激闘
朝が来て、パーティーで揃ってゼーノルト邸の庭に出ると軽く体を動かす。
特にミリカの調整は丁寧に行われ、皆の指導のもとリア・パーツソンとの戦いに向けて予測できる動きを対策するような動きを予め体に染み込ませたり、戦いの進め方についてのプランを話したりという過ごし方をした。
そして〈プロミネンス〉に不安のあるエルゥだが。
「〜♪」
〈プロミネンス〉を朝一に鍛冶屋のベザンさんのところへ持っていき、修復を頼んだ後は庭で俺の〈剛剣フレストリア〉を振っていた。
ラースは〈ウルト・ゼーノルト〉があるんだから良いでしょ、と言って許可を下ろす前に勝手に大剣を持ち出した。
どうせ扱えずに諦めるだろうと思っていたのだが、これが予想以上に彼女の手に馴染むらしく軽々と振り回している。
〈全武器適正〉のギフトを持っているだけあって、何の武器であろうと使い熟せるということらしい。
一方俺はというと、悠々自適に読書をしていた。
父の書斎に入り、久しく読んでいなかった魔法書を読んで時間を潰した。
そこに決戦に向けての意味は無い。気分転換というか、せっかく時間が空いたのでたまにはと行っただけである。
と、三者三様の過ごし方をして約束の時刻がやってきた。
「そろそろ行こうか」
すっかり〈剛剣フレストリア〉を気に入ったのか、ニコニコで担ぐエルゥを先頭に俺達はギルドへと向かう。
フレストリアはエルゥの背丈より長い。はたから見ると違和感があるが、トライの大斧に対抗するにはこれぐらいの得物で丁度いいのかもしれない。
「むっ……なんか居る」
ギルドが見えてきた辺りで動体視力のいいエルゥが目を細めつつ、若干鬱陶しそうに呟いた。
〈勇者〉の面々と比べてみれば何が居ようと些事だとは思うが、今回に関しては俺も内心「うわっ」と思ってしまう。
ギルドの前に立っていたのはヴァインだ。いつものように腰に剣を差し、鎧をまとい、ギルドの外壁に腕を組みながらもたれかかって待っている。
「貴方はよく私達の前に立ちはだかるね」
気を使ってくれたわけではないだろうが、心底邪魔そうな顔でエルゥがヴァインに話しかける。
「…………相手はバケモノだぞ。我々が届く領域に居ない」
我々というのは俺達も含めての話だろう。
相変わらず生気を失ったヴァインに、エルゥが肩をすくめた。
そして「何か言ってやれ」とばかりに俺に顎でジェスチャーをしてくる。呆れてモノも言えないといった顔だ。
「リーダーに言わせてみれば通過点だとよ」
リーダー様は俺の解答に満足だったのか、「ふん」と鼻を鳴らして上機嫌で一人先にギルドに入っていく。
「そのリーダーが集めた面子は充分SSランクという地に踏み込める。シトラにレナ、カヤも………………俺もそう思う。彼女達は〈勇者〉の面々に引けを取らない」
私は!? と声をあげたミリカに、俺は知らんぷりを決め込む。
「お前もか? ラース」
ヴァインの問いに、俺はすぐには頷けなかった。
俺の自己評価は低い。最初からずっと他の人間との才の差を感じ、凡人だと決め付けていた。
冒険に出た理由だってレナから逃げるためだ。ただ逃げ、一心不乱に着地点を探して進んでいた。
たまたま逃げた方向が運良く前という方向だっただけで、向上心故に駆け上がったわけじゃない。
でも、それでも……走り続けてたどり着いた先はここだった。
「俺は凡人だ」
が。
「だからこそひたすら進むだけ。相手が世界最強の戦士であろうが何だろうが、前に立ってくれる糧に笑みが止まらない」
ヴァインとの関係が壊れたのは俺にも原因がある。
そんな立場で言うセリフでは無いのだろうが、この高揚は止められない。
「そもそも、彼等が理外のバケモノだと呼ばれるのは今日限りだ」
何故なら。
「俺達がズタボロにして踏み越えていくからな」
〈勇者〉の伝説は過去のものになる。新たにバケモノと呼ばれるのは俺達になるだろう。
ヴァインの表情は固まっており、何もコメントすることはなかった。
それ以上何を交わすわけでもなく、俺はギルドへと踏み入れる。
ギルドにはヤケに人が多く、少し圧倒される。ダンジョンが攻略された後の街のギルドなど閑散としているものだが、おそらく俺達の噂が広まっているのだろう。
注目を浴び、話題の中心となっている。俺は騎士団での修行時代から何かと目立っていたので慣れたものであるが……。
ちらとミリカに視線を向けてみると、緊張でぶるぶると震えている。
前面は勿論首の後ろからも滝のような汗がダラダラと流れてくるほどで、その緊張ぶりがうかがえる。
対照的なのがエルゥだ。腕を組み、笑みを浮かべて場の高揚に心地よく“乗る”かのように体を揺らしている。
先程プレッシャーを感じないのかと尋ねたところ、「あった」と過去形で返された。
彼女なりに昨晩の調整で乗り越えてきたのだろう。最年少にも関わらずこのプロ意識というか、きちんとしたメンタル管理は脱帽ものである。
「──来たか」
皆がミリカが落ち着くようにと話しかけている中、ずんと体にのしかかるような重圧がギルドの外から轟いた。
「おう、待たせたな」
〈勇者〉の御三方が登場。トライが決戦前に随分とフランクな挨拶をかけてくるが、その眼はやる気に満ちている。
「やり方、決めてなかったけど個人戦で大丈夫? 三対三でも構わないのだけど、私情を挟めば私は貴方のニヤケ面を粉砕したくって」
「そのつもりだ。俺だって能面お嬢ちゃんの吠え面が見たくってここまでやってきたんだからよォ。だが、場所は変えさせてもらうぜ……着いてこい、お嬢ちゃん」
指でくいくいとジェスチャーをし、エルゥはふんと鼻を鳴らすと待ちくたびれたとばかりに動き出した。
「お嬢ちゃんじゃない、エルゥ・グランダーソン。この世界の頂点に立つ冒険者の名前ね」
「俺はどうも忘れっぽいんでなァ。ちったぁ覚えられるぐらいの爪痕は残して見せろよ」
今にもやり始めそうな勢いでバチバチと視線を交わす二人は、先にギルドを出ていく。
「俺は魔法は使えない。アンタも一切使わないと聞いているが……周りへの損害は一番大きそうだな」
俺は座席から立ち、側で仁王立ちするディオ・カッサムを見上げた。
「いい場所を取り付けてある。公衆の面前にはなるが、構わないか?」
彼が俺にそう尋ねたのは、“恥をかくかも知れないが”という煽り込みの意味合いもあったろう。
公衆の面前で暴れられるところ、となると闘技場だろう。武道大好きの王が作らせた場所が、エルフの国同様この王都にもある。
「勿論」
断る理由もなく、即座に了承した俺は背を向けるディオ・カッサムの後を着いてゆく。
「…………」
振り返ると、リア・パーツソンがミリカ達と会話している。
この戦いは最早いち冒険者同士の戦いではなく、人間の頂上を争うような形だ。
周りに損害が行くことも考慮して戦う場所を移すだろうとは思っていた。その際、それぞれがバラバラになる場合、俺とエルゥは心配いらないと言っている。
あの三人が着いているのだ、死にはしないだろうが……。
「どうした?」
「あぁ、すまない。行こう」
ディオ・カッサムに促され、歩みを再開した。
ミリカは憎たらしい奴だが、アレでシトラへの想いは本物だ。健闘を祈るばかりだ。




