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怨念の異形神  作者: 神月裕二
第6章 暗黒の支配者
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15

 

「わかったかい?」

 亜樹が、とまどいながらも頷く。

「OK。――さて、行こうか」

 圭一が一歩、〝ロゲス〟の方に足を踏み出したとき、彼の眼に、その光が見えた。

 怨念の異形神の遙か上空に、三つの光が浮遊している。

 常人の眼では決して捉えることの出来ぬ光景を、圭一の眼は見ることが出来た。

 一つの光球から炎の龍が〝ロゲス〟に疾る。と、それと同時に烈風が巻き起こり、清冽な蒼い光のシャワーが降り注ぐ。

 妖魔の一部が、それら三つの攻撃を同時に受け、霊的な化学変化を起こして消し飛んでいった。しかし、それだけだった。

 消滅した部分を、すぐに他のゼリー状の組織が埋め尽くし、新たな体組織を増殖させ、元通りに再生してしまう。

「先生たち、苦戦しているな」

「ええ。せっかく強くなった能力を、うまく使いこなせていないみたい…」

「このままじゃ、奴の成長を止めることは出来ない」

 圭一の言う通りであった。

 誕生当初は、全幅百メートル、全高四〇メートルほどの大きさであった怨念の異形神が、わずか数分の間に十数倍もの大きさに成長していた。

 〝ロゲス〟の頭上より怒濤の如く雪崩れ落ちている悪想念の量が、ほんのわずか減少していた。

 妖が、あの空き地に開いていた〝穴〟をふさぎ、魔界からの妖波動の流出を阻止した所為もあるだろう。〝穴〟は、空間を歪めて、相を移せば閉じることが出来る。その作業はかなりの霊力を費やすが、本来の記憶とともに魔力をも取り戻した妖――ダークにとって、それは容易な仕事であった。

 しかし、この地上にあふれ、渦を巻き、怨念の異形神に注ぎ込まれる悪想念の量からすれば微々たるものだ。

 悪想念は日本だけでなく、世界中から集められ、〝ロゲス〟のもとに下っているのだ。

 もはや、〝ロゲス〟の体内に取り込まれた少年は、異形神に悪想念を送り込むだけのポンプと化していた。

 異形神は成長を続ける。

 人々の恐怖の叫び、泣き声、悪意の波動を啖って、やがて世界を覆い尽くすほどに大きく成長するだろう。

 この地上の人類全てを呑み尽くすまで。

 獅天たちはそれを阻むべく、光の球に包まれたまま空中より能力を放つが、全く効果がない。

 いくら能力の全てを放出しても、異形神のおぞましい姿は厳然として眼下にある。

 いや、それどころか――

 獅天は、自分たちが能力を振るうたびに、〝ロゲス〟の姿がわずかながら大きくなりつつあることに気づいた。

 人々の怨念を吸収し成長を続け、同時に、自分たちが放った能力をも吸収しているというのか。

 その疑惑は、獅天の視界の隅で玲花が〝月影〟を振るったとき、確信に変わった。

 やはり、大きくなっている……。

 獅天は、玲花たちにテレパシーを送って、自分の所に集まるよう告げた。

 三つの光球がこちらに向かってくるのを見て、獅天は〝ロゲス〟から少し離れた地点にあるビルの屋上へ降り立った。

「――駄目だ。下手に攻撃すると、奴を成長させるばかりだ」

「どういうこと?」

 玲花が表情を曇らせて訊いてくる。

 獅天は、彼の感じたことを事実として、玲花たちに伝えた。

「私たちの能力の波動さえも、異形神は吸収しているというの?」

「――ああ、恐らくな」

「では、奴を止めることは、出来ないのでしょうか」

 そう訊いてきた義親は、今にも泣き出しそうだった。

「落ち着け、義親。俺だって、この事実に打ちのめされているんだよ。俺たちの能力は、奴の前ではこんなにも無力だったんだ」

「…しかし…」

「所詮、俺たちは人間なんだ。人間に過ぎないんだよ。どう逆立ちしたって、神には勝てんよ」

「神――?」

「怨念の異形神――奴は、曲がりなりにも神なんだ。全てを混沌に変える破壊の神さ」

「くやしくはないの、獅天」

 玲花の声が、獅天の胸に突き刺さる。

 彼女の綺麗な瞳が、真っ直ぐに獅天を見つめていた。

 ああ、俺は、お前のその瞳に、これまでどれほど勇気づけられてきたことか。弱気になったとき、俺はお前を思い出し、己れを奮い立たせてきた。

 だけど、今回はもう無理だ。

 かなわない。

「俺たちの能力は、以前に比べて数倍、いや、もしかしたら数十倍にも強くなっている。空中を飛びながら、何度魔剣を振るっても、見ろ、息一つ乱れちゃあいない。俺たちは、魔神をも克服し、その強大な魔力を手に入れた。魔神を支配したのも、未知への恐怖を克服したのも、全て、勝利を信じていたからだ。

 いや、勝利を信じるお前の言葉を信じていたからだよ、玲花。だが、もう終わりだ。人の吐き出す悪想念の塊を相手に、どうやって戦うというんだ。俺たちの敵は、いわば、人間の醜い心そのものなんだぜ」

「……獅天、弱気にならないで」

 玲花が、哀しそうな表情を浮かべる。

「きっと、勝つ方法があるわ」

「そうです。紀羅の帰りを待つのです。必ず、覚りし者たちを連れて戻るまで」

「――すでに、死んでいたら?」

「獅天、何てことを!」

 玲花は愕然となって叫んだ。

 そして悟った。

 獅天はもとから感情をストレートに表現する性格(タイプ)だった。喜び、怒り、笑い、悲しみ…。

 その性格が、もしかしたら心の隙を生み、怨念の異形神の放つ波動につけ込まれているのではないか。

 このままでは、獅天は〝ロゲス〟に取り込まれて、操り人形と化してしまう!

 どうすれば、いいの…?

 そのとき、彼ら四人の心に響きわたる声があった。

 暖かい、そして光のように輝く波動であった。


〝大丈夫です。打ち克つ術はあります〟


 その波動は、彼らの心にそう告げて、全身に染みわたっていった。

「誰だ!?」

 獅天が叫ぶように言う。

「こ、この波動(こえ)…まさか…圭一くん!?」

 玲花が驚きを露わに叫んだとき、四人は心の底から湧き上がる何かを感じていた。

 それは、体内に澱のように沈殿していた毒素を押し流すかのような勢いで、彼らの体内に広がっていく。

〝ええ。ご無沙汰してます、先生。いや、今は、玲花さんかな?〟

 まだ、ほんの二週間も経っていないと言うのに、本当に久しぶりのような気がする。

 それほど、さまざまなことがあったのだ。

「どうして、私の名前を?」

〝わかるんですよ、僕には。何もかもが。そこにいるのが、獅天さん、光炎さん、義親くんで、もうじき紀羅という少年がここにやってくるということも〟

「じゃあ、圭一くん、あなた、覚醒したのね」

 玲花は、知らず涙を流していた。

 感動の涙だ。

 わずかな期間であったが、彼女は少年の先生であった。その教え子が今、覚りし者として人類の変革を迎え、ここに来ているのだ。

 この、絶望の戦場に。

 強くなった。

 大きくなった。

 それを感じさせる波動であった。

〝僕だけじゃありません。――優子も、ともに覚醒して、今ここにいます〟

 圭一の声ならぬ声は、他の三人の心にも谺していた。

 絶望が、今、希望へと変化した。

 えも言われぬ感動が、彼らの全身を突き抜けたとき、彼等は身体が興奮にわななくのを止められなかった。

 ついに人は、変革の道を歩み始めたのだ!

「――どうやら」

 獅天が声に出した。

 その声は、もはや、先刻までの恐怖に怯えた弱々しい声ではない。

「弱気を見せた途端に、奴につけ込まれていたらしいな」

 獅天が、涙を拭いながら、照れくさそうに言った。

「圭一君の波動が、奴の悪想念を、俺の身体の中から追い払ってくれたよ。ありがとう」

〝いいえ。間に合って良かったです〟

 あと少し遅れていれば、獅天の精神は完全に〝ロゲス〟に取り込まれ、支配した魔神の魔力もろともにゲシュタルト崩壊を起こし、悪魔の手先となっていたであろう。

「心配をかけたな、玲花。もう大丈夫だ」

 頭を掻きながら、獅天が言った。

「一時はどうなることかって、本気で焦ったんだからね」

 玲花は、腰に手を当てて、生徒を叱る教師のような口調で言った。

「すまねえ」

「――ところで、圭一君」

 光炎が、二人の会話を遮るように圭一を呼んだ。返事が、頭の中に直接伝わってくる。

「奴――怨念の異形神に打ち克つ術があると言っていましたね?」

「そう、それだ! どうすればいい?」

 獅天が思い出したように喚く。

 もう完全にいつもの調子だ。

〝簡単です〟

 と、その波動は告げていた。

〝奴の嫌いなエネルギーを与えてやるのです〟

「嫌いなエネルギー?」

 と玲花。

〝奴は、負のエネルギーの集合体です。負のエネルギーとは、すなわち怨み、つらみ、妬み、嫉み、悲しみ、恐怖、憎しみといった昏い波動のこと。ならば、その逆の波動をぶつけて、想いを中和させてやればいいのです〟

「そうか! 昏い波動は死と絶望を呼ぶから、その逆の、生きようとする波動――生命の波動をぶつけてやればいいんだ!」

〝その通りです、獅天さん〟

「この波動(こえ)は、優子ちゃんね」

〝はい〟

 優子が、微笑んでいるようだ。

「しかし、どうやってぶつけるんです?」

 光炎が訊く。

〝あなたたちの魔剣で〟

 これは、圭一だ。

「しかし、奴には、俺たちの能力は……」

〝通じなかったと〟

「あ、ああ。残念ながらな」

 そう言う獅天の声は、暗く沈んでいた。

 そのことを思い出すと、つい弱気になってしまう。

〝確かに。今のままでは〝ロゲス〟を退かせることも出来ないでしょう〟

「今のままでは?」

 眉宇をひそめて光炎が問う。

〝これから、あなたがたに、本当の能力の出し方を教えます。そのために、僕は声をかけたのですから〟


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