27話 彼の居ぬま、夢のさなか
先に決着がついたのは上空だった。この場では間に合ったと、そう言うべきなのかもしれない。
ドラゴンとハーピーだ。数は居ても、拮抗できるほどの能力はない。
『竜騎士』が戦場へと降りたことで士気は上がった。各々が武威を振るい、生きようと欲す。
上野には戦場は意識の渦で禍々しく歪んでいるように見えた。
彼はドラゴンに騎乗していることで得た高い視点を持って戦場を走り回る田島を見つけ、その距離を詰めた。
「田島ぁ!!」
「……上野くん!?」
いち早く彼女を見つけた上野と違い、当の本人は彼が近づくまで近くの状況が分かっていなかった。
己の激情に呑まれ、幽鬼の如く駆け回っていたらしい。
上野は手元で重たく意識を失った『騎士』を田島に押し付け、また高く空を登っていった。
残されたのは、鵤に対面から抱きつくような格好の田島と、彼女を守っていたスレイン家の兵たちであった。
しばらくして戦場の初日に夜が訪れようとしていた。
◇
──「初めまして異世界」を獲得しました。
──「その心は影」を獲得しました。
──「戦場の人」を獲得しました。
──「技巧者」を獲得しました。
──「弱者は居ない」を獲得しました。
──「強者は居ない」を獲得しました。
──「足元にあった穴の縁」を獲得しました。
──「足跡が見れない」を獲得しました。
──「ごめんなさい」を獲得しました。
目の前に浮かぶ、九つのタイトル。これが何かと問われれば、俺は間違いなく、ゲームの実績であると答えるだろう。
そのゲームが今の俺たちなのだとすると胸糞が悪いが、それぞれの実績の説明を読んでいればその考えも変わってくる。
例えば、一番最後の「ごめんなさい」の説明。
・「ごめんなさい」
誰か一人に絶望が訪れる。
誰かが見捨てた。誰かが目を逸らした。
誰も何も知らないくせに。ああ、損な役回りばかり……。
この説明は俺が思っていることじゃないし、他の実績に付随する説明も、何かに対する嘆きや励ましの言葉が書かれている。
もしこれらを作ったのがあの神なのだとしたら、彼女は彼女で都合があるようである。
ただの世界の橋渡し役などではなく、事情があってそうなってしまった神の一柱でしかないのだろう。
では、なぜそんな事が窺える情報を俺が見れているのか。
そもそも、この場所はどこであるのか。
考えること自体は多くあった。
ただ一つ言えるとするなら、夢の中で己の自機と対面した時のような、目が覚めた時もはっきりと認識できている類いの不思議な夢であることか。
そういえば『職業』と『スキル』の欄にも似たような説明があったな、とステータスを覗けば、それは確かにあった。
職業
貴方のふるまいを決めるのは貴方自身。
貴方の行いだ。
騎士でしょう?剣にでも誓ってみればいい。
スキル
これは貴方の夢を成すもの。足りないものを与えましょう。
応えた者には力が与えられる。夢を忘れてはならない
『職業』の言葉に従って俺は『騎士の宣誓』を行い、『スキル』の言葉が俺を立ち上がらせた事は記憶に新しい。
実績の説明が無駄ではないことを身をもって体感しているからこそ、それらを己が身に宿すように、じっくりと目で追っていく。
どうせ目を覚ますまで暇なんだ。
少しくらい休んだって誰も問題にはしないだろう。
なぁ、神さま……俺、頑張れてるのかな。
……、
…………。
「鵤くん!起きてよっ……鵤くん!!」
これは……田島さんの声かな。
さっきまでまったく痛みを感じなかったのに、今になって焼けるように痛い。
それはきっと、夢が覚めてしまったからだろう。
「生きてるよ」と返したかった俺は、代わりに血を吐いて彼女の顔を汚してしまった。
それが申し訳なくて、悲しくて、震える手で田島さんの顔を拭おうとすると、その手を彼女は両手でつかんで泣き叫んだ。
そこに至って自分が酷い状況であることを理解し、どうにか『奇跡』を発動させようとするのだが、『奇跡』の光は明暗を繰り返すばかりで効果が出ることはなかった。
「野々瀬さん!」
頬に俺の手を当てていた田島さんは、何かを思い出したように野々瀬さんの名前を叫んだ。
未だ薄らとした意識の中、陣まで下がってきていたのかと、そんなことを思う。
視界の内によろよろと歩いてきた野々瀬さんは、顔を真っ青にして俺と田島さんを見ていた。
怯えているのか。
……そりゃあ怖いだろう。
鎧なんて引っかき傷と殴打による凹みで元からボロかったのに更に酷い有様だ。
その時になって、ふと、誰もついてきてくれなかったロスダーネスでの事が思い出されて、どうしようもなく力が抜けてきた。
ああ、『ごめんなさい』とはそういう事かと。
静かに垂れる涙に、どうか気が付かないでくれと。
「……もういいよ、ほっといてもかってに治る」
鎧を消して起き上がろうとする俺を見て野々瀬さんが一歩下がった。
ヒリヒリと痺れるから小さな傷が開いているのは分かったけど、このまま寝転がっていたくなかったのだ。
田島さん以外誰も近づいてきてくれない、一種の腫れ物として扱われるような空気が嫌だった。
田島さん貸してくれた肩は酷く華奢で、女の子だと理解すると共に申し訳なさが募る。
ゆっくりと彼女の手を押しのけようとして無様に崩れ落ちたのだから、もう一度跳ね除けようとは思わなかった。
木に背を預ける形で落ち着いた俺に、田島さんは水を貰ってくると駆けて行った。




