力への不安
皆が飲み明かした夜。キッズのエルゥがおねむになったところで解散となり、俺は一人静まり返った王都を歩いていた。
今回の戦い、ヴァインの事に関してはどれだけテイルさんの要望通りに行っただろうか。
彼は父としてはヴァインには元気にやってくれていればいいと言っていたし、これで何とか丸く収まった筈だ。
丸く収まっていればウチの父もじきに謹慎が明けて騎士団長としての業務を再開するだろう。
正直、やはり彼を騎士団長に据えるのは適任でないと思うが。
「…………」
ほろ酔いでふらっと立ち寄ったのは、女神テザリーンが祀られた聖堂だ。
日中は列が乱れないために警備員が一人か二人居るが、夜中ということで特に誰も立っていない。
ここにも警備員を付けた方がいいのではないかとも思ったことはあるが、聖堂を荒らそうとする者には罰が当たるらしい。
まぁテザリーンは話上の神ではなく、実在するものだ。
なんだかんだ下界を見張っていて、不敬なる者には裁きを下しているのかもしれない。
「……!」
ぎいいぃ、と重く開いた扉の先にはテザリーンの姿がある。
ただ、いつもと違った点は頬杖をつし、とてつも不機嫌な表情で待ち構えていたことだろう。
既に“中身”が入っている。あまり良い予感はしない。
「私が何故ご機嫌斜めなのか、君には分かるか? ラース・ゼーノルト」
扉をゆっくりと閉めつつ、テザリーンの問いかけの答えを考える。
彼女は何故だか俺の成長に期待をしている節がある。
なので、俺の現状はその期待に応えることが出来ていない。そういったところだろうか。
「ぶぶぶー! なんだその答えは……ふざけてるのか!? そんなんじゃ帰ってもらうぞ!」
「じゃあ、帰るよ」
「ちょっと待つんだ。少しぐらいゆっくりしていってもいいじゃないか」
一体どの口が言うのか。俺は返しかけていた踵を戻すと、呆れつつ頬を膨らますテザリーンを眺める。
凛とした女神のわりに喋ってみるとフランクで、人間臭い。
人間と触れ合いすぎた影響なのだろうか。
「…………君は二人、娶ることになったようだね」
指を二本立ててむくれるテザリーンに、思わず笑みが溢れる。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことか、じゃない! まったく、君というやつは……」
「べつに俺に相手が出来たってテザリーンには関係ないだろ」
「いやいや、私だって妙齢の女だ。婚活婚活。君なら私を引き取ってくれるものだと思ってたのに……」
残念がるテザリーン。何千年前から居るらしい女神が妙齢かどうかはさておき、そもそも立場が違うのだ立場が。
それも人間とエルフ、平民と王族なんて差じゃない。人と神なのだ。
神同士でお見合いでもしてほしいものだが、まぁこの様子を見るに上手くはいかないのだろう。
女性としては充分素敵だとは思うが、神様の感性もよく分からないものだ。
「それはさておき、色々と経験してきたみたいだな。とうとう難関ダンジョンに挑むようで…………流石のラースも不安かい?」
「お見通しらしいな」
今の心境をずばりと当てられる。全てお見通しといえど、こうもズバズバ言われてしまうと少しは参ってしまう。
「色々やってはきたが、今の自分がどれほどのものなのか分からないんだ」
俺の力のほとんどが異端のパワーアップによるものであるせいか、世界一の戦士を倒した実感があまり湧かない。
戦っているときはハイになっているから何も気にしないが、後々冷静になってみると一体何を得たのだろうか? というような気持ちになる。
強者と戦うことは楽しいが、力が溢れ、その奔流に飲まれていくことに俺の冷静な面がやや疑問を抱いているのもあって、もやもやとしている。
この力は正しいのか? そして、彼女達を守ることが出来る力なのか?
俺が欲しいのは圧倒的な破壊力ではなく、ただ……仲間達と共に戦ったり、何かあればちょっと守れるぐらいの力なのだ。
「…………〈バーサーク〉使用時の心も比較的安定している。地の力も付いてきていて、剣技、体技ともに世界中の生物の中でも上から数えて何番目ぐらいのものだ。
君は強い。その力には自信を持っていい。世界をぶち壊すも、大切なものを守るも……心意気次第だ。
君が心を強く持つ限りは大丈夫さ。今みたいに弱気にならないことだな」
テザリーンの言葉に救われたような気持ちになる。
情けないことに、ここに来た心持ちは励まして欲しかったも同然のものだ。
求めていた言葉を、なんだかんだ信頼している者から貰えるというのは心の安定を招く。
「……あぁ」
俺は頷きつつ、ふと思い出す。幼少期は縋るような気持ちで毎日通ったものだ。
ハードな訓練の中、埋まらない差に心が疲弊し、少しでも進歩、または変化していないかと祈りながらテザリーンを訪ねた。
その頃から精神的にはあまり成長していないな、とふと思い返して反省する。
「ただ、君がいくら強かろうがあの島には行かない方がいい」
突如不思議なことを口にするテザリーンの表情は、心底俺を心配するようなものだった。
「お節介だがな……そもそも、あのダンジョンに君達が求めるようなものは一つもない。
そこに夢があると思いこんで死に絶えていった者達の哀しい残滓に、穢れた、くだらない欲望が詰まっているだけなのさ。
それに」
そこまで言ってテザリーンは静止し……首を振った。
「いや、何を言っても君達は行くのだろうな。そしてその目で見ればいい──極々つまらない、世界の理がそこに佇んでいるだけだがね」
「ほら、帰るといい」と俺を手で追い払うようにするテザリーン。
彼女の不穏な発言にわだかまりを残しつつも、俺は踵を返す。
王の冠、つまり頂点を表す島。そのダンジョンを上り詰めた先に一体何があるのか。
今まで流されるままだった俺も、やや興味が湧く。
俺達が求めていないもの。金銀財宝…………なんて、彼女の口ぶりからするにそんなくだらないオチではないのだろう。




