エルゥの思惑
「オラ、もう壊すなよ」
「極力」
王国一の鍛冶職人ベザンさんから〈プロミネンス〉を受け取ったエルゥは自身なさげに返した。
それを受けて肩をすくめるベザンさん。
彼にとってはライバルの鍛治職人が打ち上げた一品だ。悔しそうに褒めていたし、なるべく丁寧に扱って欲しいのだろうが……今回ばかりはそうは約束できないだろう。
工房の空いたスペースまで歩くとぶんぶんと試し振りをするエルゥは、元に戻っていることを確認したのかうんと頷いて、俺達の方を向いた。
「時は来れり」
〈勇者〉との激突から約一週間、傷も癒えて準備バッチリの俺達はエルゥの出発合図に、覚悟を決めた。
ベザンさんの工房を出ると、俺達は王都から海側へと向かう。
結局港町〈ボイストン〉の近くまで馬車で行くことになるのでエルゥには〈サージェスト〉で待機してもらってもよかったのだが、〈プロミネンス〉が修復されるまで時間もあった。
それに、彼女的にはウチのシェフの料理が気に入ったみたいだ。そのまま住み着くのではないかと少し不安にもなったが。
それで、船の方はテイルさんに融通してもらうことにはなった。
〈ボイストン〉に停泊している船があるのだが、なんと太っ腹なことにそれをくれるらしい。
オンボロを押し付けられるかと思いきや、〈キングスクラウン〉に行くならある程度高性能なものでないと心配だろうと言って最新鋭の物だとか。
流石にと思ったのだが、額を聞いてみるとそんな言葉も引っ込んだ。
なんにせよ貰えるものは貰っておこうということで有り難く頂戴することになった。
「──作戦を説明しようと思う」
馬車に揺られること数時間、仮眠を取っていたエルゥが口を開いた。
これまで思い思いの行動をやってきたパーティーは、作戦のことなど一切話し合っていない。
ただそれは冒険者の難しいところで、ダンジョン攻略において初見の場所はある程度役割だけ決めて挑まざるを得ないのだ。
現地に行くまでどんなタイプか、どれだけのものか分からない。
なので今回も大まかに隊列だけ決めて挑む形にはなるだろう。
「まず、攻略は数日に分けて行う。なので航海、向こうで過ごす分の食糧を持っていく」
ダンジョンを攻略する手順としてはまずは下調べ。そしてあらかた不安要素を消してから本攻略に乗り出すというのが主となる。
大胆なエルゥといえど、〈キングスクラウン〉を前にして基本に忠実な考えである。
「初日は私と……そうね、カヤだけでダンジョンを漁ることにする」
──と思っていると、いきなり無茶な作戦を挙げるエルゥ。
ちょっと待てと俺が声を上げようとするが、察してか手で制止をかけてきた。
「二人で超高難易度のダンジョンに行くというのは無理がある話。斥候だとしても、舐めているに程がある」
俺の言いたいことを全て代弁するエルゥだが、そこまで分かっているなら何故。
「だけど──つまらないでしょう。フルパーティーで臨めば頂点だろうがなんだろうが、簡単に攻略できてしまう。
当初はラースを一人前線に放り込んで破壊の限りを尽くさせれば終わってしまうと考えたけど、それじゃダメなの」
エルゥは首を振って「パーティーの攻略とは言えない」ともっともらしい事を口にした。
随分とおそろしい作戦を考えていたらしいが、今の俺ならやってやれない事はない……のかもしれない。マトモに戦うタイプの相手なら早々負けることはない筈だ。
「パーティーの“力”で攻略する。その為にはもう少し、この中では実力が劣る私の成長を図りたい。だから初日は修行として私がダンジョンに身を投じる」
どうやら斥候として行くつもりすら無いようで、一同不安が走る。
最高難易度のダンジョンに対して“修行”だなんて、常人が聞けば呆れて相手にもしないような話だ。
だが、口にしているのはエルゥだ。やると言ったらやる女だし、本気で臨むつもりだろう。
「カヤには面倒な罠だけ見抜いて欲しい。魔物達の相手は私がするから」
「……構わねーけどよ、嬢ちゃん。正直無茶だと思うぜ」
頭を掻きながらやんわりと止めることを促すカヤ。
俺達も無言で頷く。エルゥがこのパーティーの中では一つ落ちる、というのも事実ではあるかもしれないが誤差だろう。
彼女の自己評価は周りと比べれば低い。十分な実力を持ち合わせている。
それに、未知のダンジョンはエルゥが懸念している罠もそうだが、魔物の物量がどれだけのものか分からないというのが難しいところだ。
巣からわらわらと魔物が出てきて物量で押し切られるというのは冒険者にとっては不運な話ではあるが、よくあることなのだ。
「無茶も何も」
だというにも関わらずエルゥは相変わらずの謎の自信で、
「無茶やってなんぼでしょ、冒険者なんて」
彼女は冒険者を博打家か何かと勘違いしているのではないだろうか。浪漫を求めるという意味では似ているが……。
謎の説得力に皆、反論出来なくなる。まぁ未知の場所を探索するというのは危険がつきものだし、エルゥ自身背水の状況で物事をやり遂げてきた冒険者だ。
「ま、そんなに心配しないでよ。私は勝算のないことはしない。エリートエルゥちゃんだからね」
いつも通り無い胸を張って言うエルゥ。やや不安を残しつつも作戦会議が終了する。
冒険者パーティーにとって面子が一人欠けるというのはありがちな話だ。
共に連れ添った者を失ったパーティーは頭数は勿論、精神的にも再起することが難しいというのはよく耳にする。
俺達だって皆揃って栄光を掴まなければ、後腐れは良くないだろう。彼女の自信が通用することを願うばかりだ。




