17話 抜き身の刃に見入る
『勇者召喚、王都襲撃。そしてダンジョン、王都郊外の見回り、実に大儀であった。慣れぬことばかりで大変だとは思うが、勇者殿方もこちらでの暮らしに慣れてきたと報告が上がってきている。私も、貴族も、そして民たちも勇者殿方がいることで安心して日々を過ごすことが出来ていることを分かってほしい。
だが、現状ジルヴァール王国は本来の国土の半分もありはしない。北のスレイン候、東のスカイハット候、西のアリッサム候の領地は民の安全のために放置せざるを得ないが、今回は最前線として都市の一つを奪還しようと考えている。
先兵による情報では魔族に操られた魔物が居を構えているようだ。明日王城に勇者殿方を軍議と称して招くが、その際に行軍に参加しようという意思のある者だけで構わない。どうか我々に手を貸していただけないだろうか。
他国の軍勢とも協力する運びだ。
我らの神は共に居ましまし』
スカイハット家の屋敷で手紙を読んでいたブレリアがその顔を上げた。
対面に居るのは鵤も何度かお世話になった事のある女性であり、魔女アンナの身の回りの世話をしている人間である。
「イカル宛でしたから彼に先に読んでいただきましたが……、これは私が先に読んでおいた方がよかったでしょうか」
「それは……先に読んで手紙の内容が変わるわけではありませんから」
「だからこそ悩みどころですね。私はイカルは戦場に出ると考えていますが、貴女はどう考えていますか?」
「私も同感です。彼は戦いに行くでしょう」
そこでブレリアは浅く息を吐いて別の紙に目を通した。
内容は、冒険者ギルドから取り寄せたここ一週間のイカルの稼ぎであり、その数字からいくらか引かれたものが強調線の上にデカデカと書かれていた。
何個かの数字は鵤がブレリアにばれないように屋敷の使用人たちに渡していたお金であり、鵤が購入した品々の金額であった。
ならば、それらが引かれた後の金額が何であるのかも分かるだろう。
「……何が必要でしょうか。……こういった前準備をしたことが無いもので……、干し肉とお酒程度であれば、いいえ、彼に頼り切っているのですからもう少し何か」
「そうでございますね、マツウラ様の所持金で買えないものを考えてはどうでしょうか。とは言っても稼ぎの殆どを私どもに回されていらっしゃいますから……」
「ですから何か必要なものをあげたいのですが。……あぁ、剣を研いでいるのを見たことがありませんし、一度鍛冶屋の方に見ていただきましょう!」
「そうでございますね」と頷いた使用人に、ブレリアも頷き返して席を立った。
どことなく歩幅が大きい自身の主に、後ろを歩く使用人の表情は明るくなっていた。鵤が魔女に対して何を行っているのか察している部分のある彼女からしてみれば複雑なものがあったが、それとこれとは関係ないだろうと、そっと、心の中に言葉をしまい込む。
彼女だけでなく、屋敷に住んでいる全員が鵤が自傷を行っているのを知っていた。そして、その理由も知っている。
「狂っている」とブレリアの元に駆け込んでみれば、どこか思案気な顔で「ですね」と返され、ブレリアが陽花里から聞かされたように痛みへの耐性を得ようとしているだなんて言われるのだから、使用人にとってはたまらないだろう。
だが彼が屋敷へと送る金銭を見て、もう少し考えてみようと思うのだった。
この一週間は何事もなく過ぎていったが、鵤の環境は少し変わっていっていた。
「イカル?私です。入りますよ」
ブレリアが扉を叩き、少ししてから押し開ける。
その先に居たのはもちろん鵤なのだが、当の彼はショートソードの刀身を胡坐をかいて見つめていた。
少し遅れて鵤は視線を向け、部屋の中に入ってきていたブレリアを歓迎した。
「どうかしました?ブレリアさんが来るのは珍しいですけど」
「明日のことで少しお話しようと思いまして」
「あー、手紙の」
「はい」
ゆっくり腰を上げる鵤にブレリアは手近にあった椅子を差し出し、彼女自身も別の椅子に腰かけた。その後ろに使用人が立ち、机の上から備え付けのペンとインク、紙を持って控える。
こういった普通の行動の全てが貴族らしいと鵤は感じていたのだが、彼も周りの人間が見れば貴族に見えるような恰好をしていた。『騎士』という冒険者としての身分もそうであるし、ブレリアと使用人たちとで選んだ上等な服に身を包んでいたこともその理由だった。
「何か要りようかと思ったのですがどうでしょう。食料や嗜好品だけでも役に立てると思うのですが」
「干し肉と薄い葡萄酒があれば十分ですよ。冒険者の人に話を聞いてみても、俺ならそれさえあれば生きて帰れるみたいですし。」
「冒険者の方がそう言うのならそうかもしれませんが……、武器はどうでしょう。一度、研いでもらうというのは」
ブレリアは思っていた通りの展開になったことを内心で喜んでいたが、鵤はうなり声をあげて「俺にも分からないのですが」と続けた。
「一度仕舞うと傷が無くなるみたいなんですよね。汚れは拭わないと駄目みたいですけど、細かい傷だとか、そういうのが見た感じ消えてるんです」
「それは……流石は勇者の武器と言ったところでしょうか」
「本当に便利ですよね」
無駄な出費が減ったのは喜ばしいことだが、ブレリアにしてみればこれは思いがけない誤算であった。
家族が死んで以来、久方振りの安心感を感じ始めていた彼女は、普段から頑張ってくれている彼に何かお礼がしたかったのだ。
思わず背後に控える使用人に顔を向けるブレリアに鵤が気づき、それとなしに察すれば、少し考えてから声を出した。
「道中野宿するのなら、外套は欲しいですかね。最近は朝も寒いですから。汚れますし、一般的なもので構わないのでお願いできますか」
「そうですね。肌着もいくつか準備しておきましょう。後は……そうです、短剣なんかも持って行きましょう。お父様が狩りに出るときのお守りだと言っていた気がします」
「何から何までありがとうございます」
「いいえ、私たちの方が助けていただいてますから」
「……何のことです?」
あくまでとぼける鵤に、二人は口元を抑えて口角を上げた。
その動作があまりにも同時に起きたために鵤から漏れ出た笑い声は、同じ動作をしていた彼女たちを混乱させるのに十分だった。




