激闘(2)
連れて行かれたのは王都からずっと離れた平原だった。
一目もなく、障害物もない。ガチンコのタイマンにはおあつらえ向きの場所で、小細工を弄することは難しいだろう。
とはいえ私の“小細工”の数々はどこだって使える。覚えた初級魔法の数なら世界でも群を抜けているはずだ。
「こんな人気のない場所に連れてきて、私をどうするつもり? ヤダヤダ男ってのは」
目の前で大斧を担ぐトライ・レジットに早速舌戦を仕掛けてみる。
欲しいのは力による完全な勝利だが、精神攻撃を仕掛けるのはもはや癖である。やめられないし止まらないものだ。
「あんまり興味はねェが、それも勝者の特権ってヤツだろうなァ」
私を頭からつま先まで、品定めをするように視線で見てくるトライ。
負けた時の覚悟はできているが、こういった視線は気が良いものではない。
「でもよ、生憎だがお嬢ちゃん。俺の好みはもっとか弱そうな女なんだワ。そうそう、テメェ等が連れていた、細剣を持ったエルフのお嬢ちゃんとかな」
その発言に私は思わず顔をしかめた。
狙ってか意図せずは知らないが、ミリカに負けるということは私にとって一番のピキりポイントである。
少しカチンと来てしまい、大剣を握る力も強くなる。
「くーっ、見た目はか弱くて庇護欲が溢れるにも関わらず、内面はどこに放り出しても一人で生きていける屈強な精神と根性と聡明な頭の持ち主である私が相手で申し訳ない」
「バカか? テメェは」
──ピキリポイント、増大。怒りの臨界点突破まで手がかかる。
斬りかかりそうになったはものの、しかし堪える。こんな腹立つ奴でも実力は確かだ。安易に踏み込むわけにはいくまい。
とはいえ、思った以上に動じない奴である。喧嘩っ早くはあるが、ただそれだけの話で芯が揺るがない。
それだけに吠え面を見るのが余計に楽しくなってきた。
「つーか、気になってたんだがソレ、昨日抱えていた武器とは違わねーか?」
「〈プロミネンス〉のことなら、昨晩壊しちゃったから修理に出してる。これは借り物」
「おいおい、本来の武器じゃねーのかよ。商売道具を管理するのも冒険者としての意識だ。負けてもテメェの落ち度であって、言い訳すんじゃねーぞ」
彼も真っ向から力と力でケリを付けたい側の人間だ。武器が借り物ということに引っかかる点もあるような顔だが、それを含めて勝負だと割り切っているらしい。
しかし、私はトライの発言に肩をすくめて笑った。
「当たり前。それに、〈プロミネンス〉の破損はそこにこの喧嘩より更に重大な勝負があっただけのこと。借り物でも充分な勝算を弾き出せているからこそ、私はこの剣を持ってここに立っている」
私は〈剛剣フレストリア〉を構え、やろうかと促す。
──ピキリポイントの急激な増幅を確認。
ようやく土俵に引きずり込めたことで、笑みが漏れる。
このまま戦いに突入して勝っても、その前の舌戦で劣勢に立たされたというしこりが残るところだった。
あからさまに表情を変えたトライは、大斧を構えて私との距離を一歩詰めた。
「そのプライドも、威勢も、力も。全て奪ってやるよ。後悔すんじゃねーぞ、お嬢ちゃん」
私は構えていた大剣を担ぎ、人差し指をくいと曲げて来いとジェスチャーをする。
「かかってきなさい」
───
王都から少しだけ離れた森の中。
最近は魔物も棲みついているみたいだが、この雰囲気には割って入れまい。
「で、アタシの相手は誰なのよ」
ここへ連れてきたのはリア・パーツソン。腰に手を当てて苛立ちを露わにする姿に、アタシ達の視線は集まる。
ガクブルと震えるエルフの騎士。ミリカ・イグジットである。
「はぁ? 冗談じゃないわ。アタシはてっきりそっちの三人から選出されるもんだと……“それ”じゃ勝負にすらならないわよ」
目の前で剣を抜いたミリカは眼中に無い、といった態度のリア。
数日ミリカの師匠を務めていたレナは眉をしかめるが、反論はない。
皆、同じ感想なのだろう。勝負にすらならない。
エルゥの嬢ちゃんが何を考えていたのかは分からないが、この戦いにミリカが身を投じるのは自殺行為に他ならない。
それでも本人はやると言っているのだから尊重してやりたい。
必死に作戦を考えたし、何か爪痕を残すことが出来るはずだ。
──まぁそんな一連の流れや想いも、理外のバケモノであるリア・パーツソンから見れば茶番に過ぎないのだろうが。
「…………ま、いいわ。さっさとかかってきなさい」
そう言ったリアは構えることもなく、悠然と立っている。
武器は持っていない。どこかに暗器のようなものを潜ませている様子もない。
〈魔導武術〉という触れ込みに偽りはないのだろう。その肉体と魔法のみで立ち回るつもりるしい。
「行きますっ!」
正々堂々という騎士精神なのか、わざわざ宣言し始めたから動き出すミリカ。
その初動は火の初級魔法〈ファイアボール〉。続けて魔法を構築──〈ファイアボール〉を連打する。
作戦は最終的に細剣で致命傷を負わせるところに辿り着くように組まれている。
理由は、リアが“魔法に滅法強い”という噂があるからだ。
飽くまで噂に過ぎないが、有益な前情報がある。
〈勇者〉のメンバーの戦いを実際に見た者が流した噂では三人それぞれがとてつもない突破力を持っているのだが、微妙に役割の差異があるらしい。
集団には大斧を持ったトライ。そして物理攻撃が強烈な敵にはディオ・カッサムが盾になる。
そして魔法にはリア・パーツソン、彼女が対応するらしい。
その場に居た者の話によればあっという間の出来事で捕捉することすらできなかったが、魔法をかき消したり、あらぬ方向へ進路を変えたりしていたらしい。
つまり、リアには魔法に対する対抗手段がある。
とはいえ何もせず完全にシャットアウトできるわけではあるまい。
魔法に対応する間に最速の突きで決めてしまうというのが勝ち筋である、と判断している。
「やっぱり」
──がリアの行動は予測の上を超えてきた。
降りかかる火の粉を“足場”にし、空中をアクロバティックに舞いつつミリカへ接近する。
空中は身動きが取りづらい。ミリカにしては恰好の獲物が来た形だが……リアの対空時間が異様に長くタイミングが取りづらそうだ。
「アナタ、こっち側の器じゃないわ」
曲芸の如く空中で止まったリアが、くるりと一回転。
のち、虚をつき高速で落下。ミリカの側面に潜り込みながら蹴りを繰り出し、防御もままならないミリカを吹き飛ばした。
木に背を打ち付け、血を吐き出したミリカに……リアは前進する。
それらあまりにスムーズで、淀みのない追撃だった。
そのボディコントロールは凄まじいもので、空中から蹴りを繰り出し、完璧な着地をした後一切の間隔も空けず地を蹴った。
そして木に叩きつけられ、倒れることすらまだままならないミリカの首に目掛け、刈り取るような鋭い蹴りを放った。
「付き合わせて悪かったな。こっからはアタシが相手だ、武術お嬢ちゃん」
その蹴りはミリカの首に届くことはなく、アタシの長い脚と交差する。
魔力の爆発によって一歩目からでも最速で踏み出せる歩行術を使って何とか割り込めた形である。
蹴りに“殺意”を感じて思わず飛び出してしまったが……。
「ふふっ、こっちは手応えがありそうね」
不敵に微笑むリア。
距離を取りつつ懐から短刀を取り出すと手に馴染むようくるくると回す。
頰に汗が伝う。コイツは強いと、肌が全身が感じている。
あまり自信はないが、元からアタシがやるつもりだったのだ。エルフな暗殺術の数々、お見舞いしてやる。




