到着
馬車に揺られ、約束を取り付けていた船に乗り、航海の旅が始まって数時間。
夜中の暗い海を真っ直ぐと突き進む船は自動で動いている。
ルート上に特に障害物がなければ特に何も気にかけることはないと、操舵役のレナは椅子に腰をかけて仮眠を取っている。
シトラは読書、エルゥは爆睡、カヤは甲板で仮眠を取りながら一応見張りをしたりと、多様な過ごし方をしている。
そんな中、俺は水平線の果てを眺めていた。
テザリーンの意味深な発言。一体〈キングスクラウン〉の最深部には何があるのか、と考え込んで落ち着かないような時間はとうに過ぎ、やることもなくただぼうっとしている。
精神状態は良好だ。心配事はただ一つ、エルゥが口にした攻略手順ぐらい。
それもあれこれと考えていると心配のピークを過ぎ、何とかなるだろうという境地に至ってとうとう島が見えてくる。
島自体がダンジョンだ、とか近海にも魔物がうようよと居る、なんて噂もあったが、海岸が見えてきてもそのような気配はない。
俺は操舵室から出ると、甲板に上がる。
「島の様子はどうだ?」
「不気味なぐらいに静かだよ」
船の先頭で仁王立ちしているカヤの隣に立って尋ねてみると、肩をすくめながら返事がかえってきた。
〈勇者〉の面々にも聞いたのだが、島自体に魔物が棲みついているといったことは無かったと語っている。
俺達がやってきた今日も同じように、気配は感じない。
カヤは〈魔力感知〉のギフトも持っているはずなので、俺よりセンサーは優れている筈だ。
それが特に音沙汰もないと口にするということは、本当に何も居ないのかもしれない。
ここには人が住んで居ないらしいし、ダンジョンから出てきた魔物がうろちょろしていてもおかしくないのだが……まあダンジョン自体の生態系や構造が変わるということは少ないことではない。
ただ、〈勇者〉が言うにはダンジョンの入り口付近にはアンデッドがうようよ居ると言っていた。
アンデッドは陽に当たると消滅するらしいので、外に出てくることは基本的にはない。少なくとも朝昼夕ぐらいは心配ないと考えて問題ないだろう。
なのでアンデッド達が入り口辺りにこぞって住み着いている今は、島に魔物が出てくる危険はあまり無いのかもしれない。
島の静謐さはそういったところも因果してのことだろうが、決して油断はできない。
島に近づくにつれ徐々に減速し、船を寄せると流されないように海底に錨を打ち込んだ。
それでもなるべく流されるリスクを回避するために土魔法で錨を固定したりするのが主流だったりするらしいのだけど、一応船を根城にしてダンジョン攻略に向かうので大丈夫じゃないかという意見でまとまった。
最悪の場合俺が〈バーサーク〉を発動して押し戻せという無茶苦茶なことをエルゥが言って、何故かそれでまとまってしまった格好である。
「ふあああああ」
欠伸をし、ゆっくりと桟橋を下りてくるエルゥ。
いつもの受付嬢制服を身にまとい、手足を鉄の装備で固めている。
その肩には彼女の〈プロミネンス〉が担がれており、いざキングスクラウン島の大地に足を下ろしたエルゥはガッ! と〈プロミネンス〉の突起部を突き刺した。
「さーて」
〈プロミネンス〉を置いて海に近づいていったエルゥは、おもむろに膝を曲げ、海面に顔を近づけた。
何をするのかと思いきや突如水にバシャッ、と顔を叩きつけ、もぞもぞと顔を洗いだした。
勤勉なエルゥではあるが、海のことはあまり知らないのだろうか。海水は塩分が含まれているので……。
「うげ」
やっちまったという顔で水の中から上がってきたエルゥは、そのままそろりと船に戻る。
数分後に帰ってくると、〈プロミネンス〉を抱えて──彼女の帰りを待っていた俺達を見た。
「準備万端」
イマイチ締まらないが、皆準備ができたということでダンジョンを探すべく歩き出した。
と言っても島はさほど広くない。一応外周が海岸になっており、中央に行くにつれて緑が増えてゆき森のような地が形成されている。
〈勇者〉の話によれば森の中にあるらしく、探すこと自体はそう手間もかからないらしい。
という情報が頭にある一行はゆっくりと、気負わず森へと踏み込む。
特に呑気なのは先頭を歩くエルゥで、単身(一応カヤは居るが)ダンジョンに飛び込む身だというのにまだ欠伸をしている。
お前はもう少しぐらい緊張しろと言ってやりたいぐらいだ。
「うしうし」
ついにダンジョンの入り口となる渦を発見し、気合を入れて〈プロミネンス〉を握り直したエルゥがパーティーの列を外れた。
「では、行ってまいります。ゆっくりして待ってて」
びしっ、と敬礼をしたエルゥはそのまま渦へとすーっ……と入ってゆく。
最難関ダンジョンに挑むプレッシャーは無いのだろうか。あまりにもいつもと変わらない様子で、少し呆れつつ、心配にもなる。
「なんかあればアタシも加勢するからよ。心配しねえで待ってろや大将」
カヤはにこやかに俺の肩をポン、と叩いてエルゥの後を追うように渦の中へと飛び込んでいく。
取り残された俺達残り三人は顔を見合わせる。
「ま、カヤの言う通りですわ。一応実力者二人ですし、なんとかなるでしょう」
シトラが楽観的に微笑むと、踵を返す。すっかりカヤには信頼を置いているようで、微笑ましいばかりだ。
「朽ちたらそこまで、そういったエルゥちゃんの気持ちはわからなくはないからね。ボクたちはどっしり腰を落ち着けよう」
同じく踵を返したレナ。ギルフィ家の再興を目指して日々死ぬ気で鍛錬を積んできた彼女にはエルゥの死中に活という背水スタイルは似たものを感じるのかもしれない。
「………………そうだな」
俺はひとつ頷いてダンジョンゲートから視線を切ると、歩きだした。
俺も似たように後先考えず走り抜けてきた身だ。今はエルゥの若さが実ることを祈ろう。




