足踏みという言葉(2)
ギルドを出てダンジョンにやってきた俺達一行の間に会話は無かった。
ギルドでの会話の後、どうも気まずい雰囲気が流れている。
エルゥは元々無口だし、俺も上手い言葉が見つからず、シトラは気を遣ってなのか無言を貫いている。
「今日は六階まで行きたい」
ダンジョンに踏み入れ、久方ぶりにパーティー間に会話が生まれる。
このダンジョンはおおよそ十階まであるのではないかと推測されている。
現在確認されているのは八階までで、調査したのは俺の前パーティーだ。
八階の時点で相当強い魔物が揃っており、あっても後一、二階じゃないかという判断だ。
ダンジョンの推定ランクは限りなくSに近いA。
ランクはピンキリだし曖昧だったりするが、大体の目安として同じランクの冒険者パーティーがきっちりと対策を講じ、何とか踏破できる程のものというものだ。
正直冒険者ランクの付け方も雑だったりするが、それはともかく。
「六階までとなると対策無くては厳しいな。あそこの冷気は並の人間じゃ踏み込めない」
俺はエルゥの提案を否定するが、彼女の焦りを咎めるつもりなどはなかった。
実力だけを見れば六階の魔物にも太刀打ちできるだろう。だが、ダンジョンに潜む敵は魔物だけではないのだ。
「対策であれば、私は〈耐寒〉のギフトを持っていますわ」
シトラが控えめに手を上げてアピールをする。
〈耐寒〉は文字に起こしたままのもので、低い気温の中でも耐えうるギフトだ。
種族柄、亜人は元より生まれつき手に入れやすいと言われているが、寒い土地などで暮らしていれば自然と発現するケースも多く、比較的一般人でも発現しやすいギフトだ。
かくいう俺も持っており、ダンジョンに潜る中で身に付いた。
といってもテザリーンに確認を取っていないので確証は持てないが、このダンジョンの下層まで潜っても体に影響が無かったのでおそらく身に付いている。
「俺も〈耐寒〉は持っているから大丈夫だが、エルゥはどうなんだ?」
見やると、エルゥは首を横に振る。
しかし何やらズボンのポケットから首飾りのような物を取り出し、掲げた。
「〈耐寒〉持ちのアクセサリーがある。準備は万端」
そう言って首飾りを身に付け出すエルゥ。
ギフトが与えられているのは人間のみではなく、魔物も神の恩恵を受けている。
それを判断するには素材をテザリーンのもとへ持っていくか、〈鑑定〉という特殊なスキルが必要になる。
〈鑑定〉はギフトの一種で、人や魔物に与えられたギフト自体を識別するものだ。非常に珍しい。
どちらかといえば他に冒険者向けのギフトを持たない──非戦闘向けと表現するのが一番単純だろうか。
そんな者が授かる傾向にあるものだからなのか、冒険者で持っていると口にする者はまだ聞いたことがない。
ただ、〈鑑定〉は冒険者とは切っても切れない存在だ。
例えば魔物の死体。人間にも通ずるのかはまだまだ解明されていないが、魔物に限っていえばギフトは死んでも残っている。
全てが全て残っているかは分からないが、少なくともそういった例が確認されているのだ。
珍しい個体の魔物の素材は一度〈鑑定〉を介することで値段が変わったりするし、情報のない魔物はまずギルドを介して鑑定士の元に持っていかれる。
なので冒険者にとっては生活の質にも関わるし、素材は加工されてもギフトが残っているらしく、身に付けることでその恩恵を受けることができるのでダンジョン攻略に役立つというわけだ。
「……いい?」
俺の否定材料は既に無く、エルゥの圧の前に首を縦に振る。
ダンジョン攻略に必要な要素はそういった対策だけではなく他にもあるが……実際に行ってみればエルゥも分かることだろう。
目標も決まり、一階層を最短で抜ける。
「簡単簡単」
一階の最奥、エルゥは余裕の表情を見せる。
魔物の位置にも恵まれてから出会うこともなく、奥の転移魔法陣を踏むことに成功。
二階へ進み、パーティーの歩みは変わらずハイペース。
魔物を見つけると俺が〈威圧感〉のギフトを能動的に放つ。
〈威圧感〉はパッシブとして発動しているギフトだが、意識することでその圧を増すことができる。
格の低い魔物であればこれで動きを止めることが可能だ。
使っていればギフトのレベルを上げることも可能らしいが、俺のそれはLV1という低いもの。
どちらかといえばヴァインが雑魚モンスターを嫌って〈威圧感〉を放ったり、アンの広範囲魔法に処理を任せていたりしたので使う機会があまり無かったのだ。
今考えるとこまめに使ってレベルを上げておけばもう少し効く範囲も増えたかもしれない。
「まだまだ」
二階を踏破し、休憩するか否かを尋ねると体力的には十分なようで気合十分のエルゥ。
シトラも線は細く見えるが、基礎能力の高さもあってかタフだ。飄々とした顔が崩れない。
普段はともかくダンジョンに来ると頼りになる二人で、俺は妙な頼もしさを覚えながらも三階への転移魔法陣を踏んだ。
「ここからは初見だ。気を引き締め直す……っと、言うまでもないか」
本番は未踏のここから。と思い先輩風を吹かせつつ二人に気合を入れようとするが、集中力は切らしていないようで杞憂となる。
とはいえ実際のところ三階から五階辺りまでは楽に進めるだろう。
理由は単純で、中堅から上位までの冒険者の良い狩場だからだ。
ダンジョンでは魔物が定期的に湧くので、誰かが数を減らさなければならない。
魔物同士の縄張り争いで勝手に数が減るケースもあるが、基本的には中堅冒険者達が狩ることが多い。
ダンジョンの性質が合わないとどうしても中堅ぐらいの冒険者は手頃な階層で狩りをするしかない。
初心者や他のパーティーの事を考えて慈善でやってくれる冒険者達も居るが、身の丈に合わせて狩りを行う者達がほとんどだろう。
だけどギフトのレベルは使えば上がるのだし、チャレンジする精神を持たなければ冒険者としての成長は緩やかだ。
「…………」
そこら中で狩りを行うパーティーを傍目に、歩みを進める。
彼等をエルゥは、どこか複雑そうな表情で見つめている。
順調にのし上がっている途中の者達、家族のためと安定した狩りを求めている者達、中堅と上位の壁の前に苦しむ者達。
彼等の内情を、受付嬢をしていた彼女は知っている。
皆が皆、才能に、運に恵まれたわけじゃない。それぞれの苦悩があり、今の位置がある。
そんな彼等を眉間の寄った表情で見つめるエルゥの胸中は、どういったものなのか。
「ラースは私の選ぶ道が正しいと思う?」
相変わらず会話の無い俺達だったが、いつも口を開くのはエルゥだ。
エルゥの選ぶ道というのは、果てなく険しい道だろう。
俺の前パーティーは似たような道を歩み、結局は瓦解してしまったが、Sランクに辿り着くという偉業を成し遂げた。
それでも後悔はある。道を焦ったことでパーティーが全滅危機に陥ったことは何度もあるし、もっと歩みを緩めてもいいんじゃないかと、今になってはそう思う。
だけど、
「道が正しいか、間違っているか。それは歴史が決めることであって一冒険者が判断することじゃない。
ただ、分かるのはSランクに到達した俺達でももう少し段階は刻んだってことだ。
それ以上の道を歩むってなると相当過酷だろうな」
「そう」
分かったのか分かっていないのか、自分から尋ねてきたわりには興味が無さそうに会話を終わらせるエルゥ。
……そう思ったが、その間は彼女なりに思考した時間だったのだろうか。
再び俺の方を向くと、どこか躊躇った様子で口を開いた。
「先輩の言うことは……聞く。もう少しぐらいゆっくりしてもいい」
てっきり自分の意見は曲げないとばかり思っていた俺は、エルゥのしおらしさにびっくりさせられる。
シトラも目を見開いて驚いており、流石にそこまでのオーバーリアクションは失礼だろうと思いつつ……俺はちみっ子の頭をよしよしと撫でた。
過酷とは言ったが、SSランクになるという彼女の思いは優先させてやりたい。
そう思ってしまった俺は、ある種エルゥの術中にはまっているかもしれない。




