第7話 罠師がレベルの上がらない、本当の理由
二日後。
リーデンの縦穴、一層。
入口から差し込む外の光が、まだぎりぎり届く場所で、俺たちは足を止めた。
「ここから先は、行かない」
ガルドが、地面に線を引くみたいにつま先で床をこすった。
過保護だ。でも、約束は約束だ。
「で、ユー坊。何を確かめるんだ?」
ニックが聞いた。
「罠師が、レベルの上がりにくい理由」
「それ、罠師だからだろ」
「本当にそうなのか、確かめたい」
俺は、三人に説明した。
魔物を倒すと、体の奥に温かいものが流れ込んでくる。
冒険者なら誰でも知っている感覚だ。あれが、強くなるための力――経験値だと言われている。
「でも、罠で魔物を倒した時、俺はあの感覚をほとんど感じたことがないんだ」
ただ一度だけ、例外があった。
五日前、あの隠し部屋で、すぐ目の前のゴブリンを罠で倒した時だ。
何かが流れ込んできた気がした。
あの時は必死すぎて、気のせいだと思っていたけれど。
「そりゃ、罠が倒したからじゃねえの?」
「罠を作ったのは俺だ。剣で倒した時に剣が強くなるわけじゃないだろ」
「……言われてみりゃ、そうか」
ニックが腕を組んだ。
「じゃあ、何が違うんだ?」
「それを、今日調べる」
最初の実験は、いつもどおりのやり方だ。
一層の通路の曲がり角に、【地穿ちの槍】を一つ仕掛ける。
スライムがよく通る道だ。
仕掛け終わったら、みんなのところまで戻って待つ。
罠師は普通、そうする。罠のそばにいたら、自分が危ないからだ。
しばらくして、ニックが顔を上げた。
「……今、刺さった音がした。ぐちゃっていう、スライムのやつ」
ニックのユニークスキル【早耳】は、遠くの小さな音が聞こえる。
こういう時は本当に便利だ。
「ユー坊、何か感じたか?」
「……何も」
体の奥は、しんと静かなままだった。
「やっぱりな。罠で倒しても、何も入ってこない」
二つ目の実験。
同じ曲がり角に、もう一度罠を仕掛ける。
ただし今度は、戻らない。
罠から五歩ほど離れた岩陰に、身を低くして座り込む。
そして、【隠蔽】を使った。
【隠蔽】は、気配を消すスキルだ。
今まで、罠を魔物から隠すためにしか使ったことがなかった。
でも、自分の気配だって消せるはずだ。
(罠のそばで、隠れて待つ)
前世のゲームなら、よくある手だ。
仕掛けて、物陰に隠れて、敵が引っかかるのを待つ。
岩陰で、じっと息をひそめる。
遠くで、ガルドが盾を構えたまま、こっちを見ているのが分かる。
ぬるり、と。
通路の奥から、青いスライムがはってきた。
ゆっくり、ゆっくりと、曲がり角に近づいてくる。
そして、罠の上に乗った。
床から槍が突き出して、スライムが弾けた。
その瞬間。
「――っ」
体の奥に、温かいものが流れ込んできた。
小さい。
スライム一匹分だから、ほんのわずかだ。
でも、確かに感じた。
「……入った」
声が震えた。
「入ったぞ、ニック!」
「マジかよ!」
遠くからニックの声が返ってくる。
罠で倒しても、経験値は入る。
入らなかったのは、罠師だからじゃない。
離れていたからだ。
そこから先は、ひたすら検証だった。
罠から五歩。入る。
十歩。入る。
十五歩。かすかに入る。
二十歩。入らない。
(魔物が倒れた時に、近くにいたやつにだけ入る)
前世のゲームでも、こういう仕組みはよくあった。
戦闘に参加していないと、経験値がもらえないやつだ。
この世界の罠師は、罠を仕掛けたらすぐに離れる。
猟師が獲物の罠を仕掛けて、家に帰るのと同じように。
だから、罠でどれだけ魔物を倒しても、経験値が入らない。
「罠師はレベルが上がらない」なんて、そんなのは仕様じゃなかった。
使い方が、間違っていただけだ。
「……マジかよ」
戻ってきた俺の話を聞いて、ニックがぽかんと口を開けた。
「じゃあ、今までの罠師って、全員損してたってことか?」
「たぶん」
「ひでえ話だな……」
ミーナが、心配そうに眉を寄せた。
「でも、罠のそばに隠れてるってことは、魔物のすぐそばにいるってことでしょ。危なくない?」
「だから【隠蔽】を使う。それに、罠で倒すんだから、魔物は俺に届く前に止まる」
「……理屈は分かるけど」
ミーナの心配はもっともだった。
それは、六回目の検証の時に分かった。
岩陰で、いつものように息をひそめていた時だ。
「――ユー坊。動くな」
遠くから、ニックの押し殺した声が届いた。
「何か来る。重い。スライムじゃねえ」
【早耳】が、俺より先に気づいたらしい。
ずしり、と。
床が、かすかに揺れた。
通路の奥から現れたのは、牛ほどもある、背中が岩のように固い蜥蜴だった。
岩背蜥蜴。
本来なら、もっと下の層にいる魔物だ。
はぐれて、一層まで上がってきたのか。
(格上だ)
俺の罠一本で、あの背中を貫けるとは思えない。
蜥蜴は、ゆっくりと、こっちへ歩いてくる。
鼻をひくつかせて、何かを探している。
俺の、五歩先で止まった。
息を、止める。
【隠蔽】に、ありったけの集中を注ぐ。
心臓の音が、うるさい。
聞こえるんじゃないかと思うくらい、うるさい。
蜥蜴の黄色い目が、俺のいる岩陰を、ゆっくりとなめた。
……一秒。
……二秒。
蜥蜴は、ふん、と鼻を鳴らした。
そして、仕掛けた罠をのそりとまたいで、通路の奥へと去っていった。
足音が、完全に聞こえなくなるまで。
俺は、指一本動かせなかった。
「……ぷはっ」
ようやく息を吐き出した時、背中は汗でびっしょりだった。
(三度目は、ない)
罠のそばに隠れて待つ。
それは経験値をもらえる代わりに、死に一番近い場所にいるということだ。
「ユーリ!」
ミーナが駆け寄ってきた。
ガルドも、盾を構えたまま、俺の前に立ってくれている。
「……悪い。助かった、ニック」
「おう。オレの耳に感謝しろよ」
ニックは得意げに胸を張ったが、その膝はがくがく震えていた。
その日、俺はあと三匹のスライムを、罠で倒した。
全部、隠れて待つやり方で。
そして、最後の一匹が弾けた瞬間。
体の奥で、何かが、ぱちんと弾けた。
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