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【ユレイシア貴族連合王国】城主(19)

 ――クァンリー城地下牢獄にて


 水滴の滴る音と、ネズミの鳴き声を聞きながら、レイ・ハオランが何もない独房の床で、一人静かに瞑想にふけっていた。

 サトル達のいる陣から帰ってくると同時に、ハオランは理由も話されず城兵に拘束され、そのままこの地下独房に収監された。


 その際、ハオランは不気味なほど落ち着いており、特に抵抗することもなかったという。


「……う、うん?」


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 地上に続く階段から、足音が聞こえてきた。人数は恐らく一人。


「随分と……遅かったじゃないか」


 その人物が姿を見せるより早く、ハオランが声をかける。


「危うく修行僧になっちまう所だったぞ。――なぁ、ガルグ?」

「……よく分かったな」


 ハオランの呼びかけに応えるように、クァンリー城城主補佐ガルグ・ディリップが姿を見せた。


「まぁ、こんな時間にこんな場所に来るのはお前しかいないだろうからな」

「違いない」



「……レイ、気分はどうだ?」

「当ててみな」

「悪い」

「不正解。最悪だよ。せめて敷く物ぐらい用意しておいてくれ。ケツが冷たくてしょうがない」


 吐き捨てるように、ハオランがガルグに愚痴をこぼす。


「それで?何の用だガルグ。まさか、釈放してくれる気になったか?」

「……いや、先程お前の処刑が決まった」

「……」


 自分の言葉をバッサリと切り捨てるその決定に、思わずハオランが固まった。


「すまない。色々頑張ったんだが、キストラ様の意思は固くてな。話をつけて戻ってきた筈なのに、北の賢者の軍勢に何の変化も無いことが、決定打だった。処刑を引き下げることはできなかった」

「だろうな。実際、説得には失敗したし。で、俺はいつ処刑されるんだ?」

「それはお前次第だ」

「は?」

「今からお前は、飲まず食わずで、死ぬまでこの地下牢で過ごすことになる」

「ハンッ、糞尿垂れ流しながら、餓死しろってことかよ。シュミの悪いことだな」


 ゴロンと不貞腐れたように、ハオランが独房内で横になる。


「……余裕そうだな」

「そう見えるか?」


 死刑宣告を受けたのに、そこまで動じないハオランの様子にディリップが首を傾げる。


「……北の賢者と、何の約束をしてきたんだ?」

「別に何も?」

「とぼけるな。自分が助かる算段でもついていなければ、死刑宣告を受けたのに、その余裕な態度はないだろう」

「別に、ただ投げやりになってるだけかもしれないだろ?なにせ、仕事に成功した暁に支払われる筈の『相応の礼』が処刑だったんだからな。やってられるかっての」


 皮肉たっぷりに、ハオランがディリップの問に答える。


「仮にあったとしても、お前らに話す義理はないね。俺は商人だ。物がほしければ、相応の対価を払うんだな。金額次第では売ってやるよ。処刑待ちの俺に、ふさわしい対価って奴をね」

「やはり、北の賢者の軍勢は、近い内にこの城に攻め込んでくるんだな?」

「なんだ、やっぱり分かってるんじゃないか。その上で聞くとは流石ガルグ、意地が悪い」


 ムクリとハオランが起き上がり、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。


「お前も大概だと思うがな」

「そいつは、心外だねぇ。で、ガルグさんよ。それが分かったところで、君等はどうするね?」

「……この城は小さくはないが、特段大きな城でもない。今の兵力では、三千の敵相手に持ちこたえられるわけもない。まして、上に立っているのがあの男ではな」


 ディリップが、どこか諦めにも似た表情を浮かべる。


「なぁ、ガルグよ。そもそもこの城は、火急での戦力増強が必要なほど、領主に兵を奪われていたのか?」

「まさか。それぐらいは考えて、派遣する兵の数は調整している。だが、キストラ様はあの性格だからな……」

「性格じゃないね。単純に、多くの恨みを買っていることを自覚してんだよ。だから、ガチガチに身の守りを固めていないと不安になる」


 ハオランが吐き捨てる。


「性格だろうが、自覚だろうが、今更何も変わらん。この後に及んで、あの男は事態の深刻さに気がついてない。何かが起きて、あるいは誰かが何とかして、あの軍勢が帰ってくれると本気で思っているんだ。この城は、もう終わりだよ」

「おいおい、神童ガルグともあろう男がなんて顔してんだ。うちの家から借金までして、村を飛び出した時の、あの気概はどこに行ったんだ?」

「そんな事もあったな。だが、あの時とは違うのさ。今の俺には立場というものがある」

「立場、ねぇ……」


 その言葉にハオランの様子が変わる。


「なぁガルグ、お前は満足か?こんな立場で?」

「なに……?」

「この程度の地位で終わって、納得できるのか?この程度のモノを得るために、お前は村を飛び出したのか?絶対に成り上がってやると奮起した、あの時の気概を思い出せよ」


 どこか焚きつけるかのような挑発的な声色で、ハオランがディリップに語りかける。


「言っておくが、俺だって無事を確信してるわけじゃない。アスカイが城を攻め落とす前に、城主の気が変わって、処刑を断行されたらお終いだからな。だから、確実なものが欲しい」

「レイ……何を……言っている……?」

「北の賢者アスカイ・サトルは凄いぞ。はっきり言って化け物だ。なにせ、たった一年で数百人規模の村を、数千人を超える規模の都市にしたんだからな。城の運営だって容易くこなせるさ。その後の更なる発展もな」

「ハオラン、まさかお前は……」

「神童と謳われた頭を使って考えろ、ガルグ。どうしたら、一番犠牲が少なく済むのかをな。そんなに難しいことじゃない筈だぞ。お前ならな」

「それは……」


 ハオランの声色に、徐々に危険な色が帯びていく。


「お前ら、お役人様の主従、常識はどうだから知らないがな、俺は商売人だからなぁ?置いておく価値がないと判断した商品を、いつまでも商品棚になんて置いておかないし、手を組む価値がなくなった相手との契約は、速攻で破棄させてもらう。利益の前じゃ情けなんて、二の次、三の次さ」

「……」


 そして、ディリップはその色に魅入られた。


「くくっ……なぁ、ガルグ。『あの時の気概』を思い出せよ」

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