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足踏みという言葉(4)

 さらに奥へ、奥へ。迫り来る魔物は蹴散らしたり、〈威圧感(プレッシャー)〉の前に恐れ慄いたり。

 魔物によっても若干の個体差があるので、同じ魔物でも効いたり効かなかったりとまちまちだ。

 俺のレベルの足りない〈威圧感〉では特に三階辺りの魔物からそんな現象が見られた。


 四階を超えて五階へ踏み込むが、まだエルゥの勢いは落ちない。

 フルスロットルの彼女を制止することは俺達には出来ず、五階でも全身全霊で魔物を駆逐していく。


 ダンジョンというのは行きだけではなく、帰りもある。

 踏破すればダンジョンが消えて元の場所に戻ることは可能だが、それ以外に出る方法といえば来た道を地道に戻る他ない。

 ましてや、ダンジョンの中が泊まることの出来る環境でないケースでは体力の温存は必需となる。


 だが、エルゥがどこまで行けるのか。それを見たい気持ちが心のどこかにあるのは確かだった。


「……構わないんですの?」


 すっかり陣形は変わり、前列にエルゥ、後列に俺とシトラという布陣。

 小声で話しかけてくるシトラに、俺は強く頷く。

 どの道、今日の目標は六階である。そこからであればエルゥを背負って帰ってくることも無理ではない。


「来た……!」


 疲弊しきった表情に、歓喜の色が宿る。

 分かれ道が三本ある広間に居る俺達は、武器を取ると足音の聞こえる一本へと視線を向けた。

 ぺたぺたと、這うような足音。それは一階で見たようなワーム型の魔物。


 ただ、体色や能力の差はてんで違う。そいつらはあまりにも毒々しい色を持ち、芋虫と呼ぶには大きすぎた。

 〈M・グレートアイスワーム〉、人以上の体長を持つ巨大な(ミミズ)型のワームだ。


「気を付けろ、毒を吐くぞ! それに、奴等の血液にも毒性のものがあるからな!」


「了解!」


 分かったのか分かっていないのか、細い通路へと突撃していくエルゥ。

 標的は一匹。しかし、侮れない。

 ある程度以上のランクの魔物しか居ないこの階層で、単独で行動する。その理由は群れずとも十分な力を持っているからに他ならない。


「ピギャアアアアアアアアアアアアア!!!」


 甲高い声がフロア内にこだまする。

 敵の姿を確認し吠える〈M・グレートアイスワーム〉は、息を吸うように頭部を後方に反らし──俺が注意した毒液を吐き出す。


「〈ウインド・プロテクション〉」


 風の初級魔法が発動し、風による防壁が一度足を止めたエルゥの前に展開される。

 小さな体をすっぽりと覆い隠すように立ち塞がった風壁は、毒液を防ぎ切る。

 エルゥは火属性に風属性の魔法適性があり、中級までの魔法が使えるようだがその用途は攻撃というよりは、初級魔法を小技として戦闘のサポートに使うつもりらしい。


 ただ、初級魔法であろうと上手く使えれば持たざる者より遥かに優位に立てるのだ。

 今のケースだって、毒液を防御する手段を持っていなければ通路に突撃した時点で被弾しかねない。

 そういった算段があるからこそ取れる突撃という戦闘スタイルなのだろう。


 とはいえ“持たざる者”の側の目にはとんでもない橋を渡っているようにしか映らない。

 シトラはともかく、エルゥのような完全感覚型の戦いは天才のそれとしか思えず、理解に至らないのだ。

 なんて言うが俺は〈毒耐性〉の後天的ギフトを持っているので、実際に〈M・グレートアイスワーム〉と対峙した時の戦法は同じように突っ込むというものを取るのだが。


 そんなことはさておき、戦況は進展する。

 ついに懐に潜り込んだエルゥが〈プロミネンス〉を構えると、頭部を目掛けて得物を振るう。

 それを見て俺は背中のバッグを下ろしていた。毒に効果のあるポーションの準備だ。


 〈プロミネンス〉の硬度に、エルゥの腕力。どうしても敵の頭部が炸裂する未来しか見えない。

 頭部が炸裂すれば血が飛散するのは必然。なので俺は迅速にバッグを開き、ポーションを取り出そうとする。


「〈ウインド・プロテクション〉」


 準備は杞憂に終わる。エルゥはインパクトの寸前で風の防壁を張り、飛散する〈M・グレートアイスワーム〉の血を上手くシャットアウトした。

 難敵を見事完封してみせたエルゥは、〈M・グレートアイスワーム〉の死体を火魔法で焼き払う。

 ダンジョンで現れる魔物の死体は“時間の経過で消滅する”といった特性を持っているが、こういった死んでも毒を遺すような魔物は処理しておくのが無難である。

 魔核や体の一部などは切り離すとその法則から逃れることができるが、基本的に死んだ魔物は消滅するのだ。冒険者にとっては死体が邪魔になることが無くなるのでメリットではある。


 バッグを再び背負った俺は、シトラと共にエルゥの元へ駆け付ける。

 歩みは再開され、地図を覚えている俺の指示に沿って奥へと向かう。

 道中、十字路にぶつかる。本来ならば右へと進めば六階への道となるが。


「……」


 左側の通路から聞こえる戦闘音。顔をしかめて視線をやったエルゥに釣られるように、俺達も覗き込む。

 〈M・グレートアイスワーム〉。しかも同時に三匹が広くない通路に並ぶという光景が視線の先に映り、ゲンナリする。

 アレをマトモに相手にするのは俺でも骨が折れる。

 厄介なのは毒液だけでなく、氷のブレスも一つだ。


 ブレスを得意技とする竜種ほど強力なものではないが、狭かろうが関係ないといった態度で放ってくる無差別のそれは最早テロである。

 なので本来であれば無視を決め込んだりそそくさと次の階層への道を進むのが得策なのだが、〈M・グレートアイスワーム〉は現在戦闘の真っ只中にある。


 冒険者達と、だ。それも冒険者パーティーは劣勢に見える。

 ただでさえ厄介な魔物が有利な地形で三匹も並んでいるのだ。それも仕方ない話だが、生死がかかっている現実は“仕方ない”では済まない。

 冒険者の世界とは、想定していない理不尽に襲われる世界だ。それを乗り越え、生を掴まなければならない。


 想定していなかろうが、いくら勝ち目が無かろうが、生き残るという選択肢に向かう。

 それも一種の才能だといえよう。それが無い冒険者は淘汰される。


「リーダー、決めていいぞ」


 助けるかどうかといったところで葛藤しているのだろう、迷いのある顔をしているエルゥの肩をポンと叩くと、選択を委ねる。

 俺であれば助けないだろう。パーティーに属しているなら尚更だ。

 自分達の生死でいっぱいいっぱいということもあるが、彼等を助けることでパーティーを危険に晒す可能性もある。


 気分的なもので救いの手を差し伸べることはあるかもしれないが、基本的に他人を助けるということはない。

 それは善人であるとか、ないとかではない。一パーティーに属する冒険者としての自覚があるかどうかという問題だ。


 俺も駆け出しの頃はよく、前のパーティーで他人に対して余計な気を回してはヴァインやアンに叱られたものだ。

 言われてみればそう。他人の為に身を投げ打って仲間の危険を買うというのはあまりにも責任感がない。


 ただ、今回に関しては少し事情は違うかもしれない。

 俺達は毒を回復するポーションも備えているし、あの程度の魔物であれば楽に対応することができる。

 その代償としてエルゥの体力を削ることになるし、ただ前へ突き進む一心で保ってきた集中力の糸も切れてしまうかもしれない。


「私は、他人のせいで自分の歩みを止めたくない」


 俺とシトラは小さく頷く。彼女の意見には同意だ。

 しかし、そう言ったエルゥの〈プロミネンス〉を握る手は、どこか力が入っているように見えた。


「……………………だから」


 彼等は見捨てる。そう続くだろう、と思った瞬間のこと。


「だから、弱い人間は嫌いなの」


 エルゥの体が沈み、“左”の通路へと向かって踏み出される。

 解毒ポーションを用意して、という声と共に〈M・グレートアイスワーム〉に向かって突撃していくエルゥ。

 俺とシトラは顔を見合わせ、微笑んだ。


 助けるのもまた一興。足踏みという言葉は、決してイコール後退には繋がらない。

 それに、帰りに彼等の死体が転がっていたりすれば今日の夢見は最悪なものになる。

 ……それも冒険者としては避けられない出来事だが、まぁ機会が少なければ少ないに越したことはない。

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