堂々宣言
「いい朝だっ!」
昨日、バリスさんの過去を聞いてからは各々休息の時間とした。
俺は寝たままだったエルゥを宿に連れ帰ってベッドに寝かせ、読書。
シトラはお洒落なカフェ探しと言って街をぶらついていた。
エルゥは昨晩起床した後に「お腹が減った」と言って飲食店を二つ跨ぐほどの爆食を見せた。その後風呂に入ると、再び就寝。
そうして夜が明け、全快に全開。元気満点のエルゥは彼女にしては大きいボリュームで朝を叫ぶ。
時刻は七時半。やはり冒険者にしては早い時間ではないが、俺達のダンジョン攻略における速度を考えれば昼から潜っても構わないほどだ。
「私、決めた」
三人とも準備は万端。装備を付け、いざ行かんという雰囲気の中、パーティーリーダーが本日の目標とばかりに語り出す。
俺とシトラは“今日はどんな無茶振りが来るのか”と恐れつつ、ワクワクしつつ言葉を待つ。
少しづつ彼女の無茶な発言に慣れてしまっている自分達が居るが、気にしない方が幸せなこともある。
「もう少しペースを落とす。“体”が足りない」
意外な発言に俺達は目を丸くする。昨日も半ばで倒れた(というか疲れて寝た)はものの、他の冒険者の危機というアクシデントに出くわさなければ次の階ぐらいまでは行けたろう。
冒険者としてのバイタリティなんて無理を通せば勝手に着いてくる……というのはやはり、無茶な戦闘を繰り返してきた者の思考なのだろう。
「いいんじゃないか。なんにせよ六、七階辺りからは敵の格も跳ね上がる。通用するかどうかは行ってみなきゃ分からないが、ひとまず四、五階辺りで様子を見るのがいいかもしれない」
伊達にAランクを冠するダンジョンだけあって、生半可な力量では踏破できない。それは奥地まで踏み込んだ俺が一番分かっている。
それに、Aランクとはいうが限りなくSに近いほどの難易度だ。
なんせ、前のパーティーで全滅寸前まで追い込まれたのだ。
そうなった八階が初見では攻略し難い構造になっていたのもあるが、竜種も棲息している。
9階以降などの難易度如何によってはSランクに引き上げられるかもしれない。
「私も異論はありませんわ。昨日は疲労もありましたし、体力不足を痛感しました」
シトラもエルゥとは同じ感想らしい。
見ている限り終始ポーカーフェイスだったし、疲れなどは感じ取ることができなかった。
そういった面は(彼女達に比べて)冒険者として長い俺が配慮すべきだったのだろうが、至らないところである。
「と、いうわけで当面はスタミナ増強、戦闘経験の蓄積を主として活動します。出発!」
今後の方向性をリーダーである?エルゥが宣言するとパン、と大きく手を叩き、今日の冒険が始まった。
◇
ラースが抜け、新しい仲間が加入して三日目の朝。
ギルドに向かう私達の表情は芳しくなかった。
正確には私達全員がというよりは主にヴァインの表情が、だろう。
それに釣られて暗い雰囲気がパーティーに伝搬しているが、私クレアは口を開けない。生来の気の弱さである。
「で、今日は何階まで行くのよ?」
口を開いたのはアンだった。どんな空気であれ自分の思っていることを口にする彼女にはヒヤヒヤさせられることは多々あるが、助かる時もある。
尋ねられたヴァインはやや暗く、陰った表情で「ん?」と間の抜けた返事をする。
「あぁ、五階あたりまで足を伸ばそうかと思う。まだパーティーの連携を深めてもいい時期だろう」
消極的な目標設定だったが、理由も理由なので反対の声は上がらない。
ラースの代わりに最前列を務めるアレックス。彼は二十代前半の戦士で、まだ肉体も若くタフだ。
冒険者としての経歴も十分。Aランクのパーティーでの戦闘も積んできており、作戦行動が身についている。
だが、やはりラースに加えれば見劣りしてしまう。それは印象ではなく、現実に顕著に出ている事実。
戦闘におけるヴァインの負担が増えているのだ。暗い表情はそれに伴った疲労である。
勿論、彼自身も今までは前線に立って剣を振るう機会はたくさんあった。
だけどそれ以上にラースが全て片付けてしまったり、弱い魔物はギフトの〈威圧感〉で追い払っていた。
それもあってか、がっつりと戦闘に加わることになって予想以上の疲労を感じているらしい。
後衛には特に影響はない。アンが魔法を打つ機会が増えるかと思いきや、シェーラの加入によって負担が分散されたのでむしろ楽をしているぐらいだ。
私の回復魔法や補助魔法も深い場所でないと使用する機会が無い。
なんだかんだラースが居なくても今のメンバーであればAランクの上位程の実力はあるのだ。
……まあ、彼単体がS、〈バーサーク〉の爆発力を加味すればSSにも届き兼ねない戦闘力を備えていたのだ。
それに比べると現状の戦力が物足りなく映る致し方ないのかもしれない。
「ちっ」
ギルドに到着した私達。皆が自然とラースの姿を捜すようになっており、真っ先に見つけたであろうヴァインが舌打ちをした。
彼の視線を追うとやはり“噂”の三人組が卓を囲んで食事をとっている。
舌打ちをするぐらいなら捜さなければいいのだが、気になる気持ちも仕方がない。
なんせ、彼等は結成二日目でAランク付けのダンジョンを五階まで上ったのだ。
そういった話が彼等に助けられたという冒険者から上がり、広まっている。
これは新設のパーティーでは考えられない話だ。
パーティーの連携というのは思った以上に難しいものだし、新人を二人連れてそこまで行ったとなると一層凄さが際立つ。
冒険者とは一般人が思うより遥かに容易く死ぬ。
それを重々分かっているはずのラースがそこまで連れていくのは彼自身の手腕もあるが、相当な才覚を二人に感じているのだろう。
「ちょ、ちょっと、ヴァイン!」
彼等の方向へ歩き出したヴァインをアンが制止するが、構わない。
ずかずかと進む彼の背中に嫌な予感を感じつつも私達は着いてゆく。
「よぉ、随分と順調みたいじゃねーか。まだ“仲間は斬っていない”のか?」
その表情は何と表せばいいのか、とても悪辣なものでラースのパーティーに声をかけるヴァイン。
ヴァインは事あるごとにラースの評判を落とす節があったので今回もそのような目的だろうか。
アンも首を振ってこうなったら止められないと呆れており、私も同上。
ヴァインとアンの暴走はラースですら放置するほどなのだ。無事に終わるよう、神にお祈りする他ない。
皮肉なことに神に祈って場が丸くおさまったことなど、一度も無いのだが。
「目障り、飯が不味くなる、失せて」
一蹴。元より毒舌で有名なエルゥ・グランダーソンがヴァインに罵倒を浴びせる。
罵声を浴びせられたヴァインの表情を見ると、青筋が立っている。
横からでも分かるほどに怒りに歪んだ眉間、これでもかと噛み締める奥歯。
「ふ、フンッ。そんな奴と組んでもいいことはないぞ。未来が無いことは目に見えている」
彼女自体を敵に回すつもりはないのか、ヴァインはラースを下げにかかる。
「それで、Sランクパーティー様は組んでからダンジョンをどこまで進んだの?
私達は結成二日、初心者が二人混在するパーティーで五階まで踏破したけど」
エルゥの煽りに、ヴァインは皮膚を貫いてくるのではないかとばかりに青筋を立てる。
向こうは長年冒険者達を相手にしてきた対話のプロだ。癖の強い冒険者達を捌いてきただけはあって、痛いところを突いてくる。
ぐぐぐ、と反論に詰まるヴァインを見てエルゥは「はーあ」と肩を縮こまらせ、手を広げ、オーバーなまでに呆れたようなモーションをする。
「聞いたところによると三階辺りでウロウロしてるんだって?
これがSSに到達するパーティーと、それ以下の凡で終わりを迎えるパーティーの違いか」
最早噴火しそうな程のヴァイン。
「それだけ大口を叩くのであれば、もっと成果を出せるんだろうな?」
ハードルを高みまで上げていくが、エルゥは動じない。
勿論、と頷くと指を一本立てた。
「才能なし共が中々攻略に踏み出せないダンジョンなんて、一週間あれば私達は攻略できる」
「ほ、ほーう? もし達成出来なければ、ただのビックマウスの……それこそ才能なしだな」
舌戦が繰り広げられる中、終始冷静なエルゥは溜息を吐き出す。
「一週間で攻略出来なければ街の真ん中で三人で裸踊りをする。
その代わり出来れば、貴方は土下座をしてこう言うの。
“天才冒険者エルゥ・グランダーソン様の才能に恐れを成しました。これから毎日専属の靴磨きをさせてもらいます”と」
あと、それも返してもらう。とアレックスが背負う剛剣フレストリアに指を差し、宣言してみせるエルゥ・グランダーソン。
出来るわけがない、出来るわけがないのだ。それを一番分かっているラースの表情は引き攣っている。
ヴァインも同じ考えで、大きく高笑いをする。
「出来るものなら、やってみろ。もし踏破できたら条件は飲んでやるが、後には引けないぞ。ギルドに居る冒険者達が言質を取っている」
ここらで止めに入った方がいいのでは、という視線をラースに向けるが……事態の大きさにショックを受けたのか、完全に引き攣った表情のままフリーズしている。
誰も止めることが出来ない。そんな中エルゥは控えめな胸を張り、言い放った。




