13話 秘めた想い
俺は今とてつもなく気分が良かった。
肌寒い風に身を晒しながら魔女の小水を洗っていたって、気を抜けば笑いだしそうな程に気が舞い上がっていた。
拷問というよりは、自分の欲望をぶちまけた。
『不屈』は魔女をある程度なぶった所で効力を失っていたから、あれは間違えようもなく深い部分の俺である。
興味はあった。
人を刺したときの感触。人を焼く、凍らせる側の気持ち。
僅かにでも知りたいと思っていたことを俺は否定しない。
それを知ろうとするのは世間一般では悪いことだ。その事もまた、理解していた。
階段から誰かを突き落としたことはない。ムカつくやつを思いっきり殴り飛ばしたことはない。
悪い事だと分かっていたし、それをやって自分の未来を潰すのも馬鹿らしいと思っていた。
だからかだろうか。
こうして枷が外れ、実際に行動してみると、自分がやる分には楽しいものだと知ってしまった。
そのことを俺はブレリア嬢に知られたくないと思っている。自分が異常だから、正常で、必死で頑張っている、尊敬出来る彼女に嫌われたくなかった。
「服を変えなければなりませんね。その服か気に入っているのならそれなりに処理はさせますが」
「気に入ってる訳じゃないけど、制服だからのけておかないとね」
「いつかは戻るのですか」
「俺たちが不必要になればね。選ぶのは自由だって神は言ってたけど、俺は戻るよ」
表情を変えないブレリア嬢が何を考えているのか察することは出来なかった。
俺は彼女のことを知らなすぎる。
「少し、お時間を頂けますか」
「はい、大丈夫ですけど」
「私にも思うところがあります」
ブレリア嬢は俺が制服を洗い終わるのを待っていた。その間の両者の沈黙を感じてか使用人が服を洗っている俺に近づいてくることはなかった。
洗い終われば使用人が服を受け取って代わりの服を着せてくれるんだが、ここは外で、傍にはブレリア嬢が居る。
それを使用人も分かっているのか手早く終わらせてくれた。
「それで……話は……」
「部屋に行ってから、お話しましょう」
焦るなと言外に言われてしまったが、気になるものは気になる。
異世界に来てまだ二日だ。粗相をやらかしてる実感はあるものの、居場所を失いたいわけではなかった。
庭を通り過ぎ、廊下を歩き、頭を下げる使用人の横を通る。
やってきたのは何も無い部屋だった。
最初に口を開いたのはブレリア嬢だ。
「ギルドに登録したそうですね」
「ええまぁ」
当たり前といえばいそうだけど、情報の伝達が早い。頬をかく俺に彼女は続けた。
「明日はダンジョンに行く予定ですから丁度いい言えばそうなのでしょう」
「あー、そうなんですか」
「……イカル、貴方、気を使っていませんか?」
そう聞いてきた彼女の表情はどこか怒っているようにも見えたが、俺はどこか寂しいものを感じていた。
それがブレリア嬢を哀れでのものなのかは分からないけど、たしかにそういう気持ちがあった。
「あの後、少しだけヒカリと話しました。彼女は貴方のことを信頼できると言いましたが、その後に続く言葉をはっきりとは言ってくれませんでした。ですが、そう言われるだけの何かを持っているということが分かればそれでいいのです。……どうしてギルドに登録したのですか?」
もう一度聞かれた。
……せっかく異世界に来たのだから憧れがあった。そんなことを言ってもこの世界に住む彼女に俺の気持ちは分からないだろう。
なら、答えはもっとすっきりとしたものでいいんじゃないのか。
「お金が欲しかったからだよ」
俺の答えに彼女は微妙な様子だった。
「お金を得てどうするつもりでしたか」
「好きなことに使うけど」
「武器も防具も貴方は持っているでしょう。食事も宿も提供しています。娼館にでも行くつもりでしたか?」
「行きませんよ」
「それ以外にお金の使い所など無いでしょう?細々とした出費では減らないだけの稼ぎを得れる実力があることは知っているつもりです」
煮え切らない問答。
遠回りな質問。
はっきりと言えばいのに、そう思う。何を怖がっているのか、と。
「……お世話になるんだから助けたいと思うのは普通でしょ」
「ありがとうございます」
ぼそっと漏れ出た呟きに彼女は礼を言った。
そんな言葉が欲しくて言ったわけではなかったから、やるせない気持ちになりながらも何か言わなければと言葉を探す。
けど、そんな必要はなかった。
「……私もそう思っています。異世界からの勇者、私は貴方の力になりたい。魔女を単独で倒した貴方の助けになりたい。……ですが、私から与えられるものはあまりにも少ない。それこそ屋敷の一室を貸し与え、秘密を共有するのが限度です」
「じゃあ……魔女を匿うのは」
「あのままでは上手くいかないと思ったからです。それに、魔族には思うところがありましたから」
強く拳を握る彼女を見て、俺は何か勘違いしていたのではないかと思った。
ブレリア嬢が逆転劇を望んでないのは分かっていたし、誰かの上に立ちたいようでもなかった。それなら俺と田島さんに魔女のことで話しかける意味が分からない。
……その理由がこれなのか。
何か力になりたい。助けてあげたい。
損得勘定ではない、個人の想い。
それに無理やり価値をつけようとするのだから、怪しく見えていたのだろう。
「…………だからこそイカル、貴方のことを教えてほしいのです。ヒカリは貴方のことを殆ど知らないようでした。彼女が知らなければ、誰も貴方のことを知らないでしょう。その理由を私は知りたい」
ブレリア嬢はどこまでも誠実だった。
少なくとも、俺にはそう見えた。
俺はどうだろうか。
言いたくないこと、知られたくないことはいっぱいある。
彼女に何か言ったところで何も変わらないとも思っている。
だって楽しい話じゃない。
「無理に言わなくても構いません。ヒカリは同郷のイカルを信用できると言いましたし、私もそれならば信用しようと思います。……私の思うところがある、というのは、正直どうでもいいことでしかありません」
「そんなこと……」
ブレリア嬢は俺の言葉を待っている。
苦悶している俺を見ている。
それだけで信用に値すると言っている。
不誠実だ。それに答えられない俺は不誠実だ。
体を押しつぶしそうな罪悪感から、俺は口を開いてしまった。
「……つまらない話だよ」
「ええ」
こんな形で言いたくなかったが、一度溢れたものを見ないふりは出来ない。
「俺は教室で友達がいなかった。うるさいだけの奴らに関わろうと思わなかった。羨ましいと思ったことはあっても、中に入ろうとは思わなかった」
ああ、くそ。
胸が詰まりそうだ。
「育った環境が悪かったから、一人で達観してた。毎日が面白くなかった」
それでも俺は社会の流れに沿って生きているから、つまらなく生きていくんだと、そう思っていた。




