28話 殺戮者たちの静かな夜
少しの間寝ていたのだろうか。不思議な夢を見ることもないほどの熟睡だった。
時間こそわからないが、随分と深い夜な気がする。俺が背を預けていた木には田島さんが寝ており、俺は彼女の外套を被せられ、布を丸めたものを頭の下に敷いていた。
水の入った桶が濁った赤になっているのを見るに、彼女が看病をしてくれていたのだろう。
未だ痛む体の節々だったが、『奇跡』によって少しずつ回復させていけば、ほんの少しで動けるまでになった。
俯いて寝ている田島さんの横に腰を下ろし、そっと彼女の顔を伺えば、そこには可愛らしい寝顔をした少女の顔があった。
田島さんが戦場に立ったとは思えなかったが、全体に的に砂で汚れ、荒く拭ったであろうその頬は黒く、俺の知る彼女とのギャップがまた一種の背徳感を生み出していた。
ちらりと傍に置かれている水桶を見て、これは使えないと結論を得れば、桶の水を捨てて、馬車が置かれている一団へと歩いていく。
こんな時に離れた水場に行こうとは思えなかったので、持ってきている水瓶からいくらか拝借しようと思ったのだ。
夜の時間ということもあるのか誰の姿も見ることはなく、少し申し訳のなさを覚えながら桶を軽く洗ってから水をくみ上げた。こんなところを誰かに見られたら貴重な水を粗末に扱ったと怒られてしまうだろう。
苦笑を浮かべながら、俺は田島さんが寝ている場所へと戻った。
「……ありがとう、田島さん。…………俺の味方は思ったよりも少ないみたいでさ、ちょっと悲しいんだ」
弱音を吐きながら、彼女を起こさないように丁寧に汚れを落としていく。
俺の指が彼女を肌と当たるたびに、何か悪いことをしているのではないかという気持ちが湧き上がってくるものの、俺にはこのくらいしか彼女へ返すものがないからと必死に言い訳を考えていた。
「夢を見たんだ……ゲームの実績をもらったみたいな、そんな感じだったけど、それでも誰かに認めてもらえたような気がして嬉しかった」
汚れは大体落ちただろうか。俺はインベントリから取り出した干し肉と薄い葡萄酒を取り出して口に含んだ。
不味くはないけど、好んで食べようとは思わない味だった。当たり前のことなのに、今の俺の気持ちに、塩っ辛い味が攻め込んでいるような気さえしていた。
準備していてよかったと取り出した、毛布代わりの毛皮を彼女に掛け、予備をその下に敷く。
これでいくらかはマシになっただろう。少なくとも樹の幹に背中を預けて寝るよりかはいいはずだ。
「上野くんからクラスメイトを呼び捨てにするように言われてるけど、俺にはちょっと難しいかな……、だって怖いし。日輪くんはいい加減呼び捨てにしてもいいような気がしてるんだけど」
聞いているわけでもないのに、一人でに言葉が溢れてくる。
その原因を探すなら、きっと今晩はそんな気持ちだったというだけなのかもしれない。
「……陽花里。いや、ないな。ごめん」
自分で言っていて変に笑いがこみ上げてきて、喉を鳴らすように静かに笑えば、それに釣られたわけでもないだろう上野くんがこちらに歩いてきているのが見えた。
彼は彼で随分と汚れていることが遠目でもはっきりと分かった。
「……起きたのか」
「うん」
静かな会話の始まり方だった。
対面に腰を下ろす彼は見るからに消耗していて、明日も戦えるだけの気力が残っているとは思えない。戦場の過酷さを体現しているようで、俺は喉を鳴らした。
あの場に俺も居たのかと思うとぞっとするのだ。
「田島が起きたら礼言っとけよ」
「分かってるよ」
「瑠璃がお前の治療を諦めたんだ……。いや、恐れたって言ったほうがいいのか」
「……なんで、『聖女』なら簡単だろうに」
「さぁな。血が怖かったんじゃねぇのか」
ぶっきらぼうに語る上野くんは明らかに機嫌が悪かった。
「誰もお前の後を追わなかった。……あいつらは俺に言ったんだ。もう一度あれをやれってな。出来るわけねぇのに。俺の事情なんて誰も知ったことじゃねぇ。あいつら敵前逃亡で死罪だってよ」
「なんていうか……妥当だ」
「俺が殺しちまったのを胡散臭い貴族が庇ったんだよ」
「殺したの?」
「尻尾の一薙ぎで即死。……人間って脆いんだなって。なぁ……俺たちが異常なのか?」
俺が見る上野くんは今にも折れてしまいそうだった。
人の醜さを味わい、人を殺した。それは一時の感情だったのかもしれない。けれど、結果は結果だ。今になって変わるものじゃない。
「狂ってる」
「……」
「そう言われてるのかもしれない」
「……そうだな」
「少し時間を置いた方がいいのかもね」
「俺たちは明日休みだってよ。言いにくいが謹慎ってこったな」
そう言って上野くんは背を向けて歩き出した。
「無事でよかったよ」とそう言った彼の背中が寂しそうに見えたのは何故だろうか。
「田島の事好きなのか?大切にしろよな」
小さく笑った上野くんは「俺も誰か探そうかな」と、俺の返事も聞かずに去っていった。
俺は隣で寝ている田島さんを眺め、自分が彼女の事をどう思っているのかを考えてみれば、確かに好いていることに違いはない。
……だけど、俺がこの世界に残る選択肢のことを考えるのなら、この想いは伝えないほうがいいのだろう。
ならせめて今だけは──
「──俺は、田島さんのことが好きなのかも。…………このままこの世界に残るかは……どうだろ。ブレリアさんの家が安泰ならなぁ……。って、なんで一人でこんなこと言ってるんだ」
「答えは分からなくていいかな」なんて言ったとき、彼女が身じろぎするものだから、肩を震わせて驚いた。
ブクマ、感想が貰えないので完結とします。




