7話 不思議な夜と南の朱雀
彼女の言葉に俺たちは随分と慌てたものの、損になる話ではないことは分かっていた。それはブレリア・スカイハットという人間の生い立ちと、今に至るまでを聞いてしまったからかもしれない。
俺たち召喚の儀の少し前。彼女の父、兄、弟が自分たちの手でどうにか出来ないかと立ち上がり、死体となって帰って来た。
それだけでも悲劇だが、今は戦時中である。何とかして家を立て直したいはず、……だと思うのだが、彼女の印象は暗いものだった。
それがまた不安を煽り、彼女が立ち去るまで嫌な汗をかくこととなった。
そうして俺と田島さんが汗を拭いながらひっそりと抜け出した、人気のないテラス。
「……松浦くんどうしよう」
「ごめん、俺のせいだ」
「ううん、私も変に盛り上がってたから」
互いに謝りはするが、何か建設的な話ができるはずもなかった。
頭は混乱しているし、ここは異世界。どうしたら良いのかを聞ける人も居ない。
「また明日話そう。食事会ももう終わりそうだし。俺が魔女を隠したのは事実けど……、それは田島さんが気にすることじゃない」
「松浦くんは?どうするの……」
「最悪は国を出るよ。その方が気楽かもね?」
「……現実はそんなに甘くないよ…………死んじゃうじゃない、ばか。……そんなこと言わないで」
瞳に涙をためて俺の手を掴む田島さんは震えていた。俺だって同じ気持ちだったし、胡散臭い神から最初に言われた言葉が引っかかりもする。
「……ええ、まぁ、大丈夫。それは貴方を救うものです」
何がどう大丈夫なんですかね、神さま。
クラス転移のお約束。それは誰かが群れから追い出されることだ。仮に俺がそうなったとして、そこから始まる無双なりハーレムは現実離れしたチートがあって出来るもので……俺にできるとは到底……。
「自分の限界は分かってる。ロスキンは八年前のゲームだよ?皆の方が能力的には強い、だから……」
「ばかっ!絶対皆で生きて帰るの!」
「そうだね……」
終いには泣き出した田島さんの手を握り返し、俺は地面に膝をついた。
ジェスチャー「騎士の宣誓」。ゲーム内では意味が無くても、『不屈』を身に宿した今なら本当の誓いになるだろう。心に、体に刻むのだ。
「俺はクラス全員が生きて帰れるように全力を尽くす。……ほら、涙を拭いて。パーティーはお開きだ」
──『不屈A++』に条件が追加されました。
・魔女を殺す
・クラス全員で日本への帰還を果たす
──『戦術C』に情報が追加されました。
松浦 鵤が『騎士』の宣誓を行いました。
『俺はクラス全員が生きて帰れるように全力を尽くす。……ほら、涙を拭いて。パーティーはお開きだ』
あのぉ〜っ!?こっぱずかしい台詞が残るとか聞いてないんですけど!?
「松浦くん、かっこいいね」
「やめて……その口撃は俺に効く」
「ふふ、上手くやってね……鵤くん」
「任せて」
その日、テラスから見える月は凄い綺麗だった。月並みな感想だけど、俺は田島さんに仄かな好意を抱いたのかもしれない。
月が女神な訳が分かった気がした。
◇
立食パーティーは無事に……とは行かなかったが、一先ずの終わりを見せた。
今は馬車に揺られてブレリア嬢の屋敷へと向かっている。それで対面に座っている彼女はといつと、静かに目を閉じて横の壁にもたれかかっていた。
時折見せる口呼吸から寝ているわけではないのだろうが、侯爵というにはあまりにも無防備すぎる。
外人特有の整った顔を見慣れていないというのもあるが、考えるのはやはり先ほどのことだ。
私にもかませて、と彼女は言ったが、それから何かアクションがあるわけでもない。
パーティーの途中でも、馬車の中でも。
彼女は残業終わりかと思うほどに静かだった。
だからと言うわけでも無いだろうが、俺も次第に眠く……。
……すぐに、夢を見ているのだと分かった。
俺の目の前には自機となったロスキンの騎士がいて、なんの変哲も無い俺がその前に立っている。
「………」
彼は何も言葉を発さず、俺も何かを言うことはない。
だが、彼が伝えたいことはなんとなく分かった。
スキルのことだ。
今日だけで何度もお世話になった『不屈』。あれがなければ王都は甚大な被害を追ったに違いない。彼が懸念しているのはそのことだった。
『不屈の心』ではなく、『不屈』。
決して諦めない心ではなく、「決して諦めない」それそのもの。
だからこそ気をつけなければならない。
一度決めれば何があっても達成させる肉体に、いくらかの死を克服した『不死性』。
『剣技』『魔術』『奇跡』と技術があれば……
あとは心さえあれば心技体が揃う。
「……」
これは私では渡せない。
……そう言われた気がした。
俺自身で育てていかなければならないのは、絶望的な状況になっても折れない心。何度打ちのめされても諦めない強い決意。
それがなければ『不屈』と『不死性』が俺の人間性を奪ってしまう。死んだ心をスキルで無理やりに動かされている存在を人間とは呼ばないだろうから。
強力なスキルほど自分で手綱を握っておかなければならない。
もし離してしまったら、首に巻きついたそれが俺の命を──
──起きた。
俺はどうやら夢を見ていたらしい。はっきりとその内容を理解していたからこそ、今の状況が分からずに硬直してしまっていた。
ブレリア嬢の手首を俺が掴んでいる。
なんで?
「起きていたのですか?」
「え?」
「着いたので起こそうかと思ったのですけど」
「ああ、ごめんなさい!」と慌てて手首を離したものの、思ったよりも強く握ってしまっていたのか、くっきりと手の跡が付いてしまっていた。
「……すみません。綺麗な手を……」
引っ込んでしまった手を『奇跡』で治そうとするけど、距離が離れるとどうしても効果も薄れてしまう。
だけど自分が傷つけてしまった手前、腕を出してとも言えなかった。
「……綺麗な手は好きではありません。ごめんなさい、どうかこのままで」
彼女は俺の思いと逆に腕を隠そうとする。
どうして、と疑問はある。女性なのだから不必要な痣なんか無い方がいいに決まってるだろう、と。
「すみませんでした」
俺はこの言葉しか出てこず、ブレリア嬢もまた謝罪を述べた。
「申し訳ありません」と言った後の彼女は、どうしてもパーティーで見た気丈さを持っているようには見えなかった。




