第33話 頼れる先輩パーティが、ぼろぼろで帰ってきた
オズワルドさんたちが中層に潜って、二日目の夕方だった。
俺たちは、十層の石碑のある、主の部屋にいた。
中層には下りていない。
でも、何となく、ギルドで待っている気になれなかった。
十層の石碑の前なら、中層から戻ってくるパーティが、必ず通る。
「……来ねえな」
ニックが、何度目かの同じ言葉を呟いた。
「赤錆の鎚は、銀札だよ。わたしたちよりずっと強いんだから」
ミーナが言った。
自分に言い聞かせるような声だった。
ガルドは、主の部屋の奥の、十一層へ続く階段を、じっと見つめていた。
石碑のそばには、ほかの冒険者の姿もちらほらあった。
中層から戻ってきたパーティが、石碑に手を当てて、次々と光の中に消えていく。
どのパーティも、口数が少なかった。
すれ違いざまに聞こえてくるのは、「また鎧が出た」「十四層はもう無理だ」という言葉ばかりだった。
(上に、近づいてきてる)
俺は、主の部屋の壁を見た。
金箱の床と同じ模様が刻まれた、あの壁。
光苔の青白い光の中で、模様は、何も語らずにそこにあった。
その時。
「……足音」
ニックが、ばっと顔を上げた。
「階段の下から。走ってる。……四人。いや、一人が引きずられてる。三人と、一人」
全員が、立ち上がった。
階段の暗がりから、最初に現れたのは、大きな影だった。
オズワルドさんだった。
大剣は、背中になかった。
左腕を、だらりと下げていた。
右腕で、血まみれの仲間の肩を担いでいた。
その後ろから、もう二人。
どちらも、鎧のあちこちが裂けて、顔は土と血で汚れていた。
「オズワルドさん!」
ガルドが、真っ先に駆け寄った。
担がれていた仲間の体を、反対側から支える。
赤錆の鎚の、盾役の男だった。
名前は、確かバルトさん。
胸当てが大きく裂けて、その下から、血がにじんでいた。
目を閉じたまま、浅い息をしている。
「ミーナ!」
「うん!」
ミーナが、すぐにバルトさんの胸に手を当てた。
【小治癒】の光が、灯る。
でも、傷は深い。
ミーナの光では、血を止めるのが精一杯だった。
「石碑で、地上へ」
オズワルドさんが、荒い息の合間に言った。
「ギルドの治癒師なら……まだ、間に合う……」
赤錆の鎚の四人と、俺たち四人で、十層の石碑に手を当てた。
視界が、白く揺れた。
ギルドの奥の、治癒室。
バルトさんは、ギルドの治癒師たちに囲まれて、寝台の上で眠っていた。
命は、取り留めたらしい。
オズワルドさんの左腕は、骨が折れていた。
添え木を当てられて、首から布で吊られている。
「……すまんな。心配をかけた」
廊下の長椅子に座って、オズワルドさんは、苦笑いを浮かべた。
「何が、あったんですか」
俺が聞くと、オズワルドさんの顔から、笑いが消えた。
「十八層だ」
オズワルドさんは、ゆっくりと話し始めた。
「十八層の、広い空間に出た時だ。動く鎧が、いた。十体以上」
「十体……」
「それだけなら、まだよかった。……並んでいたんだ」
並んでいた。
「前に、盾を構えた鎧が二体。その後ろに、剣を持った鎧が三体。さらに後ろに、何も持たずに、両手を前に突き出した鎧が二体。それが、何組も」
ミーナが、口元を押さえた。
「盾役、攻撃役、後衛……」
ニックが、呆然と呟いた。
「それ、冒険者のパーティじゃねえか……」
オズワルドさんは、重々しくうなずいた。
「俺たちが近づくと、前の鎧が盾を構えて、後ろの鎧が回り込んできた。両手を突き出した鎧は、何もしなかった。だが、俺たちが攻撃するたびに、前の鎧のへこみが、元に戻っていった」
「回復役……」
「ああ。まるで、治癒師だ」
背中を、冷たいものが這い上がってきた。
動く鎧は、決まった道を歩いて、動くものに斬りかかるだけのはずだった。
少なくとも、十三層で見た鎧は、そうだった。
でも、十八層の鎧は。
盾役が前に出て。
攻撃役が回り込んで。
回復役が、後ろから支える。
それは、俺たち冒険者が、毎日ダンジョンの中でやっていることだった。
(……真似されてる?)
その考えが、頭をよぎった。
でも、口には出さなかった。
確かめていないことだ。
「バルトが、前の鎧を引きつけてくれた。その隙に、俺たちは逃げた。だが、バルトは……後ろから回り込まれた」
オズワルドさんは、吊った左腕を、右手で強く握った。
「俺の判断が遅れた。もっと早く、撤退を決めていれば」
「オズワルドさんのせいじゃ……」
「いや」
オズワルドさんは、首を振った。
「リーダーは、引き際を決めるのが仕事だ。それを誤った」
その言葉に、ガルドが、ぴくりと肩を動かした。
ガルドも、リーダーだ。
十層の主に挑む前、ガルドは「撤退の判断は、俺がする」と言った。
オズワルドさんは、ガルドを見た。
「お前は、間違えるなよ」
ガルドは、何も言わずに、深くうなずいた。
その夜。
ギルドの二階の、支部長室の窓に、遅くまで明かりがついていた。
宿に戻る途中、俺は、何度もその窓を振り返った。
翌朝。
ギルドの掲示板に、新しい紙が貼り出されていた。
昨日までの紙より、ずっと大きな紙だった。
字も、ずっと大きかった。
――リーデンの縦穴に、氾濫の前兆あり。
――ギルドは、全冒険者に、緊急の招集をかける。
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