激闘(8)
──圧倒的な狂気が場を支配する。
観客には嘔吐する者や、立つことすらままならない者も現れる。
かくいう自分も膝が震え、今にも逃げ出したい気持ちに襲われるが、この勝負だけは最後まで見届けたい。そんな一心で堪える。
一体、何がラースをこうさせたのか?
そういった疑問も頭に浮かんだが、愚問だったと反省する。
彼は一見常識人には見えるが、彼を取り巻く環境は一切普通ではない。
世界でも有数の剣豪を父に持ち、破天荒な両親のもと想像を絶する訓練を行ってきた。
それに幼い頃からレナ・ギルフィの狂った愛に追いかけ回され、冒険に出てからも短期間でいくつもの死線を乗り越えてきた。
十代前半の人間四人で構成された冒険者の道のりは、中々に険しいものだった。
その中で最も負担を抱え、人間関係にも気を遣いつつ過ごしてきたのだ。
普通に育つわけもない。彼の中に異常な物が内包されているとしても、なんら不思議ではないのだ。
「面白い…………!」
皆が怯む中、暫定世界最強の戦士は前進する。
彼が消えたのは、その直後だった。
「加減が難しいな」
やっちまったと頭を掻きつつ、ラースは見上げた。
その視線の先は闘技場の最上段、観客席の壁に磔になったディオが居た。
何が起こったのか……あまりに一瞬の出来事で理解が至らなかった。
音すら置き去りに、巨躯のディオが天高く吹き飛ばされた。間近で見ていた自分でさえ、その事実以外把握できていない。
だが、終わりではない。ディオはすぐにその巨躯を闘技場の最上段から放り投げると、リングに降り立つ。
建物四階ほどの高さから跳躍してくる彼もまたバケモノと言えよう。
「む……」
ぐらっ、とディオの体勢が崩れたのは着地の衝撃ではない。
この歪んだ空間の中では平衡感覚が正常に機能していないのだ。立っているだけでもふらふらする。
「フンッ!!」
気合を入れ直すように、少し地から離した脚をしっかりと踏みしめる。
ディオの平衡感覚を整えたのは気合……だけではない。
どこか今までとは一味違う。そんな感じだ。
「私は自らの“強度”を調整するギフト〈エナジー・バースト〉を持っている。これによって速度や力が変化しているワケだ」
突如ディオは自分の能力について語り出す。
今にも駆け出さんばかりの前傾姿勢。早く目の前の敵とぶつかりたいという欲求が前面に出ており、時間稼ぎや話術による揺さぶりには見えない。
「噂はかねがね聞いている」
「ありがたいことだ。だが、一般的な認識では場面に合わせて一点の能力を突出させるというイメージらしい。それは大きな過ちだ」
首を振るディオだが、過ちも何もこの戦いだけでも彼はそれ以外の用途には使っていない。
速度でラースを揺さぶり、力でぶち抜く。そのように見えた。
「実際は総合的に底上げすることもできるわけだ。相応の反動はあるがね」
ディオから感じるプレッシャーが、一段と増えた。
おそらく、〈エナジー・バースト〉によって自身の能力を上げたのだろう。それも……ほぼマックスまで。
彼が当たり前のように立っているのは〈エナジー・バースト〉によって器官や神経の性能が向上しているのもあるのかもしれない、という感想を抱く。
「それで……」
話を聞き終えたラースは、目の前の化け物のプレッシャーを受けつつも平然と口を開く。
「“それ”で、俺に勝てるのか?」
そんな挑発を流せるほど、ディオのボルテージは低くなかった。
ニタリと笑って前進。微かに初動が見えただけで、一歩目から加速を始めるとすぐに姿を消した。
「くっ……!?」
「どうした?」
次に映った光景は、ラースとディオが交差し、互いに背を向けて立っている場面だった。
一体何が起きたのだろう。表情を見るにディオがしてやられた、といった様子だが彼に傷らしき傷はない。
重厚な鎧にも傷はついておらず、おそらくラースにあっさりと攻撃を受け流されたのだろうと推測しつつ……必死に目を凝らす。
再びディオが前進し、斬りかかる。
そこで違和感に気がつく。
ディオの体が正面を向いていないのだ。先程までの剣の構えと違う。
……剣に関しては相当な研鑽を積んだ自信がある。そんな自分から見ても、意図的に姿勢をずらしているようには見えなかった。
“ズレている”。または、“ズラされている”。そんなちぐはぐさを感じさせる、ディオの猛突進。
「なんだこれはァァッッ!!!」
ディオの雄叫びは不気味な雰囲気のせいで静まり返っている闘技場に、虚しく響く。
今度は視認することができた。できた……が、実際に間近で見ていた自分の目にも“突っ立ったままのラースに対してディオが勝手に空振った”ように映ったのだ。
本人の困惑の具合は側から見ている自分とは比べ物にならないだろう。
──しかし、一つ不思議な点がある。
辺りの空間はラースの狂気によって歪まされている。
ディオが動いた瞬間、時空の捩れがより一層増したような気がしたのだ。
もしかするとラースは辺りの空間に自在に干渉することができ、それによってディオの攻撃を受け流したのでは? という仮説を立てる。
元々、彼と特筆すべき〈ギフト〉はこの〈バーサーク〉ぐらいだ。他の技などを使った線は薄いだろう。
「俺も限界が近い。そろそろ決めさせてもらう」
ようやく動き出したラース。その踏み込みは集中していても見逃すほどの速さだった。
ディオがタフだという認識は彼もあるのか、動きを奪うような下段の蹴り。
蹴りは脚を覆う鎧を粉砕。ディオの体が斜めに崩れたところを胸部への突きで仕留めにかかる。
なんとかガードをと手を出すディオだが、間に合わない。
完全に力も速度も上回っている。拳はやはり鎧を貫き、胸部へ突き刺さった。
「あがっ…………!!」
ディオの体がくの字になり、完全に停止。
彼の口から吐き出された血の飛沫がラースの拳にかかるも、それを払う余裕を見せる。
「ふう」
いや……一息ついたのは〈マッドネス・リリース〉やダメージによる疲れからだろうか。
異様なまでの脂汗が浮き上がっているラースは、口にした通り限界が近いのだろう。
それでも、
「終わりだ」
歪んだ空間の中で、綺麗な──芸術的なほど真っ直ぐに走る蹴りが一閃。
側頭部に打ち込んだ蹴りは、ディオの意識を刈り取った。




