18話 二人が見た鈴
ブレリア嬢と使用人が部屋から出ていった。そのことを少し寂しく思いながらも、椅子から立ち上がってショートソードを取り出した。
何度見ても綺麗な刃だ。刃こぼれ一つない、澄み切った刃だった。
この一週間で、この広すぎる屋敷にもだいぶ慣れてきたように思う。使用人たちと色々と話をすることも増えたし、俺自身、受け入れられているような気がしていた。
自分を信用してくれる人間が増えるのは良いことのなのだが、ふと自室に戻った時に心の中に浮かんでくるのは、自分の二面性への恐怖だ。
暴走するほどではないと分かっていても、俺は男であるし、溜まるものは溜まっていく。まさかブレリア嬢の兄の部屋で致すわけにもいかない。
外に出るときは大抵が誰かと一緒だ。街の外に出る時ですら城門まで見送りに来るし、帰りもどういうわけか俺を待っている。
それでだ、このままだと魔女を襲いかねないので、彼女を今晩殺してしまおうと思っている。
安酒を買って直腸アルコールだとか色々と試してみたのだが、あまり有益な情報は得られなかった。それにやってみて思ったのは、やれない相手を目の前にして行うことではないということだけ。
最初のことだから加減が分からずに致死量を注いでしまったように思ったのだが、魔族は思ったよりも丈夫らしい。
いくら金銭を回したって、そういう意味で俺はまだブレリア嬢に何も貢献できていない。
彼女が失った地位を取り戻したいと考えていないことは何となくわかるものの、俺は彼女に同情してしまっている。だから、何か役に立ちたいのだ。
今でこそ……というか、俺が生きてきて築いてきた「普通」の概念が、魔女をいたぶり終えて気分が落ち着くたびにチクチクと刺してきてるだけだが、元の世界で知りたかったことはだいたい体感できたと思う。
恋愛というものだけは一切無縁だったけど、それだってまだ人生長いのだし、先の楽しみというものがある。
本当は債務に負われるブレリア嬢をどこか食事にでも連れていければよかったのだが……、俺には俺の務めが課せられているし、働かない、働けないクラスメイトの分も頑張ろうという気力もある。そもそも上手な誘い方を知らないのだが。
まあ、なんやかんや言いたいことは積もる一方だし、本題は、いい加減に魔女を殺しておかないとやばいかと思ったから殺すだけである。
田島さんもそろそろ潮時だと思っているようだったから、彼女とはここでお別れだ。
俺にまで情報は回ってきていないが、王城内で何か動きがあったらしい。
『魔術』で眠らせた魔女を袋に担いで屋敷の中を歩く。この時間に人気のない場所は分かるし、魔女の元へと向かう時は使用人も付いてこない。
中庭ではない、使用人用と思われる井戸の近くに袋を下ろした。
これから殺される彼女は『魔術』によってしばらく目を覚まさない。
そういう魔術だから当たり前なのだが、落ち着いた心のままで地面に横たわった麻袋を見つめる自分も、彼女と同じく目を瞑ったままの様な気がしたのだ。
抜き身の自分と、周囲に見せている自分。
どちらかが出ている時は一方が目を閉じる。
それでも心と体は一つだから、こうやって妙な感覚を味わう羽目になっているんだろう。
「……人を殺すのに言葉もいらないか…………はぁ」
息が漏れた。特に意味はなかった。
現に俺は袋に持てる全ての剣を突き立てたし、滲み出す血を見ても後の面倒臭さを嘆くだけだ。
剣の全てに炎を灯し、念のためにと、魔女から音を奪う。
……人体を焼くこの臭いにも慣れてしまった。
人を刺しても動じない。それが雑に捨てられるモノなら尚更に。
いいや、練習だと思えばこれでいいのかもしれない。
そうだな……もし次があるのなら四肢を残しておけば拷問しやすいかもしれない。
井戸から引き上げた桶で消火して、残った人骨は地面の片隅に埋めた。
魔石は無いんだな、と、そう思う事は異常なのかどうか。
俺には分からなかった。
魔女を殺した俺の気分は夜が明ければ上がるようなこともなく、王城までの道のりは自然と静かなものとなっていた。
だが、居心地は悪くない。
荒んだ心を穏やかにするような、マイナスイオン的な何かがブレリア嬢から出ているような気さえしていた。
対面に座る彼女の脚と、それを見つめる俺の脚との距離が近い。
無意識に俺の方から寄せているのに気が付いて離すと、それはそれで悲しい気持ちになってくる。自分でも何がしたいのか分からなかった。
甘えたいのか、ただの遊びなのか。
城門を抜けて少し。馬車を降りて後から降りてくるブレリア嬢の手を取る。
視線の噛み合いが心地よく広がっていくのを感じていた。
そこに言葉はなかったが、俺には手を取ってくれただけでも十分だ。
会議室までは遠い。
その道中でクラスメイトと会うのも当然だった。今回の場合は遠目に見えたというだけだが。
最初に気がついたのはブレリア嬢だった。
「あそこにいるのは……」
「あれは……秋山くんかな。誰かと話してるみたいだけど」
アーチ状の窓がくり抜かれた通路から見える、小さな井戸。
こちらが二階であるのに対し、四方を壁で囲まれた屋外である井戸周辺で、『魔術師』である秋山くんは誰かと話していた。
秋山くんの様に分かりやすいローブを着ていることもない話し相手が誰かは分からないが、身長からして女の子だとは思う。
まあ、別に気にすることも無い。
彼は戦えない人を自分の派閥に入れて守ろうとしてるから、きっと彼女もその一人なんだろう。
俺たちは指定された場所へと再び歩いて行った。




