攻略への下準備
「ごめりんこ」
「てへっ」とかわい子ぶりつつ頭をコツン、と叩くエルゥに俺達二人はただただ項垂れていた。
今朝の会議はなんだったのか。当面は体力の増強に重きを置くという方針だったはずが、一週間という短期間でAランクのダンジョンを攻略することになってしまった。
終わりが見えている場所ならともかく、まだ八階の全容すら見えていないのだ。
エルゥの悪癖というか、“見栄張り芸”というか。
せめてもう少しダンジョンの攻略が進んだり、パーティーの状態が仕上がった時に発動して欲しかったものだが、よりによって……。
いくらでも出てくる愚痴を引っ込め、俺は嘆息で気持ちを切り替え──これからの方針を提案する。
「過ぎたことは仕方がない。だが少なくとも四日、四日をエルゥとシトラの戦闘慣れの時間にあてる。
休息のち、残りの二日で攻略といった手順でどうだろうか」
俺の提案は飽くまで選択肢の一つであり、強制的なものではない。
特にエルゥあたりが反論してくると思いつつ出した“一見”平凡なプランだ。
「攻略の中でスタミナを付けていくというのは?」
返答にやはり、と思いつつ腕を組む俺は首を横に振る。
「七、八階辺りは正直Sランクのパーティーでも戦闘を避けたい魔物が多く地形も厄介だ。
そこで、四日間は五階辺りを基軸に二人で戦ってもらい、俺はそこらの攻略法を把握するべく単身リサーチに向かう」
「さ、流石のラースさんとはいえ無茶ではなくって? 私達が二人で戦うのはともかく、それほど危険な場所を一人でゆくというのは自殺行為ですわ」
「しょうがないだろう。一週間しか無いんだから」
俺は「一週間しか」と復唱し、エルゥに視線を送る。
彼女はバツの悪そうな顔で俯いており、「あう」と声を漏らすだけ。
エルゥの反論が無いとなると、シトラも「仕方がないか」と納得を得る。
どうにか二人を丸め込むことはでき、俺は一安心。
……実際、無茶なのもそうだし自殺行為というのも間違いない。
八階に関してはなんせ一度死にかけているし、単身乗り込むなんて無謀に程があるのは重々承知だ。だが、やらなければならない。
三人揃って街中で裸踊りなんぞ、ダンジョンで朽ちる方が本望とまで言える。
背もたれのない丸椅子に座り直し、組んでいた腕を解くとテーブルに両肘を突く。
「ま、俺のことは安心してくれ。それより、二人で戦闘をすることになるが、そっちは大丈夫か?」
それとなしに二人の話題に切り替えると、覚悟は大丈夫らしく強い頷きが返ってくる。
「やると言ったからにはやる。ちょっと勢いに任せて宣言してしまったけど、決して出来ないとは思っていない」
「あの勢いが“ちょっと”だったかどうかは分かりませんが、どの道クリアするダンジョンですわ。さっさと攻略し、土下座でも見つつ祝杯でもあげましょう」
やや根に持っているところもあるのかシトラは毒の利かせた発言をするが、心意気や良し。
「そうと決まれば善は急げだ。俺は用意して来るから、二人も食べ終わったらダンジョンの前で待っていてくれ」
先に食べ終わった俺は席を立つと、ギルドを後にした。
◇
ギルドを先に出、街を歩く俺は浮ついた気持ちだった。
エルゥが条件に〈剛剣フレストリア〉の返却を含めたのが嬉しかったのだ。
どちらかといえば彼女の善意というよりフレストリアが戻ってくるかもしれないということに感情の八割があるが、ともかく。
「──さ、気合を入れるぞ」
念の為と解毒薬や回復薬の買い足し、それを終えると俺はゲデル夫妻が営む武器屋に来ていた。
武器屋とは言うが防具も多少は置いてあり、特に盾はドリアン・ゲデル本人が気合を入れて打った物を置いてある。
氏曰く武器しか打つ気はないが、盾は武器の内に入るとのこと。トンデモ理論にも見えるが、冒険者の中には盾を武器にする者も居るには居る。
今までは個人的に盾という物に苦い思い出があるのと、攻撃的なスタイルゆえに通常の剣を使っている時でも持たなかった。
苦い思い出というのは王都に居た時、将来騎士団入りを有望視されていた俺はよく訓練に混ぜて貰ったのだが、その時に同じように訓練に混ざっていた幼馴染に模擬戦中に盾で殴り倒されたというものだ。
その幼馴染みというのは俺が冒険者になった一因でもある。
奴と同じ騎士団で過ごす日常を考えると耐え難いものがあった。それは盾の記憶とは別に、性格的なものだ。
そんなことはともかく武器屋に入った俺は店番をしているホリィさんと目が合い、会釈をする。
「おや、どうしたんだい?」
「実は盾が必要になりまして」
「盾? ウチは比較的大きめの盾ばかりだけど、ラースのスタイルは攻めだろう? 合うのかい?」
「えぇ、盾はダンジョンの下見に使うんです。本格的な攻略に乗り出そうと思いまして」
ホリィさんは話を聞いて「アッハッハ!」と笑うと、「気が早いねえ」とにこやかに言った。
彼女は俺達がこれから一週間という突貫でダンジョン攻略に向かうことを知らないのだろう。
知っていたらこの笑う前に何でエルゥの暴走を止めなかったんだと怒鳴られるハズだからな。
事実怒鳴られても仕方がないほど先輩として情けないのであるが。
「んじゃ、氷に強い盾の方がいいかい?」
「うーん……単に強度のあるものが好ましいですね。潜っていくと氷で厄介なのは氷竜辺りになってきますが、流石に避けるか長剣でゴリ押して倒しますから。
即時に身を守ることだけを考えてます」
「んじゃこれだね。若干値は張るけど」
「それで大丈夫です」
ホリィさんが薦めてきたのはドリアン製の証としてDが刻まれた盾だ。
触ってみると硬度も十分。魔法や毒などに対する用途は考えていないので、これでいい。
パーティーの資金はもっとも金銭感覚のあるエルゥが管理しているので、氷竜の素材を売った時に手に入れた個人的な資金から支払う。
盾を貰うと、俺は一礼して武器屋を後にする。
エルゥの宣言は今にも爆速で噂が広がっているだろうし、今度来る時はダンジョンを攻略しきった時だろう。
そうであると願いたい、そう思いつつ荷物の充足を確認すると、ダンジョンへと向かった。




