激闘(7)
「けほっ…………」
どれだけの時間が経ったろう。シトラやレナや達の気配を目掛けてトライを引きずりながら永い道のりを歩き続けた。
途中で気が付いたのか、トライが蒸せる。見てみると口内の血や鼻血を全て吐き出し、それでスッキリしたのか目をぱちぱちとさせている。
「チッ、負けたのか」
記憶が曖昧なのだろう。状況を見て敗北を察したらしく、悔しそうに舌を鳴らした。
策に策を練った勝ちだ。完全な勝利だとは思っていないが、彼の悔しそうな表情を見ると少しスッとはする。
「ん、治療班が来た」
目的の魔力達は動いているような気配があった。
ようやく肉眼でも見える距離まで双方近づき、手を振ってコンタクトを取る。
ミリカがシトラに背負われているところを見ると、どうやら彼女は敗北したらしい。
妥当と言えば妥当だろう。気配はあるし、死んでいないだけ幸運だったと思う。
そのわりにリアの衣装はボロボロで、どこか気怠そうだ。
カヤの魔力の消耗が激しい。つまり、ミリカが敗北した後この二人が戦ったのだろうと推測しつつトライを引きずる。
「どうやら負けたみたいね」
「フンッ、テメェこそぼろぼろじゃねえか。負けたのか?」
「…………今回はね」
リアがちらとカヤの方に視線を向けると、勘弁してくれと肩をすくめた。
彼女達の間に謎の因縁が生まれてしまったらしいが、これで二勝である。
しかしリアも未知の技術を使うらしいし、単純な強さの程は分からないがやり辛さはトライと遜色ないレベルだろう。よく勝ったものである。
「あとはラースか」
私は王都の方を見る。既に勝ち越しという点を見れば彼の勝敗を気にする必要はないかもしれないが、パーティー内最強のラースが負けることは、実質的な敗北である。
試合には勝って勝負には負ける気持ちだ。彼のことだから心配いらないだろうが……。
「あの兄ちゃんでもディオのオッサンはキツイだろ」
私の考えを見透かしているかのように、トライが呟いた。
リアも同調して「そうね」と頷く。彼等の世界最強の戦士タイプと呼ばれるディオ・カッサムへの信頼は凄まじいものだ。
「でも、勝つ」
キツイ相手だろうということも分かる。単純なスペックだけで見ればディオの方が上だ。
ディオは衰えるほどの年ではないが、それでもラースより経験が遥かに豊富だろう。
何より、彼の目には甘さが無い。比較的活人を念頭に置いているラースとは違い、彼の目はどちらかといえばレナやカヤのように冷たいものがある。
それでも勝利をもぎ取ってくるだろうという信頼感は、私にはある。
「相手が世界最強の戦士でも、ラースは世界最恐の狂戦士。ディオが壊れないことの方が心配」
彼の底は未だ見えない新淵のよう。
出来ればあっさりとディオが負けるのが理想なのだろう。
あの狂戦士を追い込みすぎると何が起きるか想像も付かないから。
───
「……………………」
歓声が渦巻く。
何が民衆を熱狂させるのか。一定のラインまで昇り詰めた者からしてみれば、あのバケモノ同士の戦いは絶望以外の何物でもない。
「ここまで来て見ねえのか?」
声の方を見ると、パーティーメンバーが勢揃いしていた。一人でふらりと来たつもりだったが、着いてきていたらしい。
「……」
パーティーの中でも戦士を担うアレックスが問いかけに、少し押し黙る。
彼も腕利きの戦士だが、ラースの代わりはあまりにも重かった。
いや、それ以上に自分の未熟さが露呈した。今まで何も考えずともラースが場を整えてくれていたから、実戦に放り出されて指揮をロクに取ることができなかった。
アレックスをきちんと活かせていなかったことは否めないだろう。
「見る気には……ならない」
あまりに高い壁。それを見て更に絶望するのが怖い、と言えばそうだが……。
本心はラースの勝利も敗北も、見るのが辛い。今の自分にはどんな結果であれ、腑に落ちないモノになるだろう。
「何言ってんのよ、アタシ達の幼馴染でしょ。その晴れ舞台、見逃しちゃ一生後悔するわよ」
いつもならムキになるアンの説教じみた小言も、今はやけに染みた。
見たくないとはいえ、見なかったらそれはそれで後悔するのだろう。
勝敗は嫌でも耳に入るだろうし、二度とは見れないであろうこの光景をなぜ目に焼き付けなかったのかと思う日もあるはずだ。
とはいえ…………という自分のあまりに中途半端な心情に、また嫌気が差す。
「そろそろ許してあげてはどうですか。彼も、貴方自身も」
クレアも長い付き合いだけあって心中はお見通しらしく、突きつけられる言葉に俯いてしまう。
ラースのことならとうに許している。未だに後悔しているのは、失態に失態を重ねた自分だ。
ここで見ないという選択肢を選ぶのはまた、恥の積み重ねに近い行為だ。そう思うとふと、視線は闘技場のリングに向いていた。
「わっ、すごい歓声です」
気圧されたように弓師のシェーラが感嘆の声を上げる。
一層熱を増す観客達の声。足は……自然と踏み出していた。
「!!」
そこで目にした光景は、ラース・ゼーノルトが一方的に苦戦している姿だった。
緩急自在なディオ・カッサムの剣技に翻弄されている。
〈バーサーク〉に入っているように見えるが、それでも身体能力の差がある。
「ラース…………」
ラースの姿は以前見た暴走状態というよりは、戦いに嬉々として臨む鬼のよう。
無差別に攻撃をしていないところを見ると、完全に制御できているのだろう。
しかし、それと引き換えにやや攻撃性を失っているようにも見える。
ディオの圧の前に押されっぱなし。紙一重で凌いではいるが、時間の問題だろう。
そんな予想は数秒後に現実となる。
鍔迫り合いになると、ディオが剣を押し込んだままラースを蹴り飛ばす。
人が人を蹴ったとは思えない破砕音。あっという間に闘技場の壁まで吹き飛ばされたラースに、ディオが追い討ちをかける。
剣を振るう素振りを見せ、ガードの構えを取らせてから再び蹴りを放つ。
剣で斬られないから軽傷、なんて筈はない。頑強に作られた闘技場の壁にめり込んだラースは、そのまま突き抜けてしまう。
並の人間ならあの蹴りだけで臓器がグシャグシャになってしまうだろう。
それを二発も受けたラースは……。
「…………ふざけるなァッッ!!」
階段を駆け降り、人混みをかき分け、手すりから身を乗り出すと……警備員として立っている騎士の制止も振り切って闘技場の中に飛び降りた。
壁を突き抜けた向こう、通路の壁にもたれかかっているラースは口から血を吐き出し、だらんと項垂れている。
おそらく死んではいないが、ディオに慈悲はない。追撃の構えを取っており、このままでは敗北はおろか死に至る。
「大口を叩いてこれか? 貴様が見たかった景色は随分と低い場所を思い描いていたんだな」
思わぬ乱入者にディオも手を止め、此方を振り返る。
彼の敵意は自分に向いているようにも見え、いつも備えている腰の剣を抜く。
「ラース、自分は……貴様に嫉妬していた。不恰好な剣技に、泥臭い根性。戦いに関してはそれだけだと思っていた男がみるみる道の先を駆けていくのだから」
彼を冒険に連れていったのは人間性や昔馴染みの関係、そして豊富な知識量や本人の強い希望(レナ・ギルフィから逃走したいという想い)もあってのことだ。
実力においては自分より下回ると思っていた。いや、旅に出た時点では間違いなくそうだった。
それでもラースは純粋な人間だったが故に上の領域へ行った。
努力の辛さに無頓着と言ったほうが正しいのかもしれない。
いくら苦労しても気取らないし、当たり前だと思っている。余計に腹が立ったものだ。
まあ、彼の人間性に救われたこともある。
アンとは何度もパーティークラッシュ寸前の口論になっているし、ラースの仲裁が無ければそもそもその時点で旅は終わっていただろう。
「……この輝かしい才能を持つヴァイン・ステクルが嫉妬した男なんだ。こんなところで朽ち果ててくれるなよ」
ラースが復活するまで少しでも時間を稼げれば、そう思って剣をぎゅっと握りしめる。
そんな敵意に呼応し、ふっと笑うディオ。そのプレッシャーはあまりに禍々しく、身が震える。
時間稼ぎにもならないかもしれない。弱った思考が脳裏によぎったその時だった。
「──不恰好な剣技とは、言ってくれるな」
飄々とした態度でディオの横を、そして自分の横を通り過ぎていくラース。
何事も無かったかのような表情でリングに戻る姿に、驚かされる。
どうやら杞憂も杞憂だったらしい。ダメージは一切見られない。
「有り難い──それでこそ、壊し甲斐があるというもの」
ディオも興味をラースへと戻し、リングの方へと歩き出す。
二人が戻ると、大歓声が上がる。自分はというと、乱入したおかげで特等席で観戦ことになった。
表には出ないが、ぶち破られた壁の中で腕を組み、勝負の行方を見守る。
「ヴァイン、俺だってお前の綺麗な剣技に憧れていたよ。残念なことに俺に剣の才能は無いからな」
そう言ったラースは、魔法剣を鞘に収めた。
一体何を、と不思議がるディオ。
剣を相手に素手とは一見無謀にも程があった。それも身体能力で劣る敵に、である。
「だが、与えられたものもあった。生憎と、狂った〈ギフト〉ではあるがな」
刹那、ぐにゃりと空間が歪んだ。
「なんだこれは……!?」
ディオも自分と同じ景色を見ているようで、とてつもない異変に声を上げた。
錯覚……ではない。魔法などの小細工でもない。
ただ、おぞましい程の何かが空間をおかしくしていた。
「〈マッドネス・リリース〉。俺の“奥底”に眠る狂気が全て目を覚ました。
それが時空を捻じ曲げているだけのことだよ」




