第38話 敵の仕組みを読み解いたら、こっちの罠になった
冠の鎧が、戦斧を振り上げた。
速くはない。
でも、その一振りには、ほかの鎧とは比べものにならない重さがあった。
「ユーリ!」
ガルドが、俺の前に飛び込んだ。
【不動】。【踏ん張り】。
戦斧が、ガルドの盾に叩きつけられた。
ばきん、と。
十層の主の突進にも耐えた盾が、真ん中から、二つに割れた。
ガルドの体が、後ろに弾き飛ばされる。
床に叩きつけられて、転がる。
「兄さん!」
ミーナが悲鳴を上げて、駆け寄った。
ガルドは、すぐに体を起こした。
でも、割れた盾の半分を握ったまま、左腕がだらりと下がっていた。
冠の鎧が、また、戦斧を振り上げる。
その真っ暗な目の隙間は、まだ、俺を見ていた。
俺は、後ずさった。
かかとが、何かにぶつかった。
足元を見る。
古びた鉄の板の山。
今日の昼、俺が罠術で崩した、最初の一体の残骸だった。
片付ける暇もなく、主の部屋の隅に、そのまま置かれていた。
鉄の板の間から、刃こぼれした長剣の柄が、のぞいていた。
(……あの鎧の、剣だ)
頭の中で、何かが、かちりとはまった。
あの鎧は、罠だった。
決まった道を巡って、動くものを斬る罠。
その仕組みを、俺は、この手で読んだ。
――罠【巡る鎧】の構造を理解しました。
構造が分かった罠は、作れる。
教わっていなくても。
見ただけでも。
それが、俺の、罠術だ。
(だったら、俺にも、作れる)
歩いて、巡って、斬る罠を。
ただし、俺の罠として。
狙うのは、鎧だけ。
斬るだけじゃない。触れた鎧の、連動の糸を断ち切る。
そして、鎧に見つからないように、姿を消して歩く。
罠の効果は、構造が分かっていれば、組み替えられる。
飛び矢の罠の起動の場所を、変えたように。
俺は、鉄の板の山から、長剣を引き抜いた。
重い。
錆びて、刃こぼれして、それでも、まだ剣の形をしている。
これを、依り代にする。
長剣を床に突き立てて、両手で柄を握った。
【罠術】を、流し込む。
巡る鎧の構造を、頭の中に広げる。
手足を動かす糸。歩く道を決める糸。
その全部を、俺の形に、組み直していく。
体の奥から、MPが、ごっそりと引き抜かれていった。
【継続罠】の時とは、比べものにならない量。
最大MPそのものが、削り取られていく感覚。
視界が、白く揺れた。
膝が、震えた。
それでも、手を離さなかった。
――罠【巡る鎧】の構造をもとに、新しい罠を組み立てます。
――依り代:古い長剣
――対象:巡る鎧のみ
――効果:斬る/連動を断つ
――姿を隠す:最初の一撃まで
――罠【彷徨い罠】を生成しました。
MP:24/24(最大MP:64のうち、40を罠に預けています)
床に突き立てた長剣が、ふっと、宙に浮いた。
そして、陽炎のように、揺らいで。
見えなくなった。
冠の鎧が、戦斧を振り下ろした。
俺は、横に転がって避けた。
戦斧が、さっきまで俺がいた床を、深々とえぐる。
その時。
冠の鎧の後ろにいた、剣の鎧が。
がしゃりと、崩れた。
何の前触れもなく。
まるで、糸の切れた操り人形のように。
ほかの鎧たちが、一斉に、向きを変えた。
でも、そこには、何もいない。
その隣の、盾の鎧が、崩れた。
さらにその隣の、両手を突き出した鎧が、崩れた。
がしゃん、がしゃん、がしゃん。
規則正しい足音の代わりに、鉄の板が床に散らばる音が、主の部屋に響き始めた。
「……なんだ、あれ」
石碑の列のほうで、誰かが呟いた。
「鎧が、勝手に……」
勝手に、じゃない。
見えない長剣が、鎧の間を、歩いている。
俺の決めた道を巡って。
鎧に触れるたびに、その連動の糸を、断ち切っている。
鎧たちは、見えないものに反応できない。
あいつらの目は、真っ暗な隙間でも、確かに「見て」いた。
だから、見えないものは、斬れない。
「ユー坊、お前、何したんだよ……!」
ニックが、俺の隣に転がり込んできた。
「罠を、作った。鎧と、同じ仕組みの罠を」
「鎧と同じ……!?」
「歩いて、巡って、鎧だけを斬る罠だ」
ニックは、口をぱくぱくさせた。
それから、ぐっと歯を食いしばって、言った。
「……後で、全部説明しろよ!」
冠の鎧だけは、崩れなかった。
見えない長剣が、冠の鎧の背中に触れた時。
最初の一撃で、陽炎が、はっきりとした形を現した。
錆びた長剣を握る、透き通った人の形の影。
長剣が、冠の鎧の背を斬りつける。
小さな雷が、ぱちりと弾ける。
冠の鎧は、よろめいた。
でも、崩れなかった。
(あいつの糸は、太い)
ほかの鎧をまとめる、隊長のような鎧だ。
一太刀では、連動を断ち切れない。
冠の鎧が、振り向きざまに、戦斧で影を薙ぎ払った。
影は、ふわりと後ろに下がって、また陽炎のように揺らいだ。
(もう一度、隙を作らないと)
冠の鎧の動きを、止めないといけない。
でも、滑る床は、もう覚えられている。
落とし穴も、置いてあれば、きっと避けられる。
置いてあれば。
(……置いておかなければ、いい)
冠の鎧が、こっちに向き直った。
戦斧を振り上げて、一歩、踏み出す。
その足が、床に下りる。
その瞬間を、俺は、見ていた。
いや、見るんじゃない。
宿の裏の空き地で、何十回も、何百回も、体に覚えさせた感覚。
当たる、その瞬間に、置く。
冠の鎧の足が、床に触れた。
その、ほんの一瞬に。
その足の真下に、【落とし穴】。
置いてあった罠なら、避けられる。
でも、踏んだ瞬間に生まれた穴は、避けようがない。
冠の鎧の足が、床を突き抜けた。
巨体が、大きく傾いた。
戦斧が、手から離れて、床に転がる。
「ニック!」
「おう!」
ニックが、転がった戦斧の柄を、思いきり蹴り飛ばした。
冠の鎧の手の届かない場所へ。
ガルドが、割れた盾の半分を構えて、冠の鎧の肩に体ごとぶつかった。
【不動】。
傾いた巨体を、穴の中に押さえ込む。
見えない影が、冠の鎧の背中に、もう一度、長剣を突き立てた。
二太刀目。
ぶつり、と。
太い糸が切れる音が、聞こえた気がした。
冠の鎧が、止まった。
それから。
ゆっくりと、ばらばらに、崩れ落ちた。
冠の鎧が崩れると、残っていた鎧たちの動きが、目に見えて鈍くなった。
隊列が乱れ、ばらばらに歩き回るだけになった。
見えない影が、その間を、静かに巡っていく。
一体。また一体。
石碑の前の列は、もう、最後の一組だけになっていた。
「……全員、送った」
ミーナが、震える声で言った。
ガルドが、ゆっくりと立ち上がった。
左腕を押さえながら、主の部屋の中を見回した。
床一面に、鉄の板が散らばっていた。
その時、石碑が光った。
地上から、誰かが転移してきたのだ。
光の中から現れたのは、黒い眼帯の、白髪の男だった。
ダグラス支部長は、主の部屋の惨状を見回した。
床一面の、鉄の板の山。
その間を、陽炎のように揺らぎながら巡っていく、見えない何か。
そして、また一体、鎧が、音もなく崩れた。
支部長の残った右目が、大きく見開かれた。
「……あれは、何だ」
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