その狂気は
「へえ、ヴァインに〈勇者〉ねえ。お前さんは本当トラブルっ子だね」
俺が黙々と食を進める中、元騎士という共通点もあってアマンダさんとは知り合いであるレナが説明してくれた。
それに異議を覚えた俺がナイフとフォークを置き、ちょっと待てと制止する。
「本当、って呆れることはないだろ。俺がそんなにトラブルを起こしたことがあったか?」
「無かったさ。でも、それはお前さんがあの破天荒な親の元で育ったからバランサーとしての役割に甘んじていたというか、そこな回っていただけ。
とはいえ知らず知らずの内に器は育ってゆくし、人と触れ合う機会が増えりゃ勝手に器から溢れ出す。
Sランク相当のダンジョンを剣二本だけ担いでさっと攻略した今のお前さんは正直言って最強議論の有力候補だし、力の塊だ。トラブルっ子で間違いないってワケ」
説明され、エルゥにも「それはそう」とダメ押しをかけられる。
皆の顔を見てみると、一切異論はないような表情をしている。
すこし凹みながら食べていると、女子同士の会話が始まった。
女性の頭数はウチが五人に、〈アマゾネス〉は四人のパーティー。
ならではの悩みなどを語る姿に雑にうんうんと相槌を打ちつつ食を進める。
時間はあっという間に過ぎ、腹も膨れた頃には一時間は過ぎていた。
〈アマゾネス〉の面々は買い出しに行くようで、お別れ。
残された俺達だが、若干待ち飽きたような雰囲気が流れていた。
主に、ミリカである。シトラの前だからか特に声には上げないが、視線が泳ぐ回数も増えている。
俺達のパーティーは周りの視線を集めるというのもあるだろう。なんせ美女美少女が揃っているのだ。
じろじろと見られるのはあまり良い気はしない……のかもしれない。どこか照れ臭そうにも見えるが、間違いなく慣れてはいないのだろう。
そんな中、視線など気にしないエルゥが立ち上がると俺の膝に場所を移した。
それをシトラが温かく見守り、レナはふっと笑って腕を組む。
カヤは居心地良さそうに背を倒し、ミリカも先程よりはリラックスして常に持っているグラスの中のジュースを飲んでいる。
マイペースなパーティーだ。気を遣わないし、楽だ。
だが、嵐の前の静けさなのだろう。今の緩さなど忘れるほど驚くほどの緩急で事は進む。
「来る」
程なくして、エルゥが言った。
頭でちょんちょんと俺の胸を叩き、合図をする。何か彼女のセンサーが拾ったのだろうが、それがヴァインなのか〈勇者〉なのかというのは分からなかった。
何にせよ備えろ、ということだろう。俺は覚悟を決め、ギルドの入り口に視線を移す。
入ってきたのは、金髪を先頭に歩く五人組だった。
瞬間、心臓が跳ね上がる。
力で解決できる〈勇者〉との戦いに対して、今の彼との対話というのは明確な正解が無い。
負い目か、自信の無さか。
「!」
やはり俺達は目立つようですぐに目が合う。
ヴァインにはすぐさまぷい、と逸らされる。席も離れたところに座り、参ったなと思った。
そんな時、やはり切り込むのはエルゥ。ぴょんと膝の上から飛び降りると、少し歩く。
行くぞ、と俺にアイコンタクトをやって。
「……フッ」
小さくも大きな背中に鼓動のペースは落ち着き、おもむろに立ち上がる。
「あー」
だが近くまで歩み寄ったエルゥが突如足を止め、頬をかいた。
「どうしよ、ラース」
俺の方を向いて、心底困ったという表情を見せる。
「完全に折れてる。どうせちょっと煽ったら復活するだろと思ってたけど、無理っぽい」
肩をすくめて笑うエルゥは、踵を返す。
いつもなら何かしら反論していただろう。だが、ヴァインの返答はなかった。
見ると、生気がない目をしている。顔の表情筋が疲れ切っていて、ピクリとも動かない。
──華が、無い。
「…………」
いつも強気に自信げに、凛として先を見つめ、気高く振る舞っていたヴァイン。
その華は、既に失せていた。
「……………………」
かける言葉がなかった。考えていた言葉も吹き飛んで、ただ折れた目で俺を見つめ返してくるその姿に俺は声が出ず。
気がつけば腰に一本、差した剣の柄に手をかけていた。
だが、それで? 今から叩きのめして冒険者として諦めろとでも言うのか?
抜きかけた剣をそのままに、ヴァインから目を逸らす。
踵を返そうとしたその時、俺の一般的なセンサーでも分かるほどに“あからさま”な気配が到来した。
バッとギルドの入り口を振り返ると、何やら上機嫌な三人組がギルドに入ってくる。
「チッ、アイツ等……」
強大なオーラを放つ三人組……〈勇者〉達を見て舌打ちをしたのは、ヴァインのパーティーメンバーの戦士アレックスだった。
「何かあったのか?」
尋ねてみると、アレックスは暗い表情で頷いているのか俯いているのか分からないような角度で。
「…………ダンジョンの攻略中、途中からアイツ等と並走するような形で進むことになったんだ。だが最深部に着いた時、争いを仕掛けられた。
俺達は何も出来ず一方的に蹂躙されたよ……」
クソッ! と感情をむき出しにテーブルを叩くアレックス。
パーティー全体から悲壮感が溢れているのはそのせいだったのかもしれない。
ヴァインの心が完全に折れているのも、もしかするとそれが原因なのだろうか。
浮かれながらギルドの中央を歩いてくる〈勇者〉の三人。
その行手を塞ぐようにエルゥが立ちはだかった。
「お山の大将共が随分とご機嫌」
相変わらず挨拶代わりはパンチのある一言。
先頭を歩くトライ・レジットは顔をしかめながらも、素通りしようとする。
値踏みをするような目に、釣られて綻ぶ口元。
完全に見下すような雰囲気だ。機嫌が良いというのもあったかもしれないが、エルゥを見て彼の中で“格付け”的なものが済んだのだろう。
だから怒ることはなかった。そういった態度ではあったが。
「雑魚を蹴散らして良い気になってる井の中の蛙が居るって聞いたから王都に来たけど、残念。
カヤの言う通り──“怖くはない”」
通り過ぎてゆくトライ、そしてディオとリアは足を止めた。
「なるほど、あのエルフの姉ちゃんの仲間ってのはテメェのことかァ」
トライは先日のカヤの件をきっちり覚えているらしい。察したような台詞を吐きながら振り返るが、余裕の笑みは崩れない。
「残念なのはこっちのセリフだっての。生憎とお嬢ちゃんじゃ腹の足しにもなんねェぜ」
「力量で見たらそうかもしれない」
エルゥにしては珍しく弱気な発言。しかし、このまま引っ込むほど“か弱いお嬢ちゃん”ではなく。
「それでも、世界で初めて〈キングスクラウン〉島のダンジョンを攻略するのは私達。天辺を拝むのは、私達。
いかなる勝負においても勝つのが、私達。それがただ強いだけの貴方達との違い。
それが、貴方達が知らない“怖さ”。それが、私の、私達の強さ」
熱弁するエルゥに、トライは押し黙る。
完全に詭弁である。俺達の強さと〈勇者〉の持つ強さの差は、正直現時点では見当たらない。
想いの強さなどを語れば何となしに着いてきている俺はわりと緩く温い気持ちだし、彼等の背負っているモノも知らないのだ。
それでも、力量に差があるから勝負の結末が確定しているかと言われればそうではない。
弱くても“持っている”が故に勝利に漕ぎ着ける者はたしかに居るのだ。
つまるところ、試してみなければ結末は分からない。そう言われればそうですねと返す他無いのだ。
「アァ……」
そして挑発されて「そうですね」で済ませるほど〈勇者〉は穏便では無い。
「死んでも知らねェぞ、嬢ちゃん」
笑みが一転、背筋が凍るような無に染まった表情を見せるトライ・レジット。
流石にここでやる気はないのか、背負っている大斧に手をかけることはない。
「今日は疲れたからよォ、日と場所は改めんぞ。こっちの方で決めさせて……おい、ディオ」
世界最強のタンク、ディオ・カッサムがトライとエルゥの会話から外れるように動き出す。
その歩みの先は、俺のもとだった。
「ラース・ゼーノルト」
目の前に立ったディオ。その体躯はガタイには自信のある俺より更に大きかった。
年代は一回りほど上で、冒険者を始めたのも俺より早いと聞く。
噂でしか聞くことのなかった憧れの人物だ。知られているのは俺にとって至上の光栄と言えよう。
「あのディオ・カッサムに顔を知られているとは光栄だな」
「いや、今日の今日まで知らなかった」
なら、何故? と首を傾げる。
「君がそうだということは一眼で分かった。私と頂点を争う器だと、確信したよ」
「クッ」
その物言いに笑みが漏れた。
口では言うが、ディオの眼はそう語っていない。
先程のトライが見せたエルゥへの態度と同じだ。まだ喰われるとは思っていない、お山の大将の余裕。
俺がそう感じたのは、失礼ではあるが彼はこれほど丁寧に挨拶をするほど殊勝な人間ではないだろう、と思っているから。
噂にしか過ぎないが、彼の暴君としての武勇伝の数々は飽きるほど聞いている。
そんな暴君がここで丁寧な態度を取るのは一つ。まだ俺を下に見ているからだ。
……そりゃ笑みも漏れる。
「アンタが“俺と”争う器があるかどうか」
見せつけてやれと体の奥底から叫ぶ声がある。
お前の培ってきた力を、技術を、経験を──狂気を。
全てを持って目の前の“元”最強を叩き潰してやれと渇望する声が、煩く血を沸き立てる。
「──その点が心配だけどな」
自分でも唇の端が吊り上がったのが分かった。
突如奥底から湧き出した狂気は自然に体の中で浸透し、あたかも自然に、原初からそこに居たかのような面で言動を進める。
「ッ……!」
ディオ・カッサムが一歩、たじろいだ。
あまりにも強気な自分。だが、不思議とそこに違和感は無かった。
「チッ……………………まあいい。また明日、この時間に場所に集合だ。いいなァ? お嬢ちゃん」
どこか悔しそうなトライに、エルゥは何故か得意げに「おう」と答えた。




