う。


「エルゥ、少し痛いよっ!」


 ヴィヴィアンは私の貧乳仲間である(一方的だが)。

 しかも背丈が一六○後半と大きめなのに対して胸が控えめという業を背負う、私が心を許せる数少ない相手だ。

 だけど、容赦はしない。私の腹部に向けて掌底を繰り出すヴィヴィアンの右手を、鉄のブーツで迎え撃つ。


 衝突と共にゴキッ、と鈍い音を立てて彼女の手首があらぬ方向に曲がるが、自滅のような格好である。

 ……そう、自滅である。私は悪くない。

 そう思わなければ私も心が痛むところがあり、思い込みに成功したところで次なる敵を見据える。


 カッツだ。今は爽やか好青年だが、昔は血気盛んで対人戦も数を積んでいる。

 私が蹴りを繰り出した隙に合わせるように、リーチ内へ。

 狙いは鼻柱、鉄の甲での殴打。剣ほどではないが、当たればタダでは済まないだろう。


「〈レイ〉」


 だが、シトラによる光の初級魔法の援護。光の柱が私の肩越し飛び出し、カッツの胸部を強く穿つ。

 〈レイ〉を受けたカッツは苦悶の表情を浮かべ、後退り。


 仮に剣による攻撃でもシトラのサポートは間に合ったろう。

 それほど迅速かつ的確な援護射撃で、私は心の中で親指を立てつつ、〈プロミネンス〉の突出部をダンジョンに床に突き刺した。


「なっ…………!?」


 〈プロミネンス〉を支柱にした旋風脚。まるでポールダンサーのような舞に翻弄されたカッツは側頭部に蹴りを貰い、あえなく撃沈。

 私は次に最後方に居座っているミーナを見据えるが、戦意を失っているらしく両手を上げている。

 どこか怯えるような視線の先は、私の後方。振り返ってみるとシトラが魔法で作成した光の弓を引き絞っており、いつでも放てるといった姿勢で構えていた。


「終わり、ですわね」


 戦闘の終了を確認したシトラが作っていた光弓の魔法を破棄する。

 カッツ とディクソンはダメージによって立てず、手首の折れたヴィヴィアンは既に離れて傍観している。

 形的には不意打ちにも似ているが、勝てばよかろうなのです。


「さ、通してもらう」


 要のカッツは気絶しているらしく、他の者も止めようとはしない。

 私達は呆然とするAランクパーティーの群れを、通り抜けてゆく。


「あ、それは治しておきますわね」


 ヴィヴィアンの側を通る際、シトラが中級治癒魔法の〈ヒーリング〉を発動。

 折れていた手首は治ったらしく、驚いた表情で自分のそれの動作を確認している。

 魔力は勿体ないが、無茶を通したのはどちらかといえば我々だ。せめてもの償いだろう。


 ……一番重傷にも見えるカッツはタフだし、大丈夫だと思う。レディーファーストということで。

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