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怨念の異形神  作者: 神月裕二
第6章 暗黒の支配者
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16

 

 獅天たちは佇立したまま眼を閉じ、心の平静さを取り戻そうとしていた。

 瞑想に入ってからすでに五分近くが経過し、今では、怨念の異形神の化け物じみた――事実化け物なのだが――奇怪な声も、破局の音も彼らの耳には届かない。

 獅天、光炎、玲花の三人の精神体は、今、肉体を離れ、遙か高次元の精神宇宙を旅していた。

 義親は、いつこのビルが〝ロゲス〟によって崩されるかとハラハラしている。

 圭一は言った。

 三人は、強くなった能力をうまく使いこなしていない、と。玲花は、心の何処かで戦いを拒否し、獅天と光炎は魔神の魔力をただがむしゃらに使っているだけだ、と。

 そう指摘されて、三人はようやく自分の心の隅にあった想いを理解した。

 確かにそうだった。

 戦いは無意味ではない。そう悟ったにもかかわらず、玲花はやはり戦いを拒んでいたのだ。

 自分たちがやらなければ、人の革新は訪れないと言うのに、玲花は、瓜生恵子でありたいと心の何処かで望んでいたのだ。

「あなたたちは、世界の希望なのですよ」

 圭一はそうも告げた。

 新人類の誕生する世界を守るのが、我々〝美槌〟なのだ。

「――もっと自然の力を感じるのです。戦っているのは、あなたたちだけじゃありません。人の、生き物の、そして地球の息吹を自分たちの力とするのです。――生の喜びこそが、我々の力の根源なのですから」

 今、三人の戦士は、急速に目覚めつつあった。精神力が強大になっていくにつれ、精神体が大きく成長していく。

 意識野が拡大され、さまざまな気配が感じ取れ、声が聞こえてきた。

 何という生命の鼓動か。

 何という、喜びと輝きに満ちた波動。

 三人は、自分たちの精神体(からだ)が眩く輝き始めるのを見た。

 生のエネルギーが、次々に体内に流れ込んでくる。

 人間は、独りでは決して生きられぬ存在(もの)なのだ。常に人間は他の存在とともに在り、他の存在によって生かされていると知れ。

 今こそ、人間は自然のもとへ還るべき(とき)なのだ。

 子が親のもとへやがて帰るように。

 そのとき、ついに〝ロゲス〟がビルの一階部分に押し寄せ、ビルを破壊し始めた。

 もの凄い勢いで、亀裂がビル全体に走り抜ける。

 ものの数秒で、ビルが崩壊を始めた。

「――!?」

 義親の顔が青ざめる。

 このままでは、崩れたビルの下敷きになり、意識の抜けた三つの肉体がぐしゃぐしゃになってしまう!

 そればかりか〝ロゲス〟に吸収されて……。

 残酷な映像が頭に飛び込んできたとき、義親はパニックに陥って、わけのわからない声を上げていた。

 その瞬間――


 紀羅は、自分の身体ごと光の球が、ある方向――地上に吸い寄せられるのを感じた。

 思わず壺を、ぎゅっと抱き寄せてしまう。

「な、何や!?」

 驚きの声を上げた紀羅であったが、すぐに、自分の身体をある波動が包み込んでいることに気づいた。

「これは、覚りし者の波動や。――呼んどるな」

 紀羅が、鋭い眼を波動の伝わってきた地上に向ける。

 唇を微笑の形に歪め、紀羅はそこに向かって移動した。

 そのとき、紀羅は一閃の箭と化して、夜の空を渡っていた。


 獅天たち三人が精神をその宇宙に飛ばしている間も、怨念の異形神の不定型な身体は成長を続け、凄まじい悪意の波動を放ち続けている。

 今や、その巨体は会津の小さな盆地の八〇パーセントを覆い尽くすほどにまで成長し、圭一たちの心を寒からしめていた。

 つい先刻まで、上空をやかましい音をまき散らして飛んでいた報道関係や自衛隊のヘリの機影は、今はもうなかった。

 アメーバ状の妖魔の放つ邪気にあてられてヘリの乗員が発狂したため、全て墜落し炎と煙の柱を〝ロゲス〟の体表面にたなびかせている。

 妖気は精密機械にも影響を与え、最新のヘリの操縦系統を混乱させていた。どちらにせよ、パイロットたちに助かる見込みはなかったわけだ。

 そしてマスコミのVTRや中継カメラの捉えた映像も凄まじいノイズにかき消され、その全容を映し出すことはなかった。

 が、時折ノイズの隙間に見える怨念そのものの姿が人々の心を凍りつかせ、崩壊した会津の光景が恐怖を煽り立てた。

 その映像も長くは続かず、やはりノイズの向こうに消え、突如、プツンと切れてしまうのだった。だが、別の映像に切り替わる寸前、テレビの画面は発狂したカメラマンやリポーターの声と、激しく回転して落下していく映像を伝えてくるのだ。

 そして、人は感じるのだ。

 これは、本当の映像なのだ。

 現実なのだ。

 心のよりどころのない人間にとって、この映像は衝撃的であった。

 人智を超えた存在――それは、生物なのか。――化け物の出現は人々の心をかき乱し、瞬時のうちにパニックに陥れた。

 その狂乱は恐怖の波動を放ち、人は〝ロゲス〟から逃げようとして、逆に囚われていくのだ。

 圭一と優子には、全てのことが眼前で行われているかのように見て取れた。

 会津の街は、すでに崩壊した。

 崩壊と言っても、近畿地方のような瓦礫の残る墓場とはならない。

 全ての消滅。

 怨念の異形神をたとえ浄化できても、地上には何も残らない。文明の残滓すらない、不毛の荒野と化すだけだ。

 小林裕介が、それを望んだのだ。

「――圭一、来たわよ」

 優子が彼の手を引き、西の方角を指さした。

 一条の光が、彼らの方に向かってすっ飛んでくる。

「ああ。紀羅くんの到着だ」

 圭一が、ニヤリと笑った。

「自分か、俺を呼んだんは」

 地上に降り立った紀羅が圭一にそう訊いた。

 ちなみに、関西弁では「お前」や「あなた」のことを「自分」というのである。

「そうだ。安田圭一と優子だ。よろしくな」

「安田圭一? 優子? まさか――」

「そう。あのときの生き残りよ」

「そうか。このときのために生き残ったんか」

「いや。覚醒するためさ」

 圭一がそう言って差し出した右手を、紀羅がぎゅっと握り返した。

 その眼が、圭一の背後の三つの人影を捉える。三人が、口をぽかんと開けて、突如空より舞い降りてきた少年を見つめていた。

「あ! おった!」

 紀羅が声を上げる。

「おったで! 自分を探しとったんや!」

 紀羅は、ごめんなさいよ、と圭一と優子の間をすり抜け、その少女の前に立った。

「――!?」

 優子が、かわいらしい仕種で首を傾げる。

 亜樹はまだ、茫然と少年を見つめたままだ。

 紀羅が、自分の手を取って振っていることにも気づいていない。

「――ん? どないしたんや?」

 ようやく、紀羅は亜樹たちが無反応なのに気づいたようである。

 優子は、その様子のおかしさに、思わずクスクスと笑ってしまった。

「あなたがね、いきなり空から下りてきたから、びっくりしてるのよ、みんな」

「あ、なんや。そりゃ悪かったな、びっくりさせて」

 紀羅がそう言ったとき、その顔に浮かんだのは、実に少年らしい、はにかんだ表情であった。

「――ね、ところで、どうして亜樹ちゃんを探していたの?」

「うん。裕介をな、救ってやってほしいんや」

 紀羅は、真剣な眼差しになって言った。

 圭一は感心したように、ほうと声を上げ、優子はその答えに満足した笑顔を見せた。

「…裕介くんを、私が…?」

 と圭一。

「何でって…。うーん。何となくやな」

「くくく。実に君らしい答えだ。実はね、今、彼女に話していた所なんだ。彼を救うのは、君の役目だって」

「――!?」

 圭一は紀羅に、そのことを話して聞かせた。

 全ては、運命なのだ。

「そうか。じゃあ、これはあんたのもんや」

 紀羅は、大事に抱えていた〝ふうまの壺〟を、そっと亜樹に手渡した。

 その壺が持つ強大な力。それを亜樹に伝え終えると、

「その壺を使うかどうかは、自分に任せるで」

「――じゃあ、いらないわ。その妖って人に返しておいてください。一生懸命やって、必ず、裕介くんを取り戻してみせるから」

 亜樹は決然と眼差しを上げ、そう告げた。

 壺を受け取り、紀羅はニコッと笑った。

「頼むで。俺もな、みんなと一緒やねん。あいつがな、好きやねん。――だから…」

「――うん。ありがとう」

 亜樹が、涙ぐんで応えた。

「さて、ところで、どうやってあいつの所までいくんや?」

 紀羅が訊いたとき、思わず圭一はこけそうになってしまった。

「な、なんだ…? そこまで考えてはいなかったのかい?」

「せや。そこが、わいのええ所やねん」

 胸を張って答える。

「あははは。――まあいい。そのことは心配しないでいいよ。もうじき――」

「もうじき――?」

 そのとき、紀羅は大地が震え出すのを感じた。

 地震ではない。

 怨念の異形真の仕業でもない。

 それは、なにかもっと根源的なエネルギーの発現だ。

 そして震えているのは大地だけではなかった。

 山も、川も、海もそして空気までも、地球の全てが震動し始めている!

 凄まじい生命の波動だ!

「な、なんや、このエネルギーは!?」

「獅天さんたちだよ」

「――!?」

「あの人たちが、ついに目覚めようとしているんだ」

 圭一は言った。

「人が進むべき途を切り拓くこと。それが、あの人たちの役目だったんだ」

 紀羅は〝視〟た。

 はるか遠方の、崩れ行きつつあるビルの屋上に、このとき眼も眩まんばかりの光が奔出するのを。

 それは、浄化の光であった。

 そして――

 その瞬間(とき)――

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