執念の理由
「ぐっすりですわね」
シトラの背中で眠るエルゥ。俺は抜き身だった剣を背中にしまうと、あぁと答えた。
〈M・グレートアイスワーム〉を駆逐したエルゥは毒こそ受けない完璧な立ち回りを見せたものの、疲れ果ててその場にへたり込んでしまった。
出していた解毒ポーションは助けた冒険者達が受けていたみたいなのでそれに使い、俺達は引き上げることにした。
エルゥは俺が背負うつもりだったが、単体での戦闘力を考えてシトラが背負い、俺が先頭で大剣を振るうという陣形に収まった。
大剣は昨日今日と持たなかったが、幾度となく振るってきただけはあって体が覚えている。
大剣自体は新調した物なので少し心配だったが、手に馴染む。流石名匠ドリアン・ゲデル作といったところだろうか。
ダンジョンを出た俺達は恒例や恒例、ギルドに向かう。
今の疲弊しきったエルゥの姿をバリスさんが見たらなんと言うか。それは不安だったが、彼には聞きたいこともあった。
「おうっ、早い帰りだな」
ギルドに入ると、入り口付近でご飯を食べていたバリスさんが俺達に気付き、手を挙げる。
朝からダンジョンに出て、時刻は昼を過ぎたところ。
地理は把握していたし、何より全開状態のエルゥがが居たのでペースはサクサクだった。
なので所要時間は五時間程度といったところだろうか。これは冒険者のダンジョン探索としては相当短い時間である。
「ん? どうした、アクシデントか?」
「いえ、単にエナジー切れです。五階まで行ったんですけど、やっぱりまだ体力が足りないみたいで」
「五階ィ!?」
バリスさんの怒声にも似た大声に、俺とシトラはびくっと震え上がる。
今朝、ゆっくりと経験を積ませてやってくれと言われたばかりである。
さながら竜の咆哮。タフな俺は魔物の攻撃を受けてもビクともしないことも多いが、この威圧感には思わずノックバックする。
「や、無理はなくですよ」
「……お前の無理なくはあんまりアテになんねえ。若くしてSランクに到達した奴等は皆無茶してやがるからな。
感覚が麻痺しちまってんだよ」
骨付きのチキンを貪りながら呆れたように語るバリスさん。
ある程度の良識は持っているつもりなので今までの道のりが無茶だったことも分かるし、二日目で死線数多の五階まで潜るということがハードにも程があることは分かっているつもりなのだが……実際に行ってしまった以上言い訳が効かない。
しかしストッパーになれと頼まれた立場でエルゥがどこまで行けるか見たかったので、と口にできるハズもないので、俺の感覚が麻痺していることにしておくのが吉なのだろう。
苦笑いを浮かべて誤魔化しつつ、近くの空き席に腰を下ろす。
「でも、エルゥの根性には驚かされますよ。何か執念じみたものを感じます」
「………………執念、という言葉はあながち間違いじゃないかもしれねぇな」
バリスさんは眉間にシワを寄せ、食事の手を止める。
「過去になにかあったんですか?」
「あぁ、それに関しちゃ俺のせいなんだ。ここで話すことでもないし、場所を変えよう」
ギルドの二階を見上げたバリスさんは、それから爆速で皿の上のモノを平らげると手を上げてフロアスタッフを呼ぶ。
飲食店も兼ねているので、当然給仕の者も雇っている。
ダンジョンが攻略されると冒険者達の食いぶちが減るし、稼業が廃れた時のことなども考えて出来るだけ事業として成り立つための基盤はギルド側も作っているみたいだ。
フロアスタッフが皿を下げると、バリスさんは俺達に目配せをしてギルド内の階段へと歩き始めた。
……ま、ダンジョンは“攻略された数日後には近辺に新しいものが出来る”という法則があるので冒険者の仕事が無くなることは実のところ、無い。
ダンジョンの入り口を魔物が通ることは可能で、誰かが退治しなければならないことを考えると、冒険者という職業は必要だろう。
そもそもダンジョン内でなくとも世界中に魔物は存在するのだし。
「おう、かけてくれ」
仮眠室、執務室と続いて三つ目。応接室に案内された俺とシトラはバリスさんに言われるがままソファに腰掛けた。
エルゥは未だに夢の中で、バリスさんにもたれかかる形でソファに座らされる。
「……俺が昔、Sランクの冒険者をやっていたことは知っているな?」
俺もシトラもその切り出しに頷く。俺は元から知っていたし、昨日武器屋にてドリアンさんの“エルゥを親父のSランクを超える冒険者にしてやれ”という発言があったので少なくともシトラも承知していた。
ただ、情報はそれだけだ。知っているのは彼が見た目通り剛力の戦士だった程度で、そのパーティーメンバーなどについて語られることは冒険者の中でもあまりない。
バリスさんの現役となると、今から一五年ほど前になるだろうか。
丁度エルゥが生まれる年か、その前年程に引退した筈だがベテランの冒険者であれば彼の現役時代を知っている者も居るだろう。
だが、語られない。皆がバリスさんの現役時代の話が出そうになると、ある種“タブー”にも似た雰囲気を醸し出すのだ。
「当時の面子は五人。戦士の俺と、剣士のガイア。後は魔法使いが二人と、治癒師が一人居た。
三人の名前はあえて伏せさせてもらう。本人達はあまりいい思い出だと思ってねえだろうし、ひっそりと暮らしてる身だからな」
聞いた話は何だか身近に感じるものだった。
要するにパーティーの解散は温和なものではなく、何かしら遺恨を残すようなものなのだろう。
それはつい最近というかほんの一日前に俺が体験したことだった。
俺の場合は自業自得な面もあるため、話を聞く前から彼のそれと照らし合わせるのは失礼に当たるかもしれないが。
「きっかけは……そうだな。Sランクになって順風満帆な日々の夜、浴びるように酒を飲んだ席でふと、出たんだよ。Sランクという地位が“終着点でいい”って声が」
それはフォローのつもりだったのか、出来事や年月が彼の考えを変えたのか。仕方ねえんだけどな、と笑って付け加える。
Sランクという地位は過去に言った通り、到達するだけで皆の憧れとなるものだ。
誰もがそこを目指し、精を出す。SSランクという例外は、正直言って度外視されている。
「俺はまだ終わりだとは思わなかったし、若かったしよ、そりゃもう喧嘩になったよ。
ま、そのこと自体は酒の席でのアヤってので仲直りしたんだが、確かな不信感はパーティー内に生まれたわけだ。
だがよ、あんまり自分のことを持ち上げたかねえが、当時のパーティーの勢いは凄かった。
だから過信しちまってたんだろうな……」
後悔するように言うと、バリスさんは項垂れた。
言い淀むということは、彼にとって相当重たい事実なのだろう。
いつになく険しい顔のバリスさんは、再び顔を上げると話を再開する。
「それからは若干の亀裂を抱えつつも、次々とダンジョンを攻略していった。時にはSランクダンジョンをもクリアし、俺はSSランクへの道を見据えていたんだ。
それは共に前線を張っていたガイアの支えが大きかった。アイツは俺をリーダーだと慕って着いて来てくれたし、俺もまたアイツを信頼していた。
当時から俺は仏頂面で口下手だったんだが、アイツは人当たりが良くてな。何だかんだパーティーをまとめてくれたんだ」
突っ込んでいいのか悪いのか。シリアスな話の中で混ぜる自嘲に、戸惑いつつも俺は頷く。
仏頂面で口下手の自覚があるなら改善の余地はありそうなものである。
そんな面もあって彼は冒険者から(特に新人から)怖がられることも多い。
ま、根っこの部分で良い人だと皆も分かっているので信頼も厚いのだが。
「そんで、遂に俺達はアンタッチャブルと言われるSSランクのダンジョンに挑むことにしたんだ」
「SS……まさか、過去一度も攻略されることもなく安置されているキング島の、あのダンジョンですか?」
「あぁ、まさに頂点を冠する〈キングスクラウン〉のことだよ」
驚いた俺は確認を取るが、やはりそうらしい。
誰が付けたか、王の島。世界の最果てにあるその地には、過去に誰も攻略を成し遂げたことがないと言われるダンジョンがある。
その難度は中の奥地に住む魔物が一匹でも出てくれば国が滅ぶと言われるほど。
挑戦すること自体、自殺行為。それが〈キングスクラウン〉と呼ばれるSSランク認定のダンジョンだ。
挑んで潰えた才は数知らず。Sランクはおろか、SSに到達した冒険者も帰ってこない事態にも至ったという。
「だが、俺もパーティーの面々もいざ踏み込むと上がっちまって……でも、その中でガイアは堂々としてた。
それに勇気づけられて俺も剣を振るうと、意外にも敵は死んだ。
どれだけ強い魔物だろうが、死ぬんだよ。ただ、冒険者も同じだ。運で、知で、体で、様々な角度から死へ誘うトラップがダンジョンの中にはたくさんある」
その通りである。
体は自然に身に付くし、運も生まれて持ったものり
なので特に知は重要視され、『駆け出しの冒険者の一歩目は失敗か座学』という格言があるほどで、痛い目を見たくなければ知を身につけるか……痛い目を見て覚えるか。
それが高難易度のダンジョンにもなれば、即死級の未知に襲われる。
そうなる前に“知識を得るという知識”を蓄えなければ先はないという言葉だ。
でも、それよりももっと重要なことはある。それは。
「そんな中、やっぱりこんな声は上がった。“やっぱり引き返した方が”なんてな」
心だ。心を強く持てなければ、人は前に進むことができない。
「それが崩壊の序曲だった。パーティー内に不和が生まれ、連携の乱れを生んだ。
その中でガイアは俺達を逃す為に体を張って…………………………死んだ」
息を呑んだ。
死、その言葉を発した後バリスさんは再び首を垂れると、目を伏せ、閉じる。
「それを機にパーティーは引き返し、何とか生還することができたが最早冒険者を続けるモチベーションは皆には無かった。
誰も自分達の力に疑いを持たなければもっと深くまで行けたのか? それとも、俺が自分達の力に疑いを持たなすぎた結果が、ガイアの死だったのか?
悩めば悩むほど、出てくる言葉はなんにせよ情けないものだった。
俺は逃げるように冒険者を辞めると、故郷であるこの街に戻ってきた」
そこでバリスさんが再び顔を上げると、どこか明るい表情だった。
彼の苦い過去は想像以上のものだったが、それが今にはリンクしない。
むしろ冒険者とは関わりたくないと思うのが普通で、ギルドを設立するには至らないだろう。
「ま、なんやかんやあってギルドを設立ってわけだ」
「「いや、そのなんやかんやを!」」
思わず二人、声を揃えてツッコミを入れる。
バリスさんは頭を掻きながら、今更照れ臭そうに「まいったな」と困り顔。
ここまで詳細に説明しておいてなんやかんや、では済まされない。済まされないのである。
「いやぁ〜、それがよ。日々過ごす内にどうしてもガイアの顔が思い浮かんじまってよ。アイツの最期の顔は悔いのない、実に男らしい顔だったんだ。
それなのに俺がくよくよしてばっかじゃ犠牲になったアイツが浮かばれねえってもんで、今度は育成する側に回って〈キングスクラウン〉を攻略できるような冒険者を育て上げたいと思って、ギルドを設立したんだ」
「いい話ですね」
少し感激したように目を輝かせて言うシトラに、同調するようにうんうんと頷く。
「エルゥもそんなバリスさんの意志を継いで、SSランク冒険者を目指すように?」
「いや」
これまた恥ずかしそうに、大きな図体が縮こまって、
「この話は酒を飲むたびにエルゥに聞かせてた……みたいなんだが、決まってこいつは返すらしいのさ。
『ガイアさんは強かったけど、パパや仲間が情なかったんだよ。
私ならお父さんのようにみっともない負け組にはならないし、弱い仲間は持たない』ってな。
その度に……まぁ、俺も意地になって言い返す……みたいなんだが、そういったのを繰り返すたびにエルゥの中に執念じみたものが宿ったのかなーって。
おっ、オイ! なんだよその白けた顔は!」
段々尻すぼみに落ちていくバリスさんのトーンに釣られるように、俺達のテンションも落ちる。
良い話……だったのだが、結局蓋を開けてみれば意地張り酒飲み親父と強情毒舌娘のプライドのせめぎ合いの結果生まれた執念である。
とはいえ、エルゥもバリスさんに似て、口下手なところがある。
ボロカスは言っても彼女なりにバリスさんの届かなかった場所へ向かい、無念を晴らしてやろうという意思があるのかもしれない。
あるのかも……しれない。あるとー、いいなぁ。そう思う今日この頃であった。




