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8話 初めての自傷

 屋敷の使用人たちの顔はブレリア嬢と似たように、どこか暗さを秘めていた。

 蝋燭で最低限の灯がともされている廊下は、とても侯爵家とは思えない。


「マツウラ殿、こちらの部屋に。私は隣の部屋に居りますので、何かありましたら言ってもらえれば。部屋の外にも下女を立たせておきます」

「ありがとうございます」


 それだけ言うと彼女は自室に入り、俺も自分にあてがわれた部屋に入った。

 だけどこれは……元は誰の部屋だったのか、明らかに客人向けではない。


 部屋を一周して見回っていると、その答えは簡単に出てきた。


「ブレリアさんの兄妹の部屋か……」


 家族全員が描かれた絵画が月明かりに照らされていたのだ。そこに描かれたブレリア嬢は可憐に笑っていて、俺の胸の奥が重たくなっていくのを感じていた。


 俺たちにも事情があれば、彼女たちにも事情がある。当たり前のことだ。

 そもそも、ブレリア嬢の生家、スカイハット家は俺たちの手を借りないように出陣したと聞いている。

 結果として上手くはいかなかったものの、この家に住まわせてもらっている身として、思わない所がないわけもなかった。


 俺に何が出来るのか。

 答えは既に持っている。




 部屋の外に立っていた下女に頼み込み、人気のない場所まで案内してもらった。

 ここは庭園のど真ん中。噴水の水が風に揺られて、水面に映った俺が歪んでいく。これからやることを考えれば水場は必須だった。


 双剣、ショートソード、バスターソード、特大剣。


 手元にある武器は四つ。

 そのどれもの扱い方を俺は知っているし、動きも完璧に覚えている。


 双剣から特大剣まで。握るたびに伝わってくる満足感。振るうたびに聞こえてくる風切り音が心地良かった。

『剣技B+』の補正もあるのだろうが、ゲーム時代よりも動きのキレが良く、次にどう動けばいいのかが分かる。


 やっぱり肉体も技術も申し分ない。

 俺が鍛えなければならないのは、……心か。


 制服を脱いで半裸になるのは恥ずかしいが、短期で『不屈』を頼れば手の震えは止まる。

 俺は心を鍛えるのだと一生懸命に考える。


 そしたらどうか、こんなにも簡単に掌に剣を刺してしまえる。

「あ、あ、あーーッ!!」

 獣のような低い叫び。痛みを涙目で我慢する。

 刺した時点で『不屈』は薄れているから、抜くのは自分の意思だ。


 魔女の炎に抱かれた時よりも痛い。

 血が零れ落ちていく。


 抜かないと……でも痛い。


 なんでこんなことしてるんだ。

 今更になって自責の念が湧いてくる。

 馬鹿じゃないのか。


「ぐっ……!」


 どうしようもなくなって『不屈』に頼って剣を引き抜く。穴の空いた掌を眺めて、俺は彼女の言っていた意味が分かったような気がしたのだった。


 綺麗な手は好きではありません


 己の無力さの嘆き。

 それがあの言葉だったのだろう。


 一時でも己の加虐性に身を任せた自分が恥ずかしい。あの場で魔女を殺しておくべきだった。

 力を持って舞い上がっていた。なんて浅ましい心か。


 その夜は水面に映る自分の顔を思い切り殴り飛ばして部屋に戻った。


 翌朝。俺はブレリア嬢と向かい合って朝食を取っていた。

 広い机にある三つの空席の正体を知ってしまった俺は、昨夜の出来事も相まってテンションが低かった。


「今日は王城で戦闘訓練がありますのでそのつもりでお願いします」

「……分かりました。昨日の話はどうしたら……」

「午前中で終わる予定ですから、その後にでも。タジマ殿とも話さなければなりませんし」


 ……戦闘訓練か。正直、乗り気ではない。

 戦いが嫌になったわけではないし、痛みにうんざりしたわけではない。

 魔女との戦闘を思い出してしまうのだ。


 脳裏に浮かべるだけで激しい怒りが身を焦がす。

 この感情と俺本来の感情が混ざり合って微妙な感じになっているのだと思う。


「マツウラ殿……どうかいたしましたか?体調が優れないようなら医者を呼びますが」

「あぁ、いえ大丈夫です。それと、自分のことは下の名前──イカルで構いません。敬称も要らないので」

「そうですか。出発は三十分後です。それまでに準備をお願いいたします」


 席を立ったブレリア嬢は気を張っているように見え、昨日の夜とはまるで別人だった。

 あの人は強いな……、俺も外ではそうあるように見栄を張ってみようか。


 今は……準備する荷物も無いし剣でも練習しよう。汗をかかない程度に。白刃に自分を映して気を引き締めるように。



『奇跡』で治した手は違和感なく動く。

 剣を握れば掌に皮の感触が返ってくるし、武技の型をゆっくりなぞるのは楽しいかった。

『魔術』も日本では味わえない要素だから、見ていて新鮮だ。エンチャント、簡単な攻撃、戦闘ではろくに使えない補助系しか使えなくても、それはそれで嬉しいものがある。

 打つ手が決まってるのは強みになるからだ。


 戦闘訓練とやらに思いをはせ、ブレリア嬢と共に馬車に乗り込んだ。

 インベントリでの装備変更は凄い楽だし、単純に荷物も少なくなる。一緒に乗ったブレリア嬢に確認される程度にはチートだと思うんだけどどうだろう。

 彼女の方は疑問がまだあったのか、走り出した馬車で姿勢を整えて話し始めた。


「そういえば、ですが……十四と十六というのは何が違うのでしょうか」

「十四?……あぁ、それはなんというか、あー、説明が難しいなぁ」

「ジキ?がどうとか」

「自機ならまだ……簡単に言うなら、自分が育てた人間、かな」


 ブレリア嬢はあまり理解できてないようだったので、もう少し砕いて説明する。


「例えば俺の職業は『騎士』だから、騎士を育てたんだ。騎士だけ育てたわけじゃないけど、神に選ばれたのがそれだった」

「自分の子供と言う年齢では無いでしょうし……、概念上の子供のようなものですか?」

「子供ではないかなぁ……あ、そう!言うなら影だ。一つの物語を読み終わるたびに自分の影が増えていく。これなら分かりやすいんじゃないかな」

「騎士の影を職業として得ている?それならインベントリ……でしたか、それも納得出来なくはありませんし」


 ガコンとかすかに揺れた馬車で彼女は取り敢えずの答えを見つけたようだった。

 自機が分かれば後は簡単だろう。


「では十六は、何の物語も終わっていないということですか?」

「多分ね。終わってても強くないのかも。だから神が十六人に力を与えたんだ」

「それでは十六人の方が強くなりませんか?神からの力とは到底計り知れません」

「本人がなりたい姿を想像しろ……とか言ってたけど、そこには技術が無いから現状は十四人の方が強いよ。っていうか、そもそもなりたい姿をはっきりと思い浮かべるなんて無理なんだよ」


 そこから彼女は考え込んでしまったので、俺も同時に静かになる。

 王城はもう目の前だ。

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