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怨念の異形神  作者: 神月裕二
終章
72/74

1

 

 今、義親の目の前で、眩い光が燃え上がっていた。

 獅天たちの身体から、信じられぬほどの生命エネルギーが奔騰しているのだ。

 身体といようりも、それは、心の奥深くから溢れ出す「光」そのものであった。

 それが、炎のようにゆらゆらと揺れている。

 義親は、足許が崩れつつあるという恐怖も忘れ去り、ただ、その暖かみと優しさのある輝きに見入っていた。

 ゆっくりと、三人が眼を開いた。

〝どうです? それが、あなたたちの本当の能力なんですよ〟

 圭一の声が脳裡に響く。

「これが、俺たちの……」

 獅天は、ゴオゴオと光り燃え続ける両手を見つめ、茫然と呟いた。

 自分の裡に、奪い去られていた自信が蘇ってくるのを感じる。

 やれる――

 それは、この戦いを勝利へ導くのに充分な自信であった。もはや三人に、〝ロゲス〟に付け込まれる隙はなかった。

「心配をかけたな、義親。もう大丈夫だ」

 獅天の声は、完全にいつもの調子を取り戻していた。

 心の持ちよう一つで世界そのものをも帰ることが出来る。

 この世を楽しいものにするか、つらいものにするかは、すべて我々の心次第なのだ。

 それを認識したとき、人は変わることが出来る。

「はい」

 義親が嬉しそうな笑顔を浮かべたとき、再び強烈な震動が彼らを襲い、四人は中空に放り投げられた。

 というよりも、ビルの崩壊に巻き込まれる寸前に、虚空へ舞い上がったのである。

 獅天たちは見た。

 ビルは〝ロゲス〟のぶよぶよした胴体から伸びた太い触手に絞り上げられ、握り潰されるのを。

 大小無数の瓦礫と化したビルが、次々に〝ロゲス〟の体内に呑み込まれ、吸収されていく。

 獅天たちは、光の球に包まれて空中に在った。

 鋭い鞘鳴りが三度。

 瞑想時に収めていた魔剣を、再び抜き放ったのである。

 刃は、不思議な輝きを帯びていた。

 生命の波動が、すでに魔剣に宿りつつあるのだ。

「――あっ!?」

 義親が声を上げた。

 触手が何本も〝ロゲス〟の本体から伸び、厄介な害虫の駆除に乗り出してきたのが見えたのだ。

 真下から。

 左右から。

 そして、正面と背後からも。

 これに巻き取られたら最後、生き残ることは出来ない。骨の髄まで瞬時にして溶かされ、奴の血肉となってしまうのだ。

 だが、もはや恐れはない。

 一斉に触手が彼らに向かってきたとき、風を切る鋭い音が連続し、光が交錯した。

 おお、見よ!

 剣より迸る霊光に触れた妖魔の魔手は、その刹那に分断され、塵と化して散っていくではないか!

 これこそ、生命の持つ霊子エネルギー。

 無限にして最強の浄化の光であった。

 一瞬で、獅天たちを襲った触手は姿を消した。

 地上にガン細胞のように出現し、その勢力範囲を広げていた〝ロゲス〟が今、声なき声を上げて、大地を、そして大気をも震撼させていた。

 常人ならば、聞いただけで魂を奪われてしまうほどの波動が、辺りに充満する。

 恐ろしいまでの狂気が渦を巻く。

「――いい、亜樹ちゃん。裕介くんのことが本当に好きなら、そのことを彼に伝えるのよ。好きだからこそ、救いたいんだって」

「――はい」

 優子が優しく声をかけると、亜樹は小さな声で返事をした。

 自分の役目、自分の運命を理解した。

 だが、戸惑いがないわけではない。

 それは当然だろう。裕介のことは好きだ。だが、自分たちが夫婦となることが遙か昔――前世から決められていたことなのだと告げられ、そしてまた、怨念の異形神の中心にいる少年を救えるたった一人の人間だと言われれば、誰だって困惑する。

 しかも、彼女はまだ中学生である。

 裕介のことを心の底から好きなのはわかる。何か、精神的なところでつながっていると感じたことも何度かあった。

 だが、それだけだ。

 自分の想いをどうやって相手に伝えればいいかなど、見当もつかない。

 しかも、相手は今や巨大で得体の知れぬ化け物の中にいる。

「どうすればいいの?」

 と亜樹が訊いたとき、優子は優しく微笑んで、

「全ては自分で見つけなきゃ駄目なのよ。他人(ひと)から教えられたのでは、意味がないの」

 と答えたものである。

 それがわかれば苦労はしない、と亜樹は思う。それでも何とかしなきゃ、と自分に言い聞かせると、亜樹は顔を上げて圭一を見た。

「――よし、行こう」

 圭一は宣言した。

 何とかなるよ。

 私の思いは、真実なんだから。

 真実は、必ず伝わるよ。

 亜樹の肩に大きな手が置かれた。

 見ると、熊谷が笑っていた。

 人の心をホッとさせる太い笑み。

 反対側では、黒部が元気づけるように頷いていた。

「大丈夫だ」

 と、それらは言っていた。

 そのとき、彼らの左手の道路に突如ヒビが走り、アスファルトをぶち破って〝ロゲス〟の触手が、その狂暴な顔を出現させた。

 一瞬の停滞もなく、触手が彼らを吸収しようと襲いかかる。

 その眼前に、スッと一つの美麗な影が流れてきて、その侵攻を阻んだ。

 優子である。

 優子の白い掌が、触手の表面に触れる。

 いや、触れる寸前であった。

 手から白光が迸り、触手を痕跡も残さず消滅させた。

「すげえ」

 黒部が声を上げる。

 先刻、黒部の放った光の数倍のパワーを感じるのだ。

 優子は息を吐いて長い髪を掻き上げると、走って圭一の隣に戻っていった。

「まだまだ、足許にも及ばんなぁ」

 黒部が肩をすくめる。

「一見すると、普通の高校生なんだがなぁ」

「ああ。だが、我等にとっては女神様さ」

 いきなり、二人は優子のファンになってしまったらしい。

 だが、その会話を耳にしながら、彼らの前を亜樹と歩く紀羅は、圭一と優子の背中を見ながら、その通りだと思った。

 神は、地上に再臨したのだ。

 ――

 今、〝ロゲス〟は大地と大気を振るわせながら、怨嗟の声を上げていた。

 地獄の底を流れる風の如き声――低周波の悪意の波動は、まさに〝ロゲス〟の苦悶そのものであった。

 身体が焼かれる。

 身体が消し飛んでいく。

 アレの光は、恐ろしい。

「クク。奴め、(ふる)(おのの)いてるぜ」

 獅天が魔剣で触手を薙ぎ払う。

 その通りだった。

 今まで、虫けらとしか捉えていなかった人間が、己れを滅ぼす絶対の力を手に入れて、再び目の前に立ちはだかったのである。

〝ロゲス〟は、再び攻撃を開始した。だが、その攻撃は、最後の悪あがきのように思えた。

 胴体のあらゆる箇所から無数の触手を伸ばし、少しでも多くのものを無に帰し、邪気の漂う不毛の地と化そうとしていた。

 胴体表面に見える人の顔の如き凹凸が、苦悶の表情を浮かべているように思えた。

「――やるぞ」

 触手を躱しながら、獅天がその意思を伝える。

 抑えていた生命の波動を一気に解放する。と、再び彼らの身体から白い光が奔騰した。

 天に向かって掲げられた魔剣に、生命エネルギーが集中していくのがわかる。

 何処を狙う?

〝奴の中心を。そこに、悪想念流の〝通廊〟と化した裕介くんがいます〟

 安田圭一の思念が届く。

「その〝通廊〟を狙えばいいのね」

〝はい。わかりますか?〟

「中心近くに、黒い穴が見えます」

〝そこです。そこに、生命の波動を注ぎ込んで下さい。そうすれば、怨念のエネルギーの流入は阻止され、この地上から消え去る筈です〟

「わかった。――後は頼むぞ」

〝了解です〟

 獅天が眼を閉じた。

 玲花も光炎もそれに倣う。

 狙いはわかった。

 今、三人は霊的な眼を開いて、黒い穴〝通廊〟を〝視〟ている。

 時間が経つにつれ、霊力が高まっていく。

 チャクラが次々に回転を始めていくのがわかる。

 チャクラとは、サンスクリット語で「車輪」や「回転」を意味し、エネルギーの出入り口となっている「光の輪」のことである。

 今、全身に七つあるチャクラが生命の波動を取り込み始める。

 霊力の華が開いていくのだ。それはやがて激しく回転を始め、宇宙エネルギーをも自らの力へと昇華していった。

 やがて、それらが頂点に向けて高まったとき、カッと三人が同時に眼を見開き、裂帛の気合いもろとも、三振りの魔剣を地上目がけて打ち下ろした!


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