25話 ロスダーネス奪還戦
──駆けて、駆け抜けて、市街地に入った。
既に見失った槍の行く末を追いかけるように、雄叫びをあげながら騎馬を駆る。
ゴブリンも、オークも。三メートルはあろうかというオーガでさえも。
あまりの状況に咄嗟に動くことは出来なかった。視界の中で焦点が激しく動きまわり、情報を集めて回る。情報量に頭が混乱しているものの、手にはバスターソードを持って、しっかりと炎をエンチャントしていた。
「っらぁ……!!」
刃先に乗せた炎を投げ飛ばし、着弾を待たずにロスダーネスの中心地へと向かう。
『錬金術師』の佐藤くんが精製した油はただの油じゃない。聖油とか言う聞くだけでやばそうな物は小瓶一つでも盛大な効果をもたらしてくれる。
ああ、魔物を殺すのに聖油とはいかにもな感じじゃないか。
上野くんの槍は城門を破るには至らなかったが、その鼻先までは迫っていた。
あと少し詠唱を我慢していれば。そう思わずにはいられないが、まあ、結果はそう変わらない。
頑張ってくれた鼻息荒い馬を軽く撫で、出来る限り時間を稼げるように周囲の家を破壊していく。
……近くで挽き潰れた魔物の悲鳴が聞こえた。急がないとまずい。
炎をぶち当て、上手い具合に崩れた家の中から良さげな大きさの木材を拾い上げる。魔物にいつ襲われても驚きはしない。ロスダーネスの中心地を前にしてこんな悠長が出来るのも上野くんのおかげだ。
城門付近に立てかけた木材の山に聖油の小瓶を二つ投げ入れ、火を付けた。
完全に乾燥しているかとかの判断は出来ないが、今日の風は強くない。火が付いたことを見届ければ一応の任務は達成したと言える。
聖油頼みだ、頼むぞ。
そうして振り返った俺が見たのは、……誰も付いてきていない、俺がさっきまで駆けてきた道のり。
今もなお魔物が圧殺せんとばかりに湧き出るロスダーネスにおいて、俺は孤立していた。
「……はっ、は、……はっ、は、……はっ、は」
肩で息をしなければ呼吸が出来ない。
疑問や怒りを感じる余地もなく、ただ頭が真っ白になっていた。
震える手で離れた場所に居た馬に手を伸ばし、近づいてきてくれたそいつの手綱を握って騎乗する。
この行為をするのにどれだけ時間がかかったのかは定かではなかったが、気が付けば背後で青白い炎が勢いよく燃え上っていた。城門の高さにも迫ろうかという炎からゆっくりと視線を戻して、俺は馬を走らせる。
間に合わない。なんで。誰もいない。炎。魔物。
ああ駄目だ。ここで俺は──
──松浦 鵤の『不屈A++』が発動しました。
これは貴方の夢を成すもの。夢を忘れてはならない。
次の瞬間、自分が落馬したことに気が付いた。
魔物ではなく、自分で落ちた。『不屈』が立ち上がらせるまでの思考の空白で考えることを止めたらしい。
身体の節々が痛い。落馬して死ぬことは珍しいことではないようだが、俺は生きている。傷はある程度『不死性』で補える。『奇跡』で治療も出来る。
……まだ戦える。
「くそったれがああああああああああ!」
血交じりのタンを吐き捨てて気合で立ち上がる。
無様でもいい。格好悪くてもいい。生きてさえいれば、俺は『不屈』で立ち上がれる。
バスターソードを閉まって取り出すのは、自身の身長よりも大きな特大剣。
状況を改めて確認するべく視線を彷徨わせ、魔物との距離を測って、大剣を体全体で支える。体勢は大剣の武技が発動するように前のめりに。
「疾風!!」
石畳を砕き、景色を置き去りにして飛び出した。
突進する武技はゴブリンの頭蓋を体から跳ね上げ、オークの胴体を深く貫く。
醜い悲鳴と気色の悪い体液を一心に受け止め、大剣を思いっきり横に凪ぐ。遠心力も相まって突き刺さっていたオークが鈍い音を立てて飛んで行くのを横目に、ショートソードに切り替える。
次の相手は身の丈をゆうに超える大鬼。
足元に群がっているゴブリンが子供に見えるほどの巨躯だった。
身体軽くオーガの魔の手を潜りつつ、目指すのは町の外。
ゴブリン程度の小物ならともかく、こんな面倒な奴の相手をしていては確実に死んでしまう。
眼前に投げた聖油の小瓶を叩き割り、炎のエンチャントを掛ける。
これでどれだけ持つかな……。
青と白の炎が入り混じった剣を高らかに振り上げ、叫びながら魔物を切り捨てた。
もはや斬るという感覚はなく、なで斬りにするという方が近い。
嗅覚は早々に潰れ、腕を動かしている感覚も曖昧だった。
剣の炎は俺自身にも僅かに燃え移り、さながら炎の魔人のような様となって地を走る。
魔物の密度は最初の比ではないが、結構進んできたはずだ。
ここを乗り切れば戻れる。
そう思ったとき、俺の体が急に浮き上がった。
「なっ!?」
何が起こったか理解する前に落下しはじめ、体勢を整える暇もなく建物の屋根に叩きつけられた。
肺から体内中の酸素が漏れ、頭には星が回る。
だが、今度は何が俺を空中に連れて行ったかを見ることが出来た。ぼやけた視界ではあったが、あれは間違いなくハーピーだ。
抵抗らしい抵抗が出来るほどに回復していない体を悠々と持ち上げ、先ほどよりも高く昇っていくハーピーの顔は山姥のようにしわくちゃで、口は大きく裂け、気持ち悪く釣り上がっていた。
「松浦ぁー!」
上野くんの声が聞こえたかと思えば落下し、諦めて目をつぶる。
しかして、先ほどのような衝撃はなく、危機感も感じなかった。
「良くやった!もういい、休んでろ!あの腐ったれども、お前を見捨てやがった!!」
一度は投擲した槍を掲げた上野くんに抱えられた俺は、僅かばかりの安心をもって、もう一度瞳を閉じた。




