勘違いとお仕事中の旦那様 2
目の前にいるのは、じい、ことドルアス・リーゼ様だ。その名字から、この国の王妃を輩出したこともある格式高いリーゼ伯爵家に縁があることがわかる。
王弟殿下の屋敷の執事長を勤める彼は、しかし私に柔和な、しかし有無を言わさない印象の笑顔を向けた。
「奥様」
「はっ、はい! じい!!」
「よろしゅうございます。さて、夫の仕事場を覗きたいと?」
「えっ、仕事場というか、その……」
まさか、ジェラルド様が軍法会議に掛けられているのではないかと不安で、様子を見に行こうとしていたなんて、言い出せるはずもない。
そして、なぜかドルアス様の後ろには、ドレスや装飾品を抱えた侍女、レテリエがいる。
「レザンがどう言ったかは知りませんが、夫の仕事場を訪問する。これは、妻にとっての戦と言っても過言ではありません」
キラリ、とドルアス様の瞳が光る。
ある意味、戦には違いない。
私は、今まで王太子妃として知り得たすべての貴族の弱みや秘密を暴露する覚悟で、ジェラルド様の元に向かおうとしているのだから。
「さあ、このレテリエにお任せ下さい。私たちの奥様こそが、王国一の貴婦人だと、知らしめて差し上げましょう!」
「え? 目立たない格好のほうが、良いのでは?」
引きずられる勢いで、クローゼットルームに連れ去られる私。
なぜか、視線の向こうでは、ドルアス様が笑顔のままレザン卿に詰め寄っている。
「……まだまだ、未熟な貴様では、奥様の立場をお守りしながら王宮に行くなどできまい。今回は、見学しているように」
「そんな、ドルアス様!」
「ふむ、このドルアスに逆らうか?」
不穏な会話そのものだ。
いつも執事長らしく、柔和な笑みを浮かべているドルアス様には、何か秘密があるのだろう。
「レザン卿は、長年、王家の影を勤めていたのよね。でも、二人はまるで長年の戦友のようだわ……?」
「ふふ、さすが奥様です」
「レテリエ……?」
「でも、今は、最高の貴婦人としての武装のための時間です」
「武装……」
そう言った侍女のレテリエは、やはり有無を言わさない印象だ。
「さあ、参りますよ!」
「あ、あの!?」
こうして私は、クローゼットルームに押し込まれる。そう、煌びやかすぎるクローゼットルームに。
「なに、これ……」
そこには、すでに色とりどりのドレスが並んでいた。しかも、その一つ一つが、王妃様がお召しになるものより、豪華にすら見える。
「もちろんすべて、奥様のドレスです」
「え? なぜ!?」
「ジェラルド・ラーベル王弟殿下の奥方、あるいはラーベル公爵の奥方になるというのは、つまりこういうことなのです」
「えっ、えっ!?」
どういうことなのだろう。
王太子の婚約者として過ごしていた日々でも、こんなに豪華なドレスを着たことなんてなかった。
いや、ドレスがワインに汚されたり、靴に泥を塗られたあとは、このレベルのドレスを着ていたかもしれない。それは、ジェラルド様からの贈り物で、つまりこの部屋もそういうことなのだろうか。
「……えっ?」
「こちらなんていかがでしょう? 銀の竜の鱗を加工したビーズを縁飾りにあしらったドレスです」
たぶん、そのシリーズの靴をすでに持っています……。とは、流石に言い出せなかった。
銀色の美しい靴は、もう小さくて履くことができないけれど、今でも大切な宝物だ。
ジェラルド様が下さったものだとわかった今、私の中では、国宝級の代物だ。
「あら、ここにお揃いの靴もありますね」
「えっ」
一目で格の違いを周囲に見せつけるようなドレスの足元にさりげなく置かれているのは、あの時の靴と同じデザインのサイズ違いだ。
「これに、いたしましょう!」
「えっ、これ以上目立つのは」
「美しさと煌びやかさと、豪華さこそが、貴婦人の武器なのです!」
「えぇ……」
ジェラルド様を助けに行くのに、こんなにキラキラの服装なんて、と思いながらも、誘惑に負けて靴に足を滑り込ませてみる。
思った通り、抜群の履き心地だ。……もちろん、もう知っていた。
「……この靴だけで、いくらするのかしら」
「素材は、旦那様がご自分で狩ってらしたので、問題ありません」
「……素材を買ってから作ってもらったのなら、少しお安くなるわね」
「その通りです」
「……」
一瞬、ジェラルド様が狩ってきたように聞こえてしまったのは、気のせいに違いない。
残念ながらじいに阻まれたので、次回お仕事中のよそ行きイケオジたちにお目見えできるはずです!!




