10話 群青と遺産
微妙な雰囲気のまま戦闘訓練が終わってしまい、俺は誰にも話しかけられることなくブレリア嬢と一緒にレストランの個室に向かっていた。
勝てと言っていたはずの彼女の苦虫を嚙み潰したような表情と言ったら罪悪感を覚えるほどで、自然と俺のテンションも低い。二人の気分が沈んでいるから、下女もやりにくそうに見えた。
田島さんは少し遅れてやってくるそうだ。言葉にしたくないが、ハブられ気味の二人が早々に席を立ったという悲しい構図である。
若い女性一人が侯爵である彼女はともかく、俺は自業自得だ。あそこは手で受けるんじゃなくて避けておくべきだった。
「……ウルトラマインに到着いたしました。店員を呼んできます」
「お願い」
下女がレストラン「ウルトラマイン」の中に入っていき、しばらくして従業員が俺たちを出迎える。
大理石の柱と壁の素敵なお店だし、従業員の接客も丁寧だった。俺たちがそれに見合う客かどうかは分からないが、肩書だけ見れば十分だろう。なにせ侯爵に異界の勇者だ。職業の『勇者』は別にいるが、ジルヴァール王たちは俺たちを総称して勇者と呼ぶし、俺たちもその方が気分がいい。
田島さんをほったらかして先に食べるのもあれなので席に着いて何か話そうかと思ったが。いかんせん空気が悪い。
「……すみませんでした。もう少し綺麗に勝った方がよかったですよね」と彼女に言えば、呆れたように「負けることは考えないのですね」と答えられた。
「いや、勝てそうだったので……」
「ゴライアス殿は決して家柄だけで選ばれたわけではないんですよ?普通に強いはずですが」
「強い人はレイピアを持ってる訳でもないのにいきなり突きを放ってきませんよ。突きは相手を怯ませるか、隙を作ってから打つべきです」
「貴方みたいに手で受ける人は普通いませんよ」
「戦場で生き残るのは俺みたいな人ですよ、きっとね。…………いいや、ごめんなさい。失言でした」
ブレリア嬢の家族は戦争で死んでいる。今の俺の言葉は彼女の大切な人を侮辱したようなものだ。
怒らせてしまったと思ったのだが、ブレリア嬢はしんみりと言葉を発した。
「父や兄、弟が死んでしまった事がなくなったりはしましません。多くの兵が死にました。母は発狂してしまいましたし……。はっきり言ってお金もありません。領地を失った貴族ほど見苦しいものはないとはよく言いますが、私はその中でも酷い……。つい先日、南の侯爵から縁談が持ちかけられましたがその時も怒りで怒鳴り散らしてしまいました。いいお話であったはずなのに……」
それは染み入るような静かな小さいもので、今の俺には彼女が何を求めているのかは分からなかったが、一緒に悩むことならできる。
「少し、聞いてもいいですか?」
「……はい」
「ブレリアさんの歳がわからないからあれですけど、結婚相手ってやっぱり早めに決まるものなんですか」
「私は今年で16です。この時期には子を身篭っているのが理想とされています……」
日本人は若く見られがちだと言われるが、ブレリア嬢が俺より歳下だとは思わなかった。一つだけだとはいえ、一年の差は存外に大きい。
「お金が無いのは戦死者の家族へ払ったからですか……?」
「……はい。稼ぎがなくても払うものは払っておかないと体裁が悪いので」
「…………俺になにか」
そこまで言った時、田島さんが到着したみたいで従業員が案内にやってきた。
続く言葉を察したブレリア嬢の目を俺はどうしても見ることが出来なくて、曖昧に目を伏せるのが精一杯だった。
頑張ってきた人間に今の言葉は軽薄すぎる。そんなの少し考えれば分かるはずなのに。
部屋に案内された田島さんは妙な空気に首を傾げたが、別に何かを言うわけではなかった。
「お待たせしました。それで……ブレリアさん。例のお話ですけど」
「人払いは頼んであります。魔女の件ですね」
二人に視線を向けられ、俺はどうしたものかと視線を彷徨わせる。何を話せばいいのかとか全然考えていなかった。
「私は日輪くんに勝ちたい。そのためには魔女は大切な存在です。それはブレリアさんも同じじゃないですか」
「私に何に勝てと……?」
「他の侯爵より優位に立っておくのは悪いことではないと思いますけど」
田島さんは田島さんで色々と調べたみたいだが、もしブレリア嬢が優位に立ったとしても、彼女にはその後はない。政治的な繋がりも無ければ、物理的な力もお金も無い。
十五の少女が担うには荷が重すぎる。
「田島さん、有利に立ててもそれで終わりだよ。スカイハット家は人的資源がないんだから」
「逆転劇の種を撒くんだよ。魔女からの情報と鵤くんの力があれば、いつか必ず返り咲ける」
「たしかに、私が家の復興を望まないということはありません。ですが、それではリスクに対してメリットが少ない。私は私の理念で動いています。今日は、そのことを話そうかと。私は国のためならば死んでも構いません」
ここで変に口を出したのが悪かった。俺はブレリア嬢の口から死んでも構わないという言葉が出るとは思っていなかったのだ。
「屋敷に空き部屋があります。魔女はそこに入れておきましょう。後は拷問でも何でもお好きなように」
「……拷問ってどうやってするのよ」
田島さんのこの質問は当たり前だ。
その手の知識は乏しいし、ブレリア嬢が知識を持っているのを期待するのも間違っている気がする。
かと言って他人に任せると秘密が漏れかねない。そうなると一番適任なのは……。
「……俺がやるよ。捕まえたのも俺だし」
「ちょっと心配だけど仕方ない、のかな。……性病にだけは気をつけてね」
「いや、やらないけど」
田島さんからの信頼が全くないんですけどそれは。
ブレリア嬢に助けを求めようと視線を向ければ、少し考えるようにして「やって一時間は私に近づかないでください」と言われてしまった。
「……なに、やってもいいの?」
「女子にそういうこと聞かないで」
「私は別に……」
「ブレリアさん、こういう時は『デリカシーが欠落してるのかしら、最低ね』って言うわないと」
田島さんにSっ気があるのはうっすらと分かってはいたけど、言われる側としては少しきつい。まだ冗談だから笑ってられるんだが。
そこからはフルコースを食べて解散になったのだが、ブレリア嬢と田島さんは用事があるらしく別行動となった。




