剣の悩み
陽が上がり、冒険者達が活動し始めるような時間。
「よっ」
どうも寝れずに昨晩からずっと、ゼーノルト邸の庭に座り込んでいた俺の肩を叩いた者が一人。
それは意外にも、寝坊助のエルゥだった。
「どうした……どこか行くのか?」
こんな時間にどうした、そう尋ねるつもりが振り返って見てみるとエルゥは巾着を担いで、出かけるような格好をしていた。
「ちょっと家に帰ってくる。リサーチは重要だし、パパから話を聞くの。皆には話を通してるから、大丈夫。
島には〈プロミネンス〉が修繕し次第出発って予定で」
バーイ、と手を振ってゼーノルト邸を去ってゆくエルゥ。
数十年前と今では実態が変わっているとはいえ、経験者の話を聞くのは大事だろう。
ま、その前にキングスクラウン島に行くなんて話をすればバリスさんと一悶着あるだろうが、エルゥの話術なら心配あるまい。
ちなみに、島までの船は〈プロミネンス〉修繕までの準備期間に探そうという話になっていた。
危険極まりない島に向かう船など出ていないし、自分達でなんとかしなければいけない。
購入費用はレナやカヤが貯め込んだ貯金を出せば一隻ぐらいなんとかなるだろうという見積もりだ。
「よっ」
エルゥとまったく同じ台詞で俺の肩を叩く人物。
ただ今度は男性の声で、その手はゴツゴツとしている。
「父さんか……謹慎は明けたのか?」
声の主は父。見ると騎士の鎧を身にまとっており、髪もセットしている。今から仕事に向かうような風貌だ。
「あぁ、元々形だけのもんだったしな。そういや、テイルの野郎が今回の一件で礼を言っていたぜ。何か望みがあるなら助力になるってな」
父の口ぶりから察するに、どうやらヴァインの件に関してはテイルさんは満足しているらしい。
望み、と言われたって装備などは充実している。
持っていく物も食糧や解毒薬ぐらいだろう。他に武器防具を積み込むとしても、融通してもらう程のことではない。
……いや、一つ融通してもらいたい物が今まさにあるか。
「じゃあ早速、船とか安く買わせて貰ったりしないかな」
「船ぇ?」
疑問符を浮かべる父だが、すぐに「あー」と納得する。
ステクル家は元より貿易業を営んでいる。船ならたくさんあるのだ。
「ま、それは構わないがどこか辺鄙なところに足を伸ばすのか? 大抵の地域は国内の港から行けるぞ」
「うん、〈キングスクラウン〉島のダンジョン攻略に乗り出すつもりだ」
「………………」
その名前を出した途端父の表情は険しいものになる。
冒険者じゃなくともその逸話は耳に入る。歴戦の冒険者達が呑み込まれていった恐怖のダンジョンで、帰還した者は数えるほどで……その者達も精神に異常をきたし、ひどく怯える毎日を過ごしているような現状だ。
ま、〈勇者〉の面々はぴんぴんしているし、バリスさんは鋼の精神だったりするが……。
それでもバリスさんは極力話したがらないような雰囲気だし、恐れ知らずのスタイルである〈勇者〉ですら共同戦線を提案するほど。
身内としては複雑な胸中なのかもしれない。
俺は何か否定的な発言が出てくることも覚悟しつつ、父の言葉を待つ。
しばらくすると、父は俺の頭にぽんと手を置いた。
「そこの攻略は失敗しても恥じゃない。俺に孫の顔を見せねえ方が、親不孝だぜ」
女には饒舌だが他のことは不器用な、父らしい激励の言葉だった。
何でもいいから帰ってこい、と。
「テイルには伝えておく」と言ってすぐに行ってしまう父の背中を眺めつつ、口元を緩ませる。
失敗するつもりで挑むわけはないが、撤退も選択肢のうちだ。
しかし。
「…………」
そもそも今回の戦いで一つ、懸念が生まれた。
側に置いてある木剣を手に取って感触を確かめる。
もしかすると自分は剣を持たない方が強いのでは? というあまりにも情けない疑念である。
今までキングスクラウン島に挑んできた冒険者達の亡霊が相手となるのであれば、生半可な技術は通用しないだろう。
〈ウルト・ゼーノルト〉を使っての戦いは減るかもしれない。
──とはいえ、〈剛剣フレストリア〉のような大きな剣を機会はあるかもしれない。
キングスクラウン島での攻略がどのような立ち回りになるかはまだ未定だが、いつも通りの形になるのではないだろうか。
新しく加わったカヤはなんでも出来るタイプだ。基本はサポートに回って臨機応変に動きを変えることになるだろうと勝手に予測している。
となれば俺が最前線に立って、その後エルゥが続く形が主になる。
ただ、それでもこんな大人数での戦いは経験したことがない。
レナが加わってから四人でダンジョン攻略をしたわけでもないし、そんな中で剣を振り回すことへの不安はある。
俺の身体能力であればべつに〈バーサーク〉を発動せずとも素手で魔物を倒すことは出来るのだし、それなら剣を捨てて今までと同じ役割を遂行すれば良いのでは? という話になる。
が、剣を捨てる。国一の剣士のもとに生まれて剣で育ってきた俺にとって、その行為は少し抵抗があった。
「………………………………はぁ」
この悩みは一体誰に相談すればいいのか。天才肌のシトラやレナには分からない気持ちだろうし、カヤは元々武器に拘りがあるように見えない。
と、なるとエルゥなのか。マトモに答えてくれるかどうかは分からないが、どの道作戦の大半は彼女が決めるだろう。
帰ってきたら相談してみるか、そう思いつつ……首を傾げながら素振りをする俺であった。




