第37話 防衛線が崩れ、鎧の群れが上へあふれ出す
支部長室の中が、一瞬で凍りついた。
「――詳しく話せ」
ダグラス支部長が、椅子を蹴って立ち上がった。
「十五層の広場に、下から鎧が一度に押し寄せてきました! 百体を超えています! 銀札のパーティが、石碑で地上へ下がりながら食い止めていますが、鎧の大半は、階段を上へ……!」
職員の声は、ほとんど悲鳴だった。
「十層には、何人いる」
「鉄札のパーティが六組と、運ばれてきた負傷者が二十人ほど……!」
支部長の顔から、血の気が引いた。
十層の石碑は、一度に一組のパーティしか転移させられない。
二十人の負傷者を全員地上に運ぶには、時間がかかる。
鎧の群れが十層に着くまでに、間に合うかどうか。
「動ける者を、全員、十層に送れ。負傷者の転移を最優先だ。それが終わるまで、十層の主の部屋を守れ」
支部長の命令が、廊下に響き渡った。
「……行くぞ」
ガルドが、盾を背負い直した。
迷いのない声だった。
でも、ガルドは、すぐには歩き出さなかった。
振り返って、俺たち三人の顔を、一人ずつ見た。
「十層の負傷者を、全員、地上に送る。それが終わったら、俺たちも引く。誰か一人でも、もう無理だと思ったら、すぐに言え」
オズワルドさんの言葉が、頭をよぎった。
リーダーは、引き際を決めるのが仕事だ。
「最後に石碑に触れるのは、俺だ。いいな」
「兄さん……」
「いいな」
ミーナは、唇をかんで、うなずいた。
ニックが、背負い袋から、羽根つきの帽子を取り出しかけて、やめた。
そっと、袋の奥に押し戻す。
「……帰ってきてから、かぶる」
俺は、黙って、黒樫の棍を握り直した。
十層の主の部屋は、地獄のような騒ぎになっていた。
石碑の前には、負傷者を抱えた冒険者たちが列を作っている。
一組が光に包まれて消えると、すぐに次の一組が石碑に手を当てる。
その向こう、十一層へ続く階段の下から、聞こえていた。
がしゃん。がしゃん。がしゃん。
一つや二つじゃない。
何十もの足音が、重なり合って、地鳴りのように響いている。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。
階段の暗がりから、まず、人が駆け上がってきた。
銀の鎧。セドリックだった。
その後ろに、白銀の翼の三人。ヴァンが、エミールに肩を貸している。
「ユーリ!」
セドリックが、俺に気づいて叫んだ。
「十五層から、ずっと押されてきた! 後ろに、数え切れないほどいる!」
セドリックたちが、石碑の列のほうへ駆け込んでいく。
その直後。
階段の口から、鎧があふれ出してきた。
盾を構えた鎧。剣を振り上げた鎧。両手を突き出した鎧。
隊列を組んだまま、規則正しい足取りで、主の部屋の中になだれ込んでくる。
「全員、動くな!」
俺は、ありったけの声で叫んだ。
「鎧は、動くものに反応する! 石碑の列は、動かずに待て!」
主の部屋の中の動きが、一瞬、止まった。
先頭の鎧たちの剣が、空中で止まる。
でも、それは、ほんの一瞬だった。
石碑の前で、負傷者を抱えた冒険者が、次の転移のために、一歩踏み出した。
その一歩に、鎧の群れが、一斉に向きを変えた。
(だめだ……転移を続ける限り、誰かが動く)
動かなければ、斬られない。
でも、動かなければ、逃げられない。
「ニック! ガルド! 階段の口を塞ぐ!」
俺は、階段の口に向かって走った。
鎧が、俺に反応して、向きを変える。
それでいい。
石碑から、注意をそらせればいい。
階段の口の、すぐ手前の床に。
【滑る床】を、幅いっぱいに三重。
階段から上がってきた鎧が、滑る床を踏んだ。
重い体が傾いて、後ろの鎧を巻き込みながら、階段の下へ転げ落ちていく。
がしゃがしゃがしゃん、と、鉄の塊がぶつかり合う音。
「よし……!」
二体目、三体目も、同じように転げ落ちた。
四体目。
四体目の鎧は、階段の一番上で、足を止めた。
滑る床の、手前で。
それから。
ゆっくりと、一歩横にずれて。
滑る床の、端の、ほんのわずかな隙間を。
規則正しい足取りで、踏まずに、通り抜けた。
背中が、凍りついた。
(……覚えた)
さっき、三体が転げ落ちるのを見て。
滑る床の場所を、覚えた。
五体目も、六体目も、同じように、隙間を通り抜けてくる。
十二層の、飛び矢の罠と同じだ。
一度使った手は、二度と通じない。
ダンジョンは、学んでいる。
それも、今、この場で。
「ユー坊! 右!」
ニックの声に振り向くと、剣の鎧が、すぐそこまで迫っていた。
棍を振る。
当たる瞬間に、【雷の罠】。
ばちんっ、と雷が弾けて、鎧がよろめいた。
でも、倒れない。
鎧には、痺れる体がない。
(雷も、効かない……!)
ガルドが、横から盾で鎧を押し返した。
「ユーリ、下がれ! 前に出るなと言っただろう!」
ガルドの盾に、二体、三体と、鎧の剣が叩きつけられる。
鉄の板を打ち付けた盾が、悲鳴のような音を立てる。
石碑の列は、まだ半分も減っていない。
その時。
階段の口から、ひときわ重い足音が響いた。
がしゃん。
……がしゃん。
ほかの鎧たちが、すっと左右に道を開けた。
現れたのは、ほかの鎧よりも、頭一つ大きな鎧だった。
兜の上に、鉄の冠のような飾りが乗っている。
両手で、巨大な戦斧を握っていた。
その兜の、真っ暗な目の隙間が。
まっすぐに、俺を見ていた。
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