激闘(3)
「ふうん」
平原は踏み荒らされ、所々私の火魔法による焼け跡が残っている。
大斧を振り回すトライ。その一撃は地をも削り、斬れたような跡もついた。
そんな荒れに荒れた戦場で、私は嘆息した。
「強いじゃん」
目立った外傷はないものの、蹴りを数発受けてしまった私は少し息を切らし、次の攻撃に備える。
彼の戦法はラースに似ている。というか、ラースの戦法を更に極端にしたようなものである。
大斧を振り回し、外しても体幹でカバーしつつ体術で誤魔化す。
大斧を外して地面に突き刺した時も、それを基軸に回転して蹴りを繰り出してきたりとあまりにもアグレッシブ、かつ大胆な奴である。
が、その実計算されているようにも見える。私がギリギリ一歩で踏み込めない間合いにずっと居たりするので隙らしい隙がないのだ。
魔法を放っても機動力が高すぎて効果がない。なんせ周りはだだっ広いし、逃げたい放題なのだから。
「段々と威勢が無くなってきたじゃあねえか!」
大斧をぐるぐると頭上で回転させ、放ってくるトライ。
何だその無駄な動きは、と思いつつも実際タイミングが取りづらくそれがなお一層腹が立つ。
非合理の中の合理。型にはまらない彼の戦法は私にとって中々やりづらかった。
何故なら賢い私は戦う最中にも次の手次の手と脳内で幾つものシュミレートを行なっているからである。
詰め込んだ知識をもとに展開を予測し、最善を選ぶ。
どちらかといえば実戦より座学で身につけたことを生かしている私には、不規則な彼の攻撃は面倒である。
トライの息も吐かせぬ猛攻が始まり、今までと同じように後手後手に対処を重ねていく。
フラストレーションは積もり積もっていた。
「うるさいな……」
打つたびに煽るように「どうしたァ!」だとか「こんなもんかよォ!」と叫ぶトライ……ではない。
脳内で戦う、私の“知識”と“野性”。互いが互いに割り込むように、ずっと叫び続けている。
知識によって敵の動きを予測し、切り返す糸口を見つけ出す。
だがそれだけではこの“SS”という冒険者の頂点には屈しかねない。
そこで声を上げるのが“野性”だ。
本能で危機を察知し、脊髄で体を突き動かす。
知識では至らない点を補うかのように働いてくれるこの感性。本来ならばこれを信頼し、頭を空っぽにして私は戦うべきなのだろう。
──事はそう簡単には運ばない。
「おらよぉ!」
フルスイングされた大斧にぶつけるように〈剛剣フレストリア〉を出す。
パワー勝負では向こうに分がある。防御は弾かれるが……私はすぐに体勢を立て直しつつ後方へ退いていく。
この野性、今まではギリギリの戦いの中せめぎ合いを此方に傾ける為に働いてくれることが多かった。
だが、今日に関しては“逃げること”に特化しているのだ。
コイツには攻め込む隙がない。コイツの動きを勝る事はできない。
コイツには、勝てない。
そんな弱音を繰り返し、私に逃げろと警告をする。
「おいおい、そろそろ限界だろお嬢ちゃん。辞めとくかァ?」
大斧を担ぎ、余裕をアピールするトライが妙な提案をした。
「俺はよォ、お嬢ちゃんの悔しがる顔が見てえんだよ。
だが、殺しちまったら見れねえ。
そこで今の内に土下座をして完全降伏の意を示しでもしたら、俺だって満足だ。辞めてやるよ」
こめかみの血管が、はちきれんばかりにビキビキと血気立つ。
ピキリポイントの限界を、一瞬で振り切った。
「う…………っ」
それはトライの煽りに、ではなく。
「うるせえええええええええ!!!!」
命には替えられないと思った、自分の“生存本能”に対する嫌悪感が、私の怒りのボルテージを最高潮に持っていった。
大剣を地面に突き刺した私は、くるりと踵を返しトライに背を向け、駆け出した。
今まで溜まった疲労など気にせず、全力疾走。
平原を吹き抜ける風に後押しを貰いながら、ひとまず付近をぐるりと一周し……再び戦場へと戻ってきた。
「オイオイ、イカれちまったかァ?」
相変わらずふざけた態度のトライ。私は大剣を地面から引っこ抜くと、その勢いのまま回転する。
遠心力を加え、大剣をトライ目掛けて投擲──それと同時に距離を詰める。
「ヤケッパチじゃ勝てねえよ。終わりだァ!!」
冷静に大剣を避けたトライはそのまま大斧を構えた。
突っ込んでくる私を迎撃するつもりだろう。素手の私が、真っ向から突っ込んでゆく。彼の高速の一振りに対応する術など、常識的に考えれば無い。
だが、私は違う。私は天才であり唯一無二のエルゥ様なのだ。
「〈ミラージュ〉」
「!?」
其の魔法を発動させると、トライの顔にあからさまな動揺が見てとれた。
それでも彼は超一流だ。すぐに大斧を振ろうとする。
「──無駄」
大きな武器を振り回す者が長く冒険者を続ける秘訣は、自信を持つ事だ。
冒険者はパーティーを組んでダンジョンに臨むのが一般的だ。そんな中で狭く武器を振りづらい場所も少なくはなかったり、仲間が動く中で振るというのは経験もそうだが勇気がいる。
攻撃の隙が大きいのだから魔物側からの反撃も貰うことが多いだろう。
そんな中で、躊躇いを捨てる事。心を強く在り続けることが大きな武器を操る秘訣だと私は思っている。
「ぐっ……!」
それはトライのようにずば抜けた腕力を持っていたとしても、同じことだ。
腕力だけではなく、体の回転なども因果して高速の一振りが生まれる。
つまり、予備動作が必要なのだ。
それに私の加速力は並ではない。加えてなんの躊躇もなく一直線に、最短距離で進んでいるのだ。
動揺して反応が送れたトライは、私を懐に侵入させることを許してしまう。
「づうッッッッ〜〜!!」
そして無防備の金的に無慈悲の蹴りが、命中した。
私の身体能力に加え、鉄のブーツ。痛かろう痛かろう。
声にならない声を上げたトライはそれでも大斧を離すことはなく、睨み返してくる。
そのただならぬ気迫に、追撃するつもりだった私は退いてしまう。
──が、それが正解だとわかったのはすぐのことだった。
「テメェ…………」
禍々しい魔力の渦が、あたりに伝播する。
……今まで〈魔力感知〉で何となく魔力の在処や量をサーチしてきた。
だが、トライが放った魔力は感知する必要がないほどに強く、私の身を震わせた。
魔法以外で“魔力が眼に見える”のは初めての経験だった。
「許さ……ネェ、クソガキがァァァァァアアアアアア!!」
明らかに正気を失った様子で天に咆哮を放ったトライ。
……目の錯覚だろうか。彼の双眸は赤く染まり、何やら“ツノ”や“ツバサ”のようなモノまで生えているように見える。
「やれやれ」
あまりにも黒く、禍々しいオーラ。これが彼の本気であり、本領なのだろう。
未だかつてないほどの強大な敵を前に、私を肩をすくめた。
「正体不明のパワーアップをしてもらったところで悪いけど」
距離を取りつつ、私の“知識“の部分にプランを練らせる。
先ほどより疾く動くのであれば、中々どうして打つ手無し。
先程放った〈ミラージュ〉の正体が彼にバレているかどうかは分からないが、魔法を構築する余裕があるかどうか。
武器だって放り投げたまま、向こうのほうにある。
でも、そんな窮地になぜか笑みが溢れた。
「越えてくよ。天才のエルゥ様にやってやれないことはない」




