激闘を終えて
「ここは……」
目覚めると医務室だった。
未だに耳に残っている歓声……そして自分に対する恐怖。
場を支配し、手にした勝利。世界最強の戦士ディオを倒したはずの自分は、気がつくとベッドの上に寝かされていた。
「起きたか」
俺を看護するかのように椅子に腰掛けていたのはヴァインだった。
彼のパーティーメンバーも後方に居た。馴染みのメンツに、俺の穴埋めとして入った二人。
「俺は負けたのか?」
気の利いた言葉は出なかった。率直な疑問をヴァインにぶつける。
「いや、ケチの付けようのない完勝だ。貴様は戦いが終わった後に意識が混濁していたから医務室に連れてきた」
「そうか……ありがとう」
説明を受け納得して、ふと時計を見る。意識が無くなってからそれほど時間は経っていないらしい。
エルゥ達はどうなったのだろうか。ミリカは敗けたろうが、守る人間が居るし死んではないだろう。
対してエルゥの方は……正直、勝率は半分も無いだろう。今頃骸が野ざらしになっているかもしれない。
ま、奴のことだ。しぶとく生き残ってはいると思うが、なんせ相手が相手だ。心配にもなる。
「…………」
「なんだ?」
じっと見つめてくるヴァインの視線に、色々と複雑な胸中の色を感じて問う。
今の彼の瞳には生気が宿っている。俺の戦いを見て何かしら感じるところはあったのだろうか。
見つめ返していると、ヴァインは突如「フン!」と鼻を鳴らして嘲笑の視線で俺を見下ろした。
「実力は随分と先を行ったようだが、正直言って剣技ならコチラの方が上だな!」
勝ち誇るヴァインに、俺は反射的に「なにっ!?」と交戦的な声で返す。
が、思い返すと反論し難い事実が陳列されている。
ディオに対して剣の駆け引きという点では圧倒されていたし、過去の決闘を振り返っても俺の剣術は体術ありきで活きていたし、なんならフィジカルのおかげで勝っているケースが多い。
まぁ、そもそも俺に剣の才能なんてあればレナや父に訓練でボコボコにされることもなく、逃げ出したいとも思わず騎士の道を進んでいただろうし。
「……さっき言ったろ、お前の剣技に俺は憧れていたんだ。それは今も変わらないよ」
大人しく認めると、ヴァインは再び鼻を鳴らした。
「それでも総合的に見れば現在地が貴様から遠く離れていることには違いない。必ず追いついてみせる」
負けを認めているわりには何故か偉そうに指の先端を突きつけてくるヴァインに、俺は妙な安心感を覚える。
彼の心が、強さが戻ってきた。
調子に乗らないエルゥが物足りないように、偉そうではないヴァインは最早本人ではない。
言いたいことは言い終えたのか、ヴァインは踵を返す。
「…………」
しかし何か思い残したことでもあるのか、中々立ち去ろうとはしない。
数秒経ってようやく一歩踏み出したヴァインは、そこで口を開いた。
「──ありがとう。じゃあな」
急ぎ足で医務室を出ていくヴァイン。彼のパーティーの面々は俺に頭を下げ、その後を着いていく。
それは長年の付き合いで彼の口から数回しか聞いたことのない言葉だった。
あまりにらしくない。彼らしくない言葉ではあったが。
「フッ、またな」
笑みが溢れる。今まであったわだかまりが瓦解していったような気がして、安堵の気持ちに包まれる。
今日は……珍しく疲れた。もう少しゆっくりしよう。
俺は個室のカーテンを閉めると、再びベッドに体を倒した。
「うぃーーーーー!!! どうしたどうした元気なエルゥちゃんに対してラース君は!?」
ほぼヴァイン達と入れ替わりだろうか、医務室の床をカツカツと鳴らし馬鹿が大仰に入ってくる。
いてもたってもいられず俺はベッドから飛び上がると、カーテンをシャッと開けた。
「迷惑だから辞めなさい」
普段闘技場は使われていないし、医務室で寝ているのは俺と……可能性があるとすればディオぐらいのものだろうが、迷惑は迷惑である。
嬉しいことに生きていたらしいエルゥの頭を小突くと、「痛い!」と大袈裟に声を上げた。
「なんだ、案外元気。勝ったけどボロボロって聞いたから情けなー、って思ってたけど……民衆の意見はあてにならないね」
「ダメージ的にはほとんど無いが疲労はピークだよ、戦いとお前の馬鹿さ加減でな。
そういうエルゥは元気だって言うわりには衣装はボロボロだな」
「む……あの馬鹿が乙女に向かって雷撃をぶちかましたの。おかげで可愛い可愛い制服が台無し。賠償金を請求したいぐらい」
エルゥが指差したのは医務室の入り口で鬱陶しそうに顔をしかめているトライ・レジット。
相変わらずの多弁強弁っぷりに安心感さえ覚えるが、この二人のテンションの差を見る限り勝利を収めたのだろう。
ミリカの方は、と見てみると意外なことにもピンピンしている。
対してリア・パーツソンの姿は疲弊しきっており、衣装もところどころ裂かれていたり……そんな姿を見てまさか、という驚きでひっくり返りそうになる。
「そんな驚いた表情をしているところ、申し訳ありませんが私は負けましたよ。完膚なきまでに叩きのめされました」
尋ねる前に、不機嫌そうにぶーたれるミリカの自己申告によって思い過ごしだったかと、ある意味安心した。
完膚なきまでに負けたという事実もいつものミリカらしい。
「それじゃ……」
「ミリカが完封された後、アタシがやったのさ。正直実力も内容も五分だったけど、なんとかってところ」
控えめに手を上げたのはカヤだった。
「傷が癒えれば再戦よ。武道の世界では二本先取だから、まだまだやるつもりよ」
「勘弁してくれ……」
腕を組んで強気な発言をするリアに、心底勘弁という表情でうんざりするカヤ。
どちらかといえばクールでスマートな彼女がこんなに疲弊した顔を見せるとは……相当激しい戦いだったのだろうということが容易く想像できる。
謎の武術を使うリアに、暗殺術を極めたカヤ。二人の戦いは個人的には興味のあるもので、見たかったなという感想を抱きつつも、カヤのげんなりした表情を見る限り再戦はあまり期待できなさそうだとひそかにガッカリする。
「ふむ、全員が敗北を喫したか」
個室のカーテンが空き、出てきた巨躯は先程まで俺と戦っていたディオ・カッサム。
鎧は脱いでおり、痛々しく体に包帯を巻き付けている。
俺が蹴りつけた脚も折れたのか、杖をついて支えながら歩いている。
「俺は流石にディオが敗けるとは思って無かったんだけどなァ」
「足に胸骨、そして頸椎損傷と一番ダメージは大きい。世界最強の戦士という名は返上だ。そして世界で一番好戦的かつ暴れん坊というパーティーの肩書きもな」
敗北を認めつつも、どこか晴れやかに騙るディオ。
死なない程度にはセーブしたつもりだったが、相当重傷なようで申し訳なくなる。
「まったく、俺達より無茶苦茶な奴等が居るとはなァ。この喧嘩──俺達の完敗だ、嬢ちゃん」
頭を掻きつつ、照れ臭そうに握手を求めるトライ。
双方被害はあったものの、様々な知見を得て良い経験になった。
死者も出ず、後腐れもない。まさに理想的な終わり方。
「うるさい!」
それを捨てたのはエルゥでした。
「なっ……!」
出した手を叩かれ、唖然とするトライ。彼だけではなく総員ぽかんとしているが、何故か怒り気味のエルゥの弁論ターンが始まった。
「パーティーの勝利という点には違いない。だけど、私は個人的にあなたとの決着に納得がいっていない」
エルゥはキッとトライを睨む。
実力から考えればトライの方が優勢だったろうが、勝負は時の運。
何かもつれた決着の仕方だったのか、異議ありと声を上げる。敗者が言うならともかく勝者側が言うのだ、おそらく内容ではエルゥは押されていたのだろう。
「オイオイ、意識が飛ぶまで殴っておいてよく言うぜ。下手すりゃ死んでたし、そっちのエルフちゃんに治癒魔法をかけてもらえなきゃまだロクに歩けてすらいねーんだよ。
しかも全力全開での負けだ。何もケチをつける点がねーよ」
説明を聞いても納得が行くものだし、表情を見てもトライの言葉に偽りはない。
ただそれでもエルゥはむくれっ面で。
「勝因の三、四割は策略勝ち。ま、私の方が粗暴で野蛮な貴方より頭脳において“圧倒的”な、あ〜っとうてきな! 勝利を収めたという事実は免れないけど、真っ向から勝ったわけじゃないってのが癇に障っている」
「いや、癇に障っているのは俺の方だが。どうしよう、今ここでぶち殺したくなってきたぜ」
圧倒的と、あまりにも煽り倒した表情で強調するエルゥ。
背中の斧に手がかかるが、エルゥはさっと移動して俺の背後に回った。
「残念、私の魔力はすっからかん。今やるなら盾を召喚するけど?」
あまりにもクソガキオブ、クソガキ。ちょいちょいと俺の背中を押してトライの目の前に召喚するエルゥに、一度呆れて声も出なかった。
するけど? では無いんだが。
「ったく、まあ納得がいかねえってならまた受けてやるよ。俺だって次までにゃ実力を上げておくし…………お前ら以外にろくに喧嘩できる相手なんか居ねーしな」
肩をすくめるトライ。呆れながらもどこか嬉しそうな雰囲気だ。
彼等はただ突き進む中で、どこか孤独を感じていたのかもしれない。
〈勇者〉に肩を並べるパーティーなんて片手の指が降り切る前に数えきれるほどだし、そんな次元の者達同士で容易く喧嘩など出来ないだろう。
「上から目線が気に入らないけど、分かったならヨシ。エルゥ様の怒りもおさまったところだし、ご飯でも行こう」
俺の陰から出てきたエルゥは、トライを指差す。
「この人の奢りで」
一同は苦笑いを浮かべつつ……腑に落ちる。
ま、エルゥなら仕方ないかと。




