第6話 気付けスキルじゃなかった
隠し部屋が消えていた、とニックが報告した日の夜。
俺たち四人は、いつもの安宿の、いつもの狭い部屋に集まっていた。
ベッドが二つ。床に毛布が二枚。
四人で泊まるには狭すぎる部屋だが、一泊銅貨三十枚で四人まで泊まれるのは、リーデンじゅう探してもここくらいしかない。
みんなが来る前、部屋の隅の水桶をのぞき込むと、自分の顔が映っていた。
黒い髪に、黒い目。
眠たそうに見える、垂れ気味の目。
村では「やる気がなさそう」とよく言われた、いつもの顔だ。
この辺りでは、黒髪は珍しい。
茶色や金色の髪ばかりの村で、黒髪は俺一人だった。
子どもの頃は、それが少し嫌だった。
でも、前世の記憶が戻った今は、妙に見慣れた色に見える。
毎朝、洗面所の鏡で見ていた色だ。
顔立ちまで、どこか前世の自分に似ている気がする。
ただし、ずいぶん若い。
というか、子どもだ。
三十を過ぎた男の記憶が、十六歳の顔の中に入っている。
どうにも落ち着かなくて、俺は水面を指で崩した。
「……で」
ニックが、ベッドの上であぐらをかいた。
「ちゃんと話すって言ったよな、ユー坊」
「言った」
「三日待ったぞ。オレにしちゃ、すげえ我慢したほうだからな」
「ニックにしては、ね」
ミーナが小さく付け加えて、ニックににらまれていた。
ガルドは壁に背中を預けて、腕を組んでいる。
何も言わないが、目だけはまっすぐ俺を見ていた。
俺は、ひとつ息を吸った。
「ステータス、見せるよ」
この世界のステータスは、本人にしか見えない。
だから俺は、浮かんだ板の文字を、そのまま声に出して読み上げた。
最後の一行で、声が少しだけ詰まった。
「ユニークスキル、【よみがえり】。……使用済み」
部屋が、しんとした。
「……使用、済み」
ニックが、その言葉をなぞった。
「待て。待てよ。【よみがえり】って、あれだろ? 気絶から一回だけ立ち直れる、気付けみたいなやつ」
「俺も、そう思ってた」
「それが、使用済みってことは……」
ニックの顔から、すっと血の気が引いた。
「お前……あの後、本当に……」
「死んだ」
俺は、できるだけ普通の声で言った。
「みんなが救援を呼びに行ってくれた後、たぶん、すぐに。で、気がついたら傷がふさがってて、生き返ってた」
「ただの気付けスキルじゃなかったのかよ……!」
ニックが、頭を抱えた。
「なんだよそれ……オレら、間に合ってなかったってことじゃねえか……」
「違う」
俺は首を振った。
「間に合わなかったんじゃない。あの怪我は、治癒師が来ても助からなかったと思う。みんなが急いで戻ってきてくれたから、俺は一人で死なずに、一人で帰らずに済んだんだ」
ニックは何か言いかけて、ぐっと唇をかんだ。
「……やっぱり、そうだったんだ」
ミーナが、静かに言った。
帰り道で、ミーナだけは気づいていた。
「説明には、一度だけって書いてあった。だから、もう二度目はない。……そうだよね」
「ああ」
「だったら、もう本当に、無茶しないで」
ミーナは膝の上で、ぎゅっと拳を握っていた。
「わたし、ユーリの胸に【小治癒】をかけた時、手が震えて止まらなかったんだからね。あんなの、二度とやだから」
「……ごめん」
それしか言えなかった。
その時、ずっと黙っていたガルドが、壁から背中を離した。
大きな体が、俺の前に立つ。
見上げると、ガルドの目が、少し赤かった。
「……宝箱は」
ガルドは言った。
「二度と、一人で開けるな」
「……分かった」
「開ける時は、四人で確かめる。全員がいいと言うまで、開けない」
「分かった」
ガルドはうなずいて、また壁際に戻った。
それで終わりだった。
ガルドにしては、長いほうだ。
「で、だ」
少し落ち着いたところで、ニックが身を乗り出した。
目元はまだ赤いが、口調はいつもの調子に戻っている。
「生き返った話は分かった。分かってねえけど、分かった。でも、もう一個あるだろ」
「もう一個?」
「とぼけんなよ。あれだよ。空中から、槍が出たやつ」
やっぱり、そこは突っ込まれるか。
前世のことを全部話すかどうか、この三日間ずっと考えていた。
三十代の会社員だった記憶がある。
ゲームと漫画が好きだった。
マンホールに落ちて死んで、この世界に生まれ変わった。
……どう考えても、死んだ時に頭がおかしくなったと思われる。
(今はまだ、いいか)
嘘はつかない。
でも、言えることだけを言う。
「死んで、生き返ってから、罠の見え方が変わったんだ」
「見え方?」
「あの宝箱の罠を【罠術】で調べたら、名前だけじゃなくて、仕組みまで分かった。どこを踏むと、何が起きるのか。それが分かったら、その罠を自分でも作れるようになった」
「……は?」
「で、苦し紛れに空中に置いてみたら、出た」
「出た、ってお前……」
ニックが、口を半開きにして固まった。
「罠って、地面に置くもんだろ」
「俺もそう思ってた。でも、出た」
「軽く言うなよ!」
ミーナが、首をかしげた。
「それって……ユーリが、ほかの罠師にできないことを、できるようになったってこと?」
「たぶん。まだ全部は分からないけど」
俺は、三人の顔を順番に見た。
「だから、確かめたいんだ。自分に何ができて、何ができないのか。ちゃんと調べて、ちゃんと分かってから、使えるようにしたい」
ガルドの眉が、ぴくりと動いた。
「……ダンジョンに、戻るのか」
低い声だった。
三日前、俺はダンジョンで死んだ。
ガルドが反対するのは、当たり前だ。
「一層でいい」
俺は言った。
「一層なら、出てくるのはスライムとゴブリンくらいだ。四人で行って、無理はしない。危なくなったら、すぐ引き返す」
ガルドは、しばらく黙っていた。
「……二日、休め」
「え?」
「二日休んでからだ。それと、一層の、入口から見える範囲だけ」
それが、ガルドの出した条件だった。
過保護だ。でも、ありがたい。
「分かった。それでいい」
俺がうなずくと、ニックが「よっしゃ!」と拳を突き上げた。
「空中に罠を出す罠師の検証だろ!? こりゃ歌になるぞ!」
「まだ何もしてないでしょ」
ミーナのツッコミを聞きながら、俺は窓の外を見た。
実は、ずっと気になっていることがある。
罠師は、レベルが上がりにくい。
冒険者の間では、それが常識だ。
「罠で魔物を倒しても、なぜか罠師は強くならない」と。
俺自身、この一年でレベルは4にしか上がっていない。
同じ時期に冒険者になったほかの連中は、もう10を超えている。
でも、本当に「罠師だから」なのか?
前世の俺は、ゲームで納得のいかない仕組みに出会うと、必ずこう思った。
――仕様には、必ず理由がある。
(確かめてやる)
二日後。
俺は、その理由を見つけることになる。
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