事が終われば
「かんぱーい!」
王都の片隅、ウチの父が行きつけだという酒場でエルゥがジョッキを掲げた。
その中身はジュース。まだアルコールが飲める歳ではないので自重というわけである。
本当は今日ぐらいは、と息巻いていたのだがどこからか「発育が悪くなる可能性が」という声が聞こえてきた途端しゅんとしてジュースに切り替えていた。
「トライは飲めるんだな」
ぐひぐびとエールを呷るトライが気になったので尋ねてみると、ジョッキを数秒で空にした後、頷いた。
「俺はァ若く見られるが今年で二十九だからよォ。ま、亜人なもんだから見た目が年齢にあんまり比例しねえんだ」
青年、というよりは少年に見えるトライだが、そういった事情もあるらしい。
ここまでの道中エルゥとトライが会話をしているのを聞いていると、どうやらトライは魔族とやらの子孫とのこと。
文献によれば魔族は莫大な魔力と強靭な肉体を併せ持つ戦闘のエリートだ。
縄張り意識や野心が高すぎたために他の種族からの反感を買ったり内争で数を減らしていって絶滅したと聞いていたが、その血は現代まで受け継がれていたらしい。
「貴方は歳や面より風貌が汚い。も少し清潔に出来ないものなの?」
ちびちびとジュースを飲むエルゥの突き刺すような言葉に、おかわりを頼んだトライが顔をしかめた。
「常に世界中飛び回ってるから綺麗な服を用意してもすぐに汚れんだよ。べつに俺だって年がら年中汚いわけじゃねーし、冒険者辞めりゃ普通の格好してるっての」
トライの意見はごもっともだ。かわいい制服を身に纏ってダンジョンに臨むエルゥがむしろ異端なのである。
指摘したわりには「ふーん」と興味なさげなエルゥはちらとミリカの方に視線をやった。
卓には俺とエルゥ、そしてトライとミリカが座っている。
ミリカはトライの御所望であるが、借りてきた猫のように縮こまっている。
そして脇腹をちょんちょん突いてきては“怖い”と訴えかけてくるのだ。
ちなみに横ではリアとカヤが飲み比べをしている。
それを傍らでディオとレナ、シトラがしっとりと飲みながら眺めている形だ。
「しかし、ミリカはやっぱりダメだった」
ギクッ、と肩を震わせるミリカ。今まで触れられてこなかったが、そういえばこの決闘の成果如何でパーティーへの加入が決まるといった話だった。
見ていた者の話によれば、惨敗も惨敗。勝てるとは思っていなかったが内容が良ければ、という話も上がっていた中この結果はミリカにとって芳しくない。
「…………正直、どう足掻いても辿り着けないレベルの差を実感しました。今まで積んできた者達との大きな壁は、どうやっても自分には埋められないと思います。
これ以上はシトラフィア様の邪魔になりますし、国に帰ろうと思います」
この一件で至らなさを思い知ったのか、珍しく殊勝な態度のミリカ。
最初からミリカ以外の全員が言っていたような気もするが、あまりの落ち込み具合に茶化すこともできず、黙って酒を呷る。
「ま、積んでなくてもエルゥ様ぐらいの才能があれば何とかなるけどね。ミリカには無理か」
エルゥの一言でミリカは「うぅ……」と更に凹む。
たしかにエルゥの天稟は一言では表せないほどのモノだが、ミリカのそれだって捨てたものではない。
それでも上位層に食い込むには知識や経験、そして努力が必要だ。
エルゥはなんだかんだ言ってコソ練を積んできた。会った時には中級魔法を会得していたし、冒険者として成り上がるための準備は色々と裏でやってきたはずだ。
才と努力を兼ね備えているエルゥが実を結んだのは案外順当なのだろう。
それでも今回の勝利はとんでもないジャイアントキリングだったとは思うが。
「──ともかく、パーティーが五人揃った事だしそろそろ“目的”を果たしても良い頃合いだと思ってる」
エルゥの視線はまず、俺を向く。
難攻不落のダンジョン、キングスクラウン島のSS級を攻略するという彼女のその目的を知っているのは俺とシトラぐらいだ。
正直な話、まだまだ不安な部分はある。一対一においては最強といっても過言ではない〈勇者〉に勝利したとはいえ、それも一つの指標に過ぎないのだ。
「……いいんじゃないか」
それでも俺が頷いた。不安な部分というのはいくら研鑽や経験を積んでも消えないものだし、なにより実戦において強いことがウリだったパーティーだ。
それは今回の戦いでより確証を持つことができた。
朽ちたらそこまでの才能……運命。エルゥはそういったスタンスをずっと貫いてきた。
彼女が機だと見れば、おそらくそうに違いない。否定する理由はないだろう。
「私も賛同ですわ。若干納得はいきませんが、天辺を見れるメンバーが揃ったかと」
手を挙げたシトラの“納得できない”部分はやはりカヤである。
まだ姉妹間のしがらみはあるようだが、実力は認めているらしい。
「うむ。だけど勿論、レナやカヤにも同意を貰いたい」
「ボクはイエスだ。ラースの居る場所には必ずボクが居る。なんなら装備と思ってもらってもいい」
発言だけを聞けば外すことが出来ない呪われた装備に近いが、レナは内容を聞くまでもなく即答した。
相変わらず、味方であれば頼りになる奴だ。何故か俺を見て突き立てられた親指に、同じポーズで返す。
「アタシは面白そうなら乗るよ。嬢ちゃんのことだ、期待は裏切らねえんだろうが」
いつの間にかジョッキではなく瓶に片手にしているカヤ。隣ではリアがグロッキーになっている。
エルゥは一つ頷くと、勢いよく立ち上がった。
「では、ここに宣言する。私達〈天才主人公エルゥとお引き達〉は最難関と言われるキングスクラウン島のSS級ダンジョンに挑むと」
エルゥの宣言に、レナやカヤのリアクションは薄いものだった。
カヤはある程度満足気に「良いね」と一言。レナは「どこでもやる事は変わらない」と堂々としている。
「やめとけやめとけ」
だが、水を差す者が一人。豪快にエールを呷り続けるトライだ。
「あそこはきちーぞ。俺達は門を叩いた程度だが、面倒なアンデッド共がうようよと居る」
どうやら〈勇者〉は既に最難関のダンジョンに踏み入れていたらしい。
ダンジョンを攻略してきた実績は俺達とは比較にならない。俺も十年近くダンジョンを攻略し続けているが、所詮国内……出ても隣国程度というのもある。
そんな彼等が厳しいと言うぐらいなのだから、相当な難易度なのだろう。
「アンデッドぉ? ウチは魔法も物理もコンスタントに使えるから、あまり問題じゃない」
異論を唱えたのはエルゥ。たしかにアンデッド類は厄介ではあるが、それだけで厳しいというのは根拠が乏しい。
「“面倒な”って言ったろ。実はよぉ、そのアンデッド群の中には俺達が見知った顔も居たんだよ。あの有名な冒険者、壊魔のロードや聖槍のラビュセル。
学校の教科書に肖像が載っているような、俺達が憧れて冒険者を始める理由となるような偉人達があのダンジョンでは“アンデッド”として出てくんだよ。
それも、本物かと疑わんばかりのパワーでな」
ロードやラビュセル。本好きの俺やエルゥからして見れば当然知っている名前だ。数十年前のSSランクの冒険者と言われている。
それはにわかには信じ難い話ではあったが、嘘を言っているようには見えない。
「俺達はあそこで死んだ冒険者はアンデッドとしてあのダンジョンに棲みつく魔物になるんじゃねーかと仮定している。
数年前に消えたSランクパーティーの奴等もアンデッドとして彷徨っていたんでな……その説は濃厚だろう」
その説明に俺は納得しつつも、少し恐怖を覚えた。
それは冒険者が挑んで失敗する度、ダンジョンの難易度が上がることではないのだろうか。
そうなると一概にSSランク、という括ることすら甘く見積もっているかもしれない。
「正直、物量も質も半端じゃねえ。ま──俺達とテメェ等が組めば、話は別だがな」
ニヤッ、と笑い自分を指すトライ。
つまるところ、否定した時からそう言いたかったのだろう。
「エルゥ、どうする?」
俺が尋ねたのは悪い申し出ではないと思ったからだ。
あまりにも未知で凶悪なダンジョンゆえ、少しでも知っている上に強力な助っ人が居ればありがたい。
彼女のことだ、聞かなければ迷うことすらなく首を横に振るだろう。
「…………」
眉間にシワを寄せ、握り拳を口元に当てて考え込むエルゥ。
アンデッド達はただの冒険者ではない。挑戦する者達はそのほとんどが伝説級の冒険者ばかり。
そんな猛者達が朽ち、更に敵となって襲いくる。そんな恐ろしい事はない。
なまじ俺やエルゥは勉強している分、彼等のことを知っているというのもある。
上級魔法を連発するような魔法使いや、とてつまない範囲を持ったスキルを持つ戦士。
今から名前にびびっていては仕方がないが、先人達の偉大さはあまりにも轟きすぎている。
「残念だけど」
エルゥは肩をすくめて。
「誰が相手だろうと、“私達”が押しのける。このこだわりは捨てられない」
「まぁメンバー追加はあったけど」とやや口ごもってレナやカヤに視線をやるエルゥ。
バツは悪そうだが彼女の中では自分の選んだメンバーと助っ人という微妙な線引きがあるのだろう。なんとなく気持ちは理解できる。
「フッ、言うと思ったぜ。折角巡り会えた喧嘩相手なんだ、あっさり死んでくれるなよ」
「当たり前。安心して吉報を待ってなさい」
ふんっ、といつも通り小さな胸を張るエルゥ。
こうして俺達は最難関ダンジョンに五人で乗り込むことが決定した。




