26話 戦場の景色は赤く
上野翔太は激怒していた。
自分がひよった事は理解していたが、それより、なにより、自分を抜いていった松浦鵤の大きな背中を誰もが追いかけなかったのだ。
総勢百騎居てこの有様に、投擲を終えて肩で息をしていた彼は絶句した。
「追え!追えよ!!お前らの国じゃねぇのかよ!!」
だが、叱咤された兵はこう返した。
「あんたがもう一度あれを撃てばいい」
「なっ!?」
馬鹿じゃないのか。
今さっき松浦が飛び込んで行ったじゃないか。
上野が感じた怒りは愛騎のドラゴンに伝わり、大きく翼を広げて威嚇を始める。
それでも兵たちは声をあげた。
「犠牲なく魔物を殺せるんだろ?」
「そうだ!やってくれよ!!」
「勇者なんだろ!?」
聞くに耐えない無茶苦茶な願い。
彼らとロスダーネスへ向かう松浦を見比べ、上野は体を焦燥感に炙られているのを感じ始めていた。
松浦があんなに頑張っているのに、誰もあいつのことを見ていない。
誰よりも早く先陣を走っているのに、正しく彼を評価しない。
目立たないただ一人の『騎士』よりも、派手で花のある『竜騎士』を注視する。
ただただそれが気に食わなかった。
「月夜もテメェらも調子に乗ってんじゃねぇ!!」
叫びは鋼鉄をもひん曲げるドラゴンの尻尾の一振へ。
きりもみ回転しながら飛んでいく人だった物の影を視界から振り切り、彼は宙に飛び立った。
「いくぞアイボ!松浦の邪魔はさせない!!」
小石を巻き込んだ、咆哮と飛翔。
『竜騎士』上野翔太は空を翔る。
「個人の武勇がなんだってんだ!!」
一方、松浦鵤と百騎の帰りを待っていた本隊では混乱が広がっていた。
ラギルタは顔を真っ青にし、異世界人は立っていることすらままならなかった。
その中、上野が飛び立った頃に口を開いたのは『聖女』野々瀬瑠璃だった。
「何が、起こったんですか……」
目の前で起こったことが信じられなかった。
誰かの言葉で、もう一度確認したかった。
あわよくば夢であってくれ。そう願いを込めて。
だが、ラギルタとて指揮官である。彼の口は真実を語った。
「……上野殿の一撃を見て兵が止まった。となれば、松浦殿の単騎駆け。上野殿が追いかけたが……」
「うそ、なんでこんな……」
野々瀬の涙をラギルタは見ることをしなかった。自国民が恥ずかしくて仕方がなかった。
後ろを振り返り、直近の兵たちを見ても顔を背けるものばかりだ。
ああ恥ずかしい。戦場に居る二人を救って自害してしまいたかった。
「兵を出す。……兵を出すぞ!戦わない者は死罪だ!!スレイン家の兵は全軍整列せよ!!」
声は響いた。大半の者どもには聞こえただろう。
だが実情はどうだ。義理を果たすためだけに一当てを目的とした隣国の兵と、たったの二百人だけしか集まらない。
その中で一人。陣の先頭に並んだのは、田島陽花里だった。
彼女の瞳には戦場の情報が見えている。
敵がどれだけいて、誰が戦っていて、死にそうか、そうでないか。
それはまるでゲームのように表示バーとなって見えていた。彼女の力の元となった、勇者殺しの王の力だった。
ロスダーネス上空を舞う肌色のドラゴンを見上げ、誰よりも早く彼女は駆け出した。
「田島殿!!」
誰が叫んだ?
……確認する必要は無い。彼女は身に余る感情を吐き出すために駆けるのだ。
これがゲームなら。そう思わずにはいられない。
どれだけ敵が強大でも、勝てない戦でも。指示すれば動く兵士の重要性を痛感していた。
半ば浮き上がった思考で陽花里は考える。
私にも剣はある。
たとえ、それが見た目だけの小綺麗な剣でも、刃物は刃物。突き刺せば相手は死ぬ。
涙を流す陽花里が見ていた鵤の体力バーは今も少しずつ減っている。
こんなつもりじゃなかった。こんな作戦を私は了承したの?
口を開けば自責の言葉が湧いて出る。
走り出した彼女を止める術はなかった。
田島陽花里を追うように一斉に駆け出した、ラギルタを頭とする一団。彼らの大半は寄せ集めの市民でもなければ、国の騎士でもない。
北の侯爵の私兵たちは圧倒的な個人を見ても構わず馬を駆る。こんなの誰が見たって無謀だと感じたとしても、剣に捧げたその身、号令がかかれば投げ捨てなければならない。
生き残れば英雄だ。
神は我らと共にいましまし。
田島陽花里を守るように魔物の群れを突き進む。
上空では上野翔太が雷を放ち、ドラゴンが上空で火を吹く。
地上では騎馬が嘶き、兵が槍を構えて群れをなす。所々で魔術の火の手が上がり、死体が積まれていく。
地獄だった。
上野が槍を放ち魔物の数を減らしたとはいえ、母数が多すぎる。
ロスダーネスの街は炎に呑まれつつあったが、それに追い立てられるように魔物も出てくるのだから、元より苦戦は必須が負け戦目前になっただけである。
もはや詰めの軍など関係ない。必死に何かの死体を踏みつけていた。
その中で野々瀬瑠璃、南木美紅、宮本愛華……残された者たちが感じ、思う事とは──
──純粋な恐怖か。
それとも、身を焼くような罪悪感か。
力を持ちながら立てない者を今までは誰も攻めなかった。簡単な仕事なら多くある。
今回もそうだと送り出され、顔を青くさせて安全地帯から呆ける者たちがいる。人と魔との戦いを見る者がいる。
戦いが終わり、彼らがいくら許しを乞うたって、戦う者たちが許すことは無い。
隣で死んだ人間の顔を、傍観者は見ていないのだから。




