第8話 四つ目の枠は、一番地味なやつで
「レベル、上がった」
ダンジョンを出たところで、俺はステータスを開いた。
名前:ユーリ
年齢:16
職業:罠師
レベル:5
HP:45/45
MP:34/34
力:11
体:12
速:14
器用:19
魔力:17
スキル:【罠術】【棒術】【隠蔽】【 】
ユニークスキル:【よみがえり】(使用済み)
一年かけて4まで上がったレベルが、たった一日で一つ上がった。
そして、スキルの欄に、空っぽの枠が一つ増えている。
「おおお! ユー坊、枠が増えたんだろ!?」
ニックが、俺の肩をばしばし叩いた。
冒険者は、最初に三つのスキルを持っている。
そしてレベルが5上がるごとに、スキルを入れる枠が一つ増える。
空いた枠には、「スキルの書」を使って新しいスキルを覚えることができる。
俺にとっては、初めての四つ目の枠だった。
「何入れるんだよ。剣術か? やっぱ剣術だろ! 罠師が剣も使えたら最強じゃん!」
「俺、棒術持ってるけど」
「棒より剣のほうがかっこいいだろ!」
基準がそこなのか。
「回復系もいいんじゃない?」
ミーナが言った。
「ユーリが自分で傷を治せたら、わたしも少し安心できるし」
「それは……確かに」
ガルドは、何も言わなかった。
ただ、「好きにしろ」という顔をしていた。
翌日。
俺たちは、冒険者ギルドの奥にある、スキルの書の売り場に来ていた。
壁一面の棚に、革表紙の書がずらりと並んでいる。
書には区分があって、一番手に入りやすいのが「コモン」、その上が「アンコモン」、さらに「レア」。
もっと上もあるらしいが、こんな地方の売り場には並ばない。
それぞれの書には、推奨のレベルが書いてある。
推奨より低いレベルで覚えると、効果が半分になってしまう。
「【剣術】、コモン、推奨レベル5。銀貨二枚……」
値札を見て、ニックが固まった。
「……高え」
銀貨二枚。
いつもの安宿に、一週間近く泊まれる値段だ。
宿代と食費でかつかつの俺たちの財布には、とても入っていない。
「回復系は……【自己治癒】、アンコモン、銀貨五枚」
「無理だね」
ミーナがあっさりあきらめた。
「ユーリくん、こっちの棚もあるわよ」
声をかけてくれたのは、新人担当の受付嬢、エルザさんだった。
栗色の髪をきっちりと結い上げた、二十代半ばくらいの細身の女性だ。
事務的で、いつも無表情だけど、俺たちみたいな新人のことをなぜかよく見ている人だ。
エルザさんが指さしたのは、売り場の一番端。
ほこりをかぶった、小さな棚だった。
「売れ残りの棚。人気のない書は、ここで値下げしているの」
並んでいたのは、【罠強化】【罠の持続】【毒耐性】、それから聞いたこともない地味な名前の書ばかりだった。
「罠系の書が、多いですね」
「罠師が少ないから、買う人がいないのよ。ダンジョンで拾われても、ここに流れてくるだけ」
罠師の不人気ぶりが、こんなところにも出ていた。
でも、安い。
どれも、大銅貨数枚で買える。
俺は、棚を端から順番に見ていった。
【罠強化】。罠の威力が上がる。悪くない。
【罠の持続】。罠が消えにくくなる。これも悪くない。
その中に、一冊だけ、毛色の違う書があった。
【魔力回復】。
コモン、推奨レベル3。大銅貨八枚。
説明には、「MPの自然な回復が、少し早くなる」とだけ書いてある。
「それ、一番地味なやつじゃねえか」
ニックが、のぞき込んで言った。
「戦いの役に立たねえだろ、それ」
「いや」
俺は、その書を手に取った。
「これにする」
「は!?」
ニックとミーナの声が、きれいに重なった。
(だって、MPがボトルネックなんだよな)
隠し部屋から逃げた時、俺を一番追い詰めたのは、HPの少なさでも、敵の数でもなかった。
MPが、足りなかったことだ。
罠を一つ置くたびに、MPが減る。
MPがなくなったら、罠師は何もできない。
どんなに強い罠を覚えても、置けなければ意味がない。
だったら最初に伸ばすべきは、置ける回数のほうだ。
前世のゲームでも、そうだった。
派手な技を覚える前に、まず燃料を確保する。
それが一番、長く戦える。
「罠はMPを使うだろ。MPの戻りが早くなれば、その分、罠をたくさん置ける。一番効くのは、たぶんこれなんだ」
「……分かるような、分かんねえような」
「ユーリって、昔からそういうとこあるよね。みんなが欲しがらないもの選ぶの」
ミーナが呆れたように笑った。
エルザさんが、ほんの少しだけ、眉を上げた。
「……変わった選び方ね」
それだけ言って、会計をしてくれた。
大銅貨八枚。
俺の財布は、ほとんど空になった。
書を開くと、ページが淡く光って、光が俺の胸に吸い込まれていく。
ステータスの空っぽだった枠に、【魔力回復】の文字が浮かんだ。
地味だ。
でも、これで、俺はもっと罠を置ける。
その足で、俺たちはダンジョンで集めた素材を売りに行った。
いつも使っている、ギルド近くの買取の店。
店主のゴードンさんは、腹の出た中年の男で、新人の素材もいつも買い取ってくれる。
脂ぎった丸い顔に、細い目。太い指には、いつもいくつもの指輪が光っている。
「スライムの核が四つ、ね。はいはい」
ゴードンさんは、カウンターに並べた核を、面倒くさそうに指でつまんだ。
そして、その指が止まった。
「……ほう」
核を明かりにかざして、くるりと回す。
スライムの核は、普通、剣や魔法で倒すと傷がつく。
でも、俺の罠で倒したスライムの核は、槍が体を貫いただけで、核そのものには傷ひとつなかった。
ゴードンさんは、指輪の一つを、親指でゆっくりとなでた。
「いつもと同じ、一つ鉄貨五枚。四つで、銅貨二枚ね」
ゴードンさんは、いつもと同じ値段で金を払った。
いつもと同じ、のんびりした口調だった。
でも、俺は見てしまった。
核をしまいこむ時、ゴードンさんの目が、一瞬だけ、きらりと光ったのを。
お読みいただき、ありがとうございます。
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、
ブックマークや、下の☆☆☆☆☆での評価をいただけると、とても励みになります。




