12話 英雄の心
ギルドで騎士証の提示を求められたから街に出入りするの時にも何か必要なのかと思ったが、俺を待っていたのはなんとも暖かい対応だった。
冒険者は俺を持て囃すし、兵士たちは敬礼でもって出迎える。
なんともむず痒い反応だった。これから回収するものを考えれば尚更。
『不屈』によってなんとなくは反応が分かるため、魔女を見つけるのは比較的簡単に済んだ。
「大人しくしてた?」
「……ぁ……ぅぅ?」
俺は地面から顔だけ出した魔女の前に座り込んで問いかけた。
『魔術』で無理やり気絶させたはずの彼女は一日経っても完全に覚醒しているわけではなさそうだった。
俺の『魔術』のランクはCだが、結構効果が続くのかもしれない。
こうして対面するまでは冷静な自分を保てていたと思うのだが、魔女の顔を見るとどうしても『不屈』が殺せと言ってくる。
相手をいつでも殺せる状態にしているからどうにか抑えられているだけで、彼女が五体満足であれば俺は間違いなく地面から生えた首を切り裂いたろう。
この前のように、こいつは親玉ではないと、『不屈』を抑えられるとは思えなかった。今握らされている選択肢は『殺す』しかないのだ。
どうして普通に『魔術』を解いて起こせないのかと、さっさと掘り出して連れ帰らないのかと問うたって、自分で『不屈』を抑えられないものは無理だと言うしかない。
震える手で双剣の方振りを魔女の白い頬に当てる。
『不屈』を抑えようとする一方で、『不屈』と関係なく興奮している自分がいる。歪な感情だった。
これが画面の中だけの性癖なら問題ない。だが、一般的な見識によれば犯罪だろう。日本人としての常識が、俺の行いの全てを悪だと警鐘を鳴らしていた。
「帰ってからだ……帰ってからだ……」
呟きながら右手に握った剣をゆっくりと戻していく。大丈夫。この後の事を考えろ。彼女をいたぶる姿を想像しろ。
ほら、昨日なぶったばかりじゃなか。頼むから言うことを聞いてくれ。
『魔術』で寝ぼけた魔女の意識をもう一度奪い、自傷して衝動を誤魔化しながら柔らかい土を掘り返していく。
数回掘る度に傷が増えていく。それでも辞めないのは、自分を傷つけていなければ体内で膨れ上がった感情が自身を破裂させてしまいそうだったから。
『不屈』はこういう時だけ働いてればいいのに。
連れ帰るの自体は簡単に終わった。屋敷にはブレリアさんが戻っていたし、使用人、下女たちは俺に必要以上に接触してこない。
門番は俺が怪しげな袋を持っていても何も言わないし、そんな袋を持って屋敷を歩いていても使用人の痛い視線が刺さるだけだ。
ブレリアさんから予め指示がいっていたのか、案内された空き部屋にカーペットは無く、家具も椅子も一つだけしか置かれていない。
これを準備した人間はこの部屋と俺の様子で何が起こるのか分かるんだろうが、そんなことを考えていた。
今まで無理矢理感情を抑えていたからだろうか。
何の迷いもなく背負っていた袋を床に叩きつけ、胴体であろう場所を踏みつけ、そこでようやく我に返った。
今……何をした?魔女が入った袋を捨てただけだ。
いや、違う。待て。それは違う。
感情と体が乖離してしまっている。
落ち着きたいのに俺の腕は袋を広げ、魔女の首根っこを掴んで引っ張り出す。
待て待て待て!
四肢がない魔女に椅子は必要ないだろう。
床に転がし、俺が椅子に座った。
魔女はもう少しで起きそうだ。
剣先に火をエンチャントして、音を消す『魔術』を唱える。
魔女を足で転がし、踏みつけ、別の剣を引っ掛けて服を裂く。
傷一つない女性らしい柔肌に、そっと、火を移す。
「────!!!!」
魔女の悲鳴は聞こえない。
俺の良心の声も消えていた。諦めたのか。それとも受け入れたのか。当の本人ですら分からない。
『不屈』で体が動いているのか、自分の意思で動かしているのかさえも定かではなかった。
ただ……心が満たされているのだから、それでいいのかもしれない。
剣の火を消し、次は冷気をエンチャントして同じ場所に触れる。
「──!!────!!!」
痛いんだろう。
そんなこと一々考えるまでもないが、必死に身をよじって泣く魔女を見ていると、そんな感想がどうしても出てくる。
音を消す、というのは長続きする類いの術ではないため、剣をしまってから魔女を蹴り飛ばして仰向けにさせ、俺は椅子から立ち上がった。
魔女は逃げようとするものの、四肢がないために哀れに跳ねているようにしか見えない。
魔女の首を掴んで持ち上げ、もう一度椅子に座る。膝の上に魔女を乗せれば、そこで『魔術』の効果が切れた。
「やめて……、……もう許して……」
口の端には涎の跡が見え、懇願する表情は涙で余計に酷く見えた。
『奇跡』で火傷と凍傷を治しているうちに切り裂いた衣服が剥がれ落ちていった。魔女は泣いて謝るだけだ。
服を着ていないことにも気づいていないのか、俺の顔しか見ていない。
「……名前は」
「ア、アンナ……アンナ・ノーチラス……」
「ふーん」
俺が切り取り『奇跡』で塞がった四肢の傷跡は、綺麗に新しい皮膚が出来ていた。触ってみてもアンナは痛がる様子を見せず、奥歯をガタガタと忙しなく震わせるのだ。さぞ俺に触られるのが怖いに違いない。
おでこから天へと緩くうねった角を掴んでやれば、それはさらに酷くなる。
「これ折ったらどうなるの?死ぬの?」
「……ひぐっ…………、つ……」
「なんか言えよ」
「ま、魔術が、使えなく……だから……!だからそれだけは!!」
俺が居ない時に暴れられても困るから折っておいた方がいいのは当然だから、折らないという選択肢はない。
アンナがそれで魔術が使えなくなっても、別に損ではないのだから。最悪喋れさえすればそれでよかった。
『魔術』で彼女から音を奪い、頬に手を当てて笑いかける。
「舌をかんでも治してやるからな、安心してくれ」
なまじ剣の腕があるばかりにアンナの角は薄く、何度も切り削られていく。ケバブと言えば分かりやすいか。
俺の腕の中で暴れる彼女の慟哭は、この屋敷に居る誰にも聞こえない。
彼女が漏らした小水の臭いが俺からしても、それは現場を想像することしか出来ない。誰にも俺の行いは伝わらない。
俺のこの心の高鳴りを誰も測ることは出来ない。




