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足踏みという言葉(3)

 三階を踏破し、いざ四階へ。

 そんな意気込みの中、エルゥの顔色を伺ってみると何やら陰っている。


「大丈夫か?」


「大丈夫……!」


 到底大丈夫そうには見えない。明らかに無理をしているような様子だ。


「休憩した方がいいのでは?」


 気を遣ったシトラが声をかけるが、エルゥはぶんぶんと首を振って拒む。

 ダンジョンにおける疲れの原因は戦闘や地形による影響だけではない。

 例えば魔物や罠を警戒するだけでも気が張るし、なんなら他の冒険者の戦闘を見ているだけでも心労が積み重なる。


 見知った冒険者が苦戦していたり、傷を負ったりすれば尚更だ。心を痛めない人間は少ないだろう。

 それに、〈剛力〉のギフトがあるとはいえ相当重量のある武器を持っているのだ。体力的な消耗もあるはず。

 なのに強がるのは散々大口を叩いた手前なのか、元来の気の強さか。


「エルゥ、その状態で昨日のワーウルフと対峙したことを考えてみろ。戦わないにしても、逃げ切れるか?」


「………………」


 パーティーメンバーを丸め込むための口八丁は最早俺のギフトとも言えるほど染み付いたもので、エルゥは渋々頷く。

 昨日のアレを例に出すのは些か極端だが、一階や二階の〈イレギュラー・シフト〉なら珍しいことではない。

 想定しているより強力な魔物が出てくるというのはままあることなのだ。


「何はともあれ四階に上がろうか」


 〈イレギュラー・シフト〉が珍しいことでないからこそ、次の階の手前で休憩するのは危険となる。

 そういった意図もあって四階へ上がると、広間に出る。

 ダンジョンの造りは人工的であったり自然に塗れていたりとそれぞれだが、階層を移動する転移魔法陣に関しては作為的を感じさせる場所に設置されている。

 決まって目立ちやすい開けた場所。ま、冒険者にとってスペースがあるのはありがたい事なのだが。


「冒険者、疲れる」


 エルゥは〈プロミネンス〉を壁に立てかけ、座り込んだ俺の更に上に座る。

 膝の上にすっぽりと収まったエルゥはくつろぎモードで給水を取る。

 今日は長丁場も見据えて食料・飲料を持ってきている。


 ちなみに、それを入れた鞄を背負っているのは俺である。

 背に固定した大剣の更に上から背負っているので、よほどのことが無い限りは腰に携帯した剣で魔物を相手にすることになる。

 それを考えるともう一人ぐらいパーティーメンバーを増やしたり、ポーターを雇って荷物を任せたいところだが、駆け出しパーティーの宿命、資金が心許ないという現実だ。


 とはいえ実際のところ個人で見ればエルゥは財源(父親)があるし、シトラも個人で資金を抱えている。

 お金を持っていないのは一番歴も長く、年長者の俺というなんとも情けない事実。

 エルフの年齢は容姿に比例しないので、実際のところシトラの年齢が幾つなのかは分からないし、聞けないのだが。


「シトラはどうだ?」


 疲労の具合を尋ねてみると、「私はまだまだ大丈夫ですわ!」と胸を叩き元気さをアピールする。

 箱入りで育てられたエルゥが軟弱なのもあるが、シトラの体力が豊富なのもそうだろう。

 気負っているエルゥとは対極にいる存在で、ダンジョンを歩く上で一切の緊張がない。


 それでも〈気配探知〉を切らさずに使っているようで、最早熟練の貫禄を出している。

 何故俺如きとの邂逅にあれ程の緊張を持ち、精神を労したのか謎は深まるばかりだ。


「……よし、行こう」


 数分ではあったが、休息のちエルゥの判断のもとダンジョン探索が再開される。

 あまりにも短い休憩だったが、本当に回復しているのだろうか。そう思いつつ観察するが、足取りは軽い。


 ダンジョンにおいては短い時間で有益な回復を得ることも大事なことだ。

 地形によっては寝泊りも辞さないが、こうも寒いと凍死しかねない。

 エルゥが火属性の魔法適性を持っているのでそれを使って寒さを凌ぐ手もあるが、その分魔力を消費するし、魔物が跋扈(ばっこ)する地で寝泊りするリスクは付きまとう。


「四階も手早く抜けよう」


 エルゥの提案に俺は頷く。

 経験を積むのも良いが、四階程度の魔物では彼女達の訓練にもならない。

 俺の見立てでは二人の戦闘勘はAランクの冒険者にも匹敵するだろう。


 世間一般ではC、Bが中堅、Aからが上位といった認識となる。

 ただ、二人の体力的な問題もあるし道中根を上げるだろう、とタカを括っていた。

 なのでシトラの驚異的なタフネスも、エルゥの執念にも似た根性にも驚かされている。


 新設されたパーティーは暫定で最低のFランクに割り当てられるが、諸々の事情を加味してすぐに引き上げられることもある。

 この調子ならすぐにでもBランク辺りまで食い込むだろう。

 ──壁は“この調子なら”という時に待っているものだが。


「……………………ふぅ」


 四階に入っての初戦闘。〈ハイウルフ〉を蹴散らした俺達だったが、エルゥの深い溜息から疲れが見て取れる。

 一、二階には芋虫(ワーム)だったり蝙蝠(バット)が生息していたが、〈ハイウルフ〉ともなると陸戦型で素早く、統率力もある。

 一応下位互換である〈ウルフ〉も生息していたが、動き出しの前に切り込んだエルゥの一撃容易に隊列を乱すことが可能だった。


 しかし〈ハイウルフ〉は敵を確認する速度が優秀で、そこから突撃してくるパターンは初見の冒険者がよく痛い目を見る。

 また殺傷力も馬鹿にならないので、初級者が中堅に上がる鬼門として(ウルフ)系統は挙げられがちだ。


「また……!」


 一息吐く間もなく、別の〈ハイウルフ〉の群れが眼前に現れる。

 辟易したような声を上げたエルゥが〈プロミネンス〉を構え、俺は納めかけていた剣の切っ先を再び前方に向けた。

 このダンジョンの非常に厄介なところは通路の狭さである。


 人一人しか通れないような狭さではないが、充分に幅があるわけではない。

 人が五人、並んで埋まりかけるほど。そんな通路が道を紡ぎ、氷の迷宮を織りなしている。

 そんな中でウルフのような突進系の魔物に出くわすと心が折れそうにもなる。

 狭い横幅ぎっちりに固め埋め、時には壁をも走りまるでスタンピードの如く攻め入ってくるのだ。


「行きますッ、〈フロストアッパー〉!」


 ウルフの群れが俺達に到達するより疾く、シトラによる氷の中級魔法が発動する。

 衝撃波にも似た飛び方をする氷があえて中央を開ける布陣を組んでいる俺とエルゥの間を通り抜け、一直線に〈ハイウルフ〉へ向かって駆け巡る。

 高速で放たれた氷撃。その軌道上に居た〈ハイウルフ〉は無惨にも引き裂かれた。


 とはいえ〈フロストアッパー〉が削った〈ハイウルフ〉は数匹。

 横をすり抜けるように駆けてくる、〈ハイウルフ〉。

 それを迎え撃つように立ち塞がる俺とエルゥが、パワーのままに飛びかかってくる標的を叩き潰す。


 中央はシトラの魔法、弓が抑制し、脇は俺とエルゥが固める。

 前衛としては対面して相手できるため、多方から仕掛けられるよりは幾分かマシだ。

 俺は襲い来る〈ハイウルフ〉の急所を的確に斬り裂きつつ、傍目にエルゥの様子を見る。


 もし〈ハイウルフ〉の速度に押し負けていたら、そんな心配もあったがエルゥはご自慢の〈プロミネンス〉を軽々と振るい、次々と敵を粉砕してゆく。

 その動きは軽い。疲労があるようにはとても見えず、むしろ快調だとさえ言えよう。


「“ノッてきた”」


 そう口にしたエルゥは、俺よりも早く、速く〈ハイウルフ〉を駆逐してみせる。

 やがて十数体居た〈ハイウルフ〉は全滅し、俺は剣に付着した血を振って払う。

 戦法や地の体力に差がある為だろうか。最小限の動きで体力を保つ俺と、大鎚を振り回し息を切らしたエルゥ。


 だが、彼女は疲れを見せつつもその口元を緩める。


「ラース、まだまだいこう。調子が良い」


 〈プロミネンス〉を肩に乗せ、ずかずかと進む。


「大丈夫でしょうか」


 俺の隣に並んだシトラが心配そうに呟いた。

 ああいう状態の時は体が軽く感じるものだが、スタミナの限界や集中力の途切れは急にやってくる。

 だけど、逆にそのまま乗り切ってしまうケースもある。


 かくいう俺も肉体の限界を感じながらも前へ前へと突き進み、魔物を蹴散らすことで道を切り開いてきたことは何度もあった。

 それは過酷な道だと、さっき口にしたけれど。


「あぁ、大丈夫だ。もし何かあれば俺がフォローする」


 彼女は有言実行してみせる。彼女なら、迫りくる壁を破壊することができる。

 その強靭なメンタリティは、そんな希望を抱かせるものがあった。

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