激闘(5)
設定詰めるのは改めて大事だなと思いながら書いてました
膨大な熱気。昨日の今日決まった事項なのに、闘技場の席は埋め尽くされていた。
観客席を眺めていると、父の姿や母の姿が目に入る。飛び跳ねて手を振ってくる母に少し照れつつも、無様な真似は出来ないなと気が引き締まる。
そして、特別席には名のある役人達や王の姿まで見受けられる。
王が王なら国民も国民ということだろう。通路まで人で塞がっている。
ただ、俺の見渡す限りヴァインの姿は無かった。
「緊張か?」
ディオからすれば挙動不審に思ったのだろう、きょろきょろと首を振る俺を見てそう言った。
「いやぁ」
俺は笑みを浮かべつつ、
「そうだな、ちょっとは緊張しているかもしれない」
「フン、そうは見えんがな」
へらへらとする俺に、呆れたようなディオ。
実際のところ、緊張はある。がちがちではないが、程よいものだ。
だけどそれ以上に充足感に満ちている。俺達の戦いにそれなりの価値を感じ、国民が足を運んでくれた。
身内も見守る中、幸せだなという感覚が俺の中にはあった。
後は勝利を収めるだけ。ただ、それだけの話だ。
「!」
俺が剣を抜くと、ディオは驚いたように目を見開く。
彼の腰には今日は二本の鞘が備わっている。Sランクダンジョンを攻略した後は一本だったが、二本用意するというのはそれ程俺を警戒してくれたのか……意図は分からないが、考えすぎるのも良くないだろう。
二刀流になっても、似たようなことを幼き頃のレナがやっていた。
幼き頃の彼女の剣技と完成されたディオの剣技では比べ物にはならないだろうが、イメージとしては記憶に残っている。
散々ボコボコにされた嫌なイメージではあるけど。
「魔法剣か」
「俺が用意できる最高の一本だ」
「たしかに、良質の剣のようだ」
ディオが左の鞘から剣を抜く。すると燃え盛るように紅潮した……熱気を持つ剣が飛び出した。
「何か役に立つかと思ったが、これでは敵わない」
俺の〈ウルト・ゼーノルト〉と同じで魔法剣なのだろう。俺に魔力を感知する能力はないが、似たような気配を感じる。
しかしそれで対抗するのかと思いきやディオは火の魔法剣を鞘にしまった。
それから右の手が抜いた剣は、更に禍々しい黒の一振りだった。
「生憎と魔法剣ではないが、“魔剣”と呼ばれるものだ。並の使用者なら精神を蝕まれてしまうらしい」
ディオの説明だけを聞けばあまりにも胡散臭い一品だが、話に相応する勢いのような物を剣から感じ取れる。
武器にギフトやスキルが乗るという話も聞いたことがあるし、世界中を駆け回っている〈勇者〉の面子ならそんな珍しい武器を持っていてもおかしくはない。
「魔剣ね……」
興味はあったが、目を伏せ、気持ちを切り替える。
どこか狂気じみたものを感じさせるその剣は、俺を魅入らせるには十分だった。
が、今は集中しなければ。目の前の男は甘い気持ちで勝てる相手ではない。
そんな俺の覚悟の顔を見て、ディオは笑う。これ以上言葉は要らないかと、魔剣を構えた。
───
アタシとリアの戦いは相変わらず間延びしていた。
取った戦法はシンプル。最早被弾は仕方がないと割り切って間合いを詰め続け、攻撃を貰いつつ短刀を突き出す。
毒の類は付けていないので塗ってこればよかったと後悔しているが、冒険者はダンジョンに潜る過程で毒を貰う機会が多い。
耐性だって付くものだ。それもSSランクとなればより一層確率は高いだろうだろう。
むしろ塗らなかったのはアタシの慢心を減らすという意味合いでは良かったとでも受け取るのが正解かもしれない。
しかし、この戦法を取ってしまった故にまたスタート地点に戻ってしまった。
ちまちまと逃げられ、合間合間に攻撃を繰り出される。
短刀も擦り傷程度しか付けられないし、少し深く入ったと思ってもリアには治癒魔法の心得があるのか、彼女が魔法らしきものを行使するとすぐに塞がってしまう。
そこでアタシはわざと短刀を大振りすることにした。
これでもかと振りかぶり、殴れとばかりに顔を空け、ダイナミックに短刀を振り下ろす。
再びの肉を切らせて骨を断つ作戦だ。いや、こちらの骨が断たれてもいいぐらいの覚悟さえある。
が、そんなアタシを嘲笑うかのように、リアは短刀を避けつつ目を光らせた。
「それは」
やべえだろ。と、そんな言葉も喉につっかえる程の“死臭”を感じた。
今まで地味な攻防だったから、すっかり油断していた。少なくともこんな僅かな隙にねじ込むような大技は無いだろうとタカを括っていたのもあったろう。
一箇所に急速に集まる魔力。リアの拳は神々しい光を帯び、今からやってくるであろう衝撃に戦慄する。
「──〈閃光迅華拳〉」
約一秒の溜めを経て繰り出されるリアの必殺技が、発動した。
「〈闇雲〉」
それはただの悪あがきだった。目眩しにしかすぎない闇の雲が二人の間に漂う。
それは防御力や耐久力など一切無い、ハリボテだけの存在。
拳は雲を容易く貫通し、アタシの鼻っ面を叩いた。
「チッ!!」
意識が吹き飛びそうな程に脳が揺れる中、リアの大きな舌打ちが聞こえた。
彼女にしてみれば手応えは薄かった筈だ。目の前のターゲットの姿は隠れ、アタシも頭部を動かすことによって出来る限りヒットポイントをずらしたのだ。
それでもダメージはデカい……が、アタシは空いている方の手でリアの手首をキャッチした。
今度は投げではない。悔しいが彼女の力のベクトルを逃す技術の前に投げ・関節というのは時間がかりすぎる。
だから局所的な破壊を打撃で狙う。アタシは渾身の力を込め、リアの手首を握り込む。
握りつつ捻りつつ、トドメは“爆発”。
魔力は体内で常に循環している。その伝達速度は達人になればなるほど筋肉の動きと変わらない域に近づく。
アタシは魔力と筋肉を同時にほぼタイムラグ無く使用し、瞬間的な爆発力を得ている。
つまり、魔力の扱いには長けているということが。それが手の届くところであれば、思考より早いいうもの。
魔力を爆発に変える。これは火魔法の応用で、行使できるのは自分の体内だけではない。
掴んだ場所で爆発を起こすということも出来るのだ。まあ同士討ちではあるが、アタシは痛みには慣れているし、タフだし、何よりこれを繰り返しているうちに何故か火魔法への耐性がついてしまった。
常人よりは遥かにダメージが少ないワケで。
「うがァッッ!!」
爆発の衝撃でリアの口から出た声は女の子というよりは獣のうめき声。
だが、アタシは違和感を覚える。
「……?」
吹き飛ばすつもりでやった爆発だが、リアの手首は残っている。
彼女が魔法に強いのは、弾けるからでは無いのか? いや、そもそも弾いている時点でカラダが魔法に対して何らかの耐性を持っている?
そんな思考の合間に、アタシの体がリアによって振られる。手首を掴まれていようが関係ない。
アタシを寝転がして追撃の素振りを見せるリアに、手を離して脱出を試みる。
しかし、リアも爆発を警戒したのか飽くまでグラウンドには付き合わないつもりなのか、距離を取る。
それを見てアタシは、フッと笑った。
「はぁ…………はぁ…………ッッ!! ど、どれだけタフなの!?」
すぐさま立ち上がるとリアへ詰め寄る。
息を切らし、まるで追い詰められたかのような形相で後退する姿にくくくと煽るように笑う。
彼女は焦りを加速させ、アタシの攻撃を後手後手に捌いている。
表情だけや形だけを見てみれば形勢はアタシにあるように思えるが、残念ながら実際は逆だ。
攻撃を止めれば治癒される可能性だってある。リアの治癒魔法は多少時間を取るように見えるのでアタシが手を止めさえしなければ、回復に至るのは難しいハズ。
「しつこいわよ!」
リアの蹴りでグラつくも、脚を取って更に前進。
流石に手とは違って脚を一本丸ごと捕捉されると融通が効かないのか、念願のダウンをもぎ取る。
体を浮かした際に反撃のパンチを貰ったが、お返しとばかりに太ももに短刀を突き刺した。
意識が飛ぼうとも、ここから逃したりはしねえ。
「〈閃光」
「させねえよ」
腹部に乗り上げたアタシは、拳を光らせるリアの喉元を短刀で狙う。
──だが、短刀は地面に突き刺さった。まるで逸れたかのようなら軌道で、だ。
「──迅華拳〉」
繰り出された拳を避けるため、アタシは地面に刺さって抜けない短刀を離しつつ、その場から飛び退いた。
「なんだそりゃ。魔力の層か?」
「そうよ。これが“魔導武術”」
無駄口を叩きつつもアタシが不意打ちで繰り出した〈デビル・トリック〉を払いつつ、リアは立ち上がった。
要するに常に体の表面に魔力の層のようなものを帯びさせ、魔法に対する耐性を得ていたのだ。
〈閃光迅華拳〉はおそらくその発展で、魔力を集中させている。
どうやら防御にも使えるようで、魔力の層を厚くしつつ形を変えることによって短刀の軌道を逸らしたというわけだ。
“爆発”のダメージが芳しくなかったのも魔力に遮られていたからだろう。
先程から掴んだ右手をあまり使わないのを見る限り、防ぎきれてはいないらしいが。
しかし奇しくも原理はアタシの技術と似ている。
局所的に発動させるアタシとは違って彼女のそれはコストパフォーマンスには長けていないだろう。
……まあ、魔力切れするほど馬鹿でもないだろうしそれに期待するのは甘い考えだが。
「近いわよ」
「やり合わねえとケリがつかねえだろうが」
完全に足を止め、互いのレンジ。
手首を痛め脚に短刀を突き刺されたリア。衝撃を逃したとはいえ必殺技を受け、幾多もの被弾を重ねているアタシ。
不利なのは自分だろう。接近戦では相手に分があるし…………なんせ、決めるつもりで“爆発”を使ったのだ。
反動は大きい。アタシの左手の消耗度も、痛みは我慢できるから云々というレベルを超えてきた。
それでも、負けられねえ。ここまで来ると勝敗への拘りはパーティー云々ではない、個人のプライドも色濃く出ている。
「…………」
「…………」
互いに見合ったまま動かず。
そんな状況下で仕掛けたのはやはり、アタシだった。回復というカードを持っているリアに時間と猶予を与えるのは得策ではない。
手を伸ばし、掴もうとする素振りを見せる牽制を繰り返す。
“爆発”を経てリアも警戒しているのか、手を伸ばすだけでも大袈裟に拒否しようとしてくる。
そんなリアだが、機動力では今はアタシに比べれば劣る。いつまでも捌いてばかりではいられないと感じたのか、行動に出る。
なんと、負傷している右手を差し出してきたのだ。
「くれてやるわよ」
あからさまな挑発行為である。脇を締め引いている左拳には魔力が集中しているのを見ると、右腕ぐらい切り捨ててでも倒してやるという意思が感じられる。
先程までアタシがやっていた戦法と同じものだ。
こんな罠、乗らなければいい話ではあるが。
「グッド」
冷静に考えるほど大人でもない。任務ならまだしも、タイマンの決闘でこの覚悟を無碍にするつもりはない。
差し出された右手の中腹を掴む。リアの左拳が煌めきを増したのは、それとほぼ同時だった。
「だが」
──ただ、彼女の右腕と引き換えに必殺技を受けてしまえば間違いのない“敗北”が待っていることを、アタシは知っていた。
それを易々と受け入れるほど素直でもないもので。
「〈影残し〉」
リアの〈閃光迅華拳〉が放たれると同時に、ここまで隠していた闇魔法のレパートリーを解禁する。
自分が……正確には自身の魔力が“触れている影”のもとに一瞬で移動できる優れ技だ。
練度のせいなのか距離はそこまで無いので、陽が落ちれば無敵というわけでもない。が、危機を脱せる最強かつ確実な魔法だ。
アタシは踏み込んで右腕を掴んだ時にきちんと踏みつけたリアの影に移動し、〈閃光迅華拳〉は空を切る。
「前置きしておくぞ」
リアの背後を取ったアタシの拳に、魔力が集中する。
「真似じゃねえ」
〈黒無炎獄拳〉。燃え盛る赤の闇が、全てを無に返す一撃。
と、格好つけて言うはもののやっていることはリアの必殺技と同じ原理である。
互いの“一撃必殺”が偶然一致していたことには驚いたが、使っている技術を考えれば似たような必殺技が生まれてしまうのは仕方あるまい。
リアは最早避ける術もないと悟ったのか、振り返ることもなくふんと鼻を鳴らした。
「貴女、“次”は覚えていなさい。世界の果てから果てまで、追いかけ回してやるわ」
避けられては元も子もないと早めに魔力の溜めを打ち切ったのをやや後悔しつつ、〈黒無炎獄拳〉を解き放った。




