その狂気は(2)
胃腸炎とかで書けませんでした。何とか更新再開します
〈勇者〉との約束を取り付けた俺達は、ギルドを後にすると再びゼーノルト邸へ帰ってきた。
トライの相手がエルゥ、ディオの相手は俺。ならばリア・パーツソンの相手は? というところで議論が起こっている。
とはいえ誰が見せ場を作るかというところでバチバチの争いを繰り広げているわけではなく、誰が出るかとなった時に一度ミリカを除く全員が手を挙げたのだ。
そこからシトラが「他に候補がいるのであれば」とまず引き、レナも「出たいのであればカヤが」とまた一歩引いて、カヤも「や、そこまでモチベーションがあるわけでは」と何故か遠慮がちになって譲り合いになった形だ。
妹が真っ先に引いた手前、大人な感情というか余計な忖度が生まれたのかもしれない。
ただ、新戦力の確認という意味合いではカヤに戦わせるのがちょうど良いだろう。
と、思ったのだがエルゥがこそこそと無関係を装ってたミリカを指名したのだ。
お前、そろそろ力を示さないとクビだぞと。
それを受けて迷いに迷うミリカと、必死に止める他三人という構図である。
後は眺める俺。
「いいか、お嬢ちゃん中のお嬢ちゃん。相手はSSランク、相手はあの〈勇者〉、相手は唯一無二にして最強のリア・パーツソンだ。見た目は小柄な嬢ちゃんだが、他の二人と大して実力は変わらない」
諭すようにカヤが言うが、まだミリカは「それでも」という意思を見せている。
それに関してはカヤに同意である。あの三人に明確な序列というものはない。
場面場面で誰がどのように戦うかというのは変わるだろうし、彼等は一人一人が理外の冒険者としての実力を持っている。
というのが対面した感想だ。ミリカでは秒も持たないだろう。
「しかも、あの手のタイプは対人にも向いているよ。向き不向きという点で語れば、彼女の戦闘スタイルはあの中では一番かもしれないね」
その道のプロであるレナの解説。説得力のある言葉に、ミリカは「うっ」と声を上げた。
リア・パーツソンは“魔導武術”という謎の格闘術を持つらしい。
その実態が全て解明されているわけではないが、素手で自分より何回りも大きい魔物を吹き飛ばすとか。
武術に長けているということは勿論、対人もやれるはず。
ミリカには魔法があるから距離を取れるという考え方もあるが……それを考慮しても実力の差は歴然としている。
というのが俺というか皆共通の考えだろう。
「はっきり言って死にますわよ、ミリカ」
トドメにシトラの言葉である。
あれだけヒートアップしたのだ、加減はしてくれないだろう。
ミリカがあまりにも弱いと判断した場合手を抜いてくれる可能性もあるが、下手をすれば出会い頭の一撃をくらってそのまま昇天ということも考えられなくはない。
ただ、そこまで言われてもミリカの中に退けないものがあるのだろう。
ぐぐぐと歯を食いしばり、弱々しく拳を握りしめる。
「しっ……死なんて上等でしょう! 私はこのパーティーの力になるため、そしてシトラフィア様の剣に盾になるために着いて来たのです! やってやりますよ、あんなチビガキ!」
高々しく宣言するミリカ。そこまで覚悟を決めているのであれば俺達がどうこう言う問題ではないだろう。
渋々、といった表情ではあるが皆も納得。紆余曲折あったが〈勇者〉と戦う面子は決まった。
ちなみに、言い出しっぺのエルゥは既に合掌している。
自分でけしかけておいて死ぬと思っているとは、本当にコイツはとんでもないやつである。
───
「………………」
皆が寝静まった夜中、居てもたってもいられなくなった私は〈プロミネンス〉を手にゼーノルト邸の庭へ出てきていた。
愛武器を数振り。身体は問題無く動…………かなかった。
「らしくない」
〈プロミネンス〉を置いて自分の手の平を見つめる。武器を握る手にきちんと力が入らない。
体調は良好だ。それなのに私の動きを鈍くする要因は、果たして。
……ま、プレッシャーである。
どの道本番が近づけばどうせ何とかなるだろうという境地に達するだろう。
問題なのは、いつもであれば前夜にはそのぐらいの精神境地に達していること。
流石の私も今回の敵は強大だと本能的に感じ、ぷるぷるとかわゆく震えているのだ。
「エルゥでも緊張はするか?」
「ん……」
コソ練がばれたという焦りで声のした方を向くが、正体はラース。
彼はいつも読書という私の研鑽の一部を見ている。
それに、定期的に夜中に出ている。いつも密着している物体が離れていくのだから気付いているだろうとは思っていた。なので彼であればセーフである。
「失敬な。エルゥちゃんは案外繊細でピュアできゃわいい女の子。経歴で見てもパーティーの中では一番戦いというものから遠ざかっている立場だし、精神的には脆いわけ。きゃわいいし」
「うんうんそうだな」
私の怒涛のきゃわいい推しに屈せず、頷きながら頭を撫でてくるラース。
その手をばしっ! と振り払いつつ、私は〈プロミネンス〉を手に取った。
「ね、緊張を解く良い方法を思いついた」
少しラースから距離を取ると、〈プロミネンス〉を構えて向き合う。
互いに寝巻きのままだ。ラースは軽く体を動かすだけのつもりなのか、ポケットに手を入れて微笑みながら「やるか」と言った。
私は首をぶんぶんと振った。
「生憎と、私は本気で行く」
明日のためのウォーミングアップではない。
これは、私がより勝利に近付くためのステップだ。
「その領域では私には勝てないよ、ラース」
ラースは私の発言の意図でも考えていたのか、数秒の間ぼうっと見つめ返してくるだけの沈黙に入った。
しかし、意図を理解したのか、それともやる気になったのか。
ポケットから手を抜いたラースはその緩めた口端の切れ込みを、更に深める。
「──後悔するなよ」
ぞっ、と背筋が寒気立つ。
強い夜風が吹き抜けたかのように草むらが、木々が揺れる。
自然達の動きはまるで彼を中心に波紋が広がったかのよう。
人だけではない。世界が、彼の狂気にざわついた。
「誰が──後悔するって?」
同時に私の〈野性〉が叩き起こされる。
逃げろと叫ぶ声、そして同時に叩き潰せという声も聞こえた。
葛藤の中、地を蹴り出したラースが迫りくる。
レナやカヤが駆け出した時と同じで、目で追える速度ではない。
だが、気配はそこにある。今の私にはそれだけで充分だった。
ラースの目にも止まらぬ連撃は空を切る。
〈プロミネンス〉は低く構えたまま、小さな身体を生かして上手く身を躱す。
彼の攻撃とかち合えば壊れてしまう可能性があるし、使うのは確実に当たる攻撃に転じる時だけ。
今後のための保身とかではない、今勝つための必要なリスクマネジメントだ。
とはいえ。
「はっ…………はっ…………!」
危機を告げるセンサーを発動させながら必死の回避。
ラースの〈バーサーク〉にも限界はあるだろうが、防御に回っている私の方が不利だ。
地の体力差もあるだろう、私は息切れを起こしているのに対し、ちらちらとしかみえないがラースは余裕綽々の表情を見せている。
シトラの先読みと違って、私のこれは余裕があるものではない。窮地に立って初めて起きる火事場のくそ力と似たようなものなのだ。
全神経を使いながら限界に近い動きで機を待つだけのこの状況、あまりにも不利だ。
じりじりと疲労が蓄積していく中、ラースは一度動きを止めた。
──緩急だ。完全に足を止めた地点からの、ミドルキック。
当たれば私の脇腹をブロック崩しの如く吹き飛ばしそうな程の強烈な蹴り。それに対して私の反応は僅かに遅れてしまう。
が、体は気がつけば勝手に動いている。ラースの蹴りに合わせて〈プロミネンス〉を振り抜く。
〈プロミネンス〉の突起部がラースの脛を捉えた。
完璧な角度で武器が打ち込まれ、手応えを確信した…………が、現実は甘かった。
ラースの攻撃とかち合ったときに壊れてしまうかもしれない、という懸念が現実のものとなったのだ。
攻撃の威力自体は相殺することができた。だがミシ、と音が鳴り〈プロミネンス〉の先端部に亀裂が入る。
まるでダメージの無いラースは、私側の苦悩などつゆ知らず再び怒涛のラッシュに入った。
武器はボロボロ──魔法を使う隙も──そもそも使ったところで彼に対して有用なものは時間がかかる──このまま消耗を待つだけ──打つ手なし、敗北────。
「黙れ」
脳内で聞こえた敗北の警報を打ち消すように、私は呟いた。
今、彼を倒すためなら武器が完全に壊れようが体の限界を迎えようが、必要経費だ。
明日の事などどうでもいいし、どうとでもなる。トライ・レジットを倒すより今、この瞬間だけでもラースを超えることが、私にとって一番の糧……!
「ふっ……!」
〈プロミネンス〉を手放した私は、ラースの正拳に対して潜り込む。
速度や角度、そしてタイミングは完璧だった。
ラースの腕を取りつつ、背中でその巨体を担ぎ上げる。
シトラの使う、護身術のようなもの。そこから着眼点を得た技だ。力が劣っていようが、相手の勢いを利用してしまえば体を簡単に浮かせることができる。
バシィン!! と庭の芝生にラースの背中を叩きつけた私は、すさかず〈プロミネンス〉を手にした。
私は魔法を使わずとも高威力の技を叩き出すことができる。
〈マジック・エンハンス〉。魔力を乗せて強烈な一撃を放つスキルだ。
ラースは地に伏している。私は〈プロミネンス〉を手にした後体勢を整えながら〈マジック・エンハンス〉を発動。
照準ヨシ。ここで〈プロミネンス〉が砕け散ろうが、構わない。
ようやくパーティーリーダーらしい姿を見せつけることができる、そう確信した。
その時だった。
「──────」
ラースが、何かを呟いた。それと同じくして、私の視界が“歪んだ”。
……何だ、何をされた?
目の前の空間がぐにゃりと歪み、悪寒が走る。
まるで無重力の空間にいるかのような浮遊感。指先には力が入らず、方向感覚も無くなり、思わず倒れそうになる。
そして目の前で伏しているはずのラースの姿は歪み……消えた。
「勝負アリだな」
気がつくとラースは私を後ろから支えるようにして立っていた。
彼が放っていた狂気は消えており、いつものラースだ。
奇怪な体の感覚も元通りで、意のままに動く。
「今のは一体……?」
「フッ…………」
首を傾げる私に、ラースは意味ありげに笑った。
何かスキルを発動させたのだろうが、まるで支配されたかのような感覚に陥っていた。今のを食らってしまえば誰であろうと隙を晒してしまう。
が、その正体は一体何なのか? これほど強烈なスキルは本にも前例が乗っていない。
「俺にも分からん」
ドヤ顔で言うラースに、思わずこけそうになる。
わからんとは言うが、今のを任意で発動させることができるのであれば明日の彼の勝利は固いだろう。
「それよりそっちは大丈夫か? 〈プロミネンス〉が割れちまってるし、明日の勝負はキツそうだな」
そう、問題は私だ。武器の耐久性は著しく落ちたし、修理するにも時間がかかる。
でも。
「ま、何とかなるでしょ。私って天才だし」
ラースの〈バーサーク〉の猛攻を持ってしても私に与えたダメージはゼロである。それは確かな手応えであり、私にとって相当な自信になった。
それに、今のラースの姿が歪んで見えたことで思い付いた戦術もある。試して見る価値はあるだろう。
「それもそうだな」
肯定したラースは、私の頭をよちよちと撫でる。
……もう緊張は無い。なんだかんだ何とかなるだろうという境地に辿り着くことができた。
私の勝ちは、揺るぎない。




