第30話 盾士の引きつけが、まったく効かない敵
「戻る」
ギルドを出たところで、ガルドが言った。
迷いのない声だった。
「白銀の翼に、知らせる。あの鎧がいる場所を」
「……兄さん、いいの?」
ミーナが、兄の顔を見上げた。
「あの人たち、わたしたちのこと、ずっと馬鹿にしてたのに」
「関係ない」
ガルドは、短く言った。
「知っていて黙っていたら、ユーリが八層であいつらを見捨てるのと同じだ」
ニックが、帽子をしまった背負い袋を、きつく背負い直した。
「……しょうがねえな。知らせるだけだぞ。戦うわけじゃねえからな」
「ああ。知らせるだけだ」
俺は、うなずいた。
でも、本当は分かっていた。
あの鎧に出会ってしまったら、知らせるだけでは済まないかもしれない、ということを。
十三層に下りた時には、地上はもう夕方になっているはずだった。
ステータスを確かめる。
MP:43/43(最大MP:58のうち、15を罠に預けています)
十一層の【継続罠】は、まだ動いている。
今からあそこに寄って解除している時間はない。
【継続罠】は、罠のある場所に行かなければ、止められない。
(使えるMPは、43だけか)
放置で稼ぐか、目の前の戦いに備えるか。
その選択を、こんな形で迫られるとは思わなかった。
「――っ!」
先頭のニックが、突然、足を止めた。
「悲鳴だ。女の声……ロザリンドだ!」
ニックが、駆け出した。
「この先の、行き止まりの方! 鎧の音が、二つ!」
二つ。
行き止まりの、狭い空間。
そこに、白銀の翼の四人が追い詰められていた。
そして、その前に、二体の鎧が立っていた。
さっき見たのと、同じような、古びた全身鎧。
錆びた長剣を振り上げて、一定の間隔で、規則正しく斬りかかっている。
「この……っ!」
セドリックが、剣で受け止める。
火花が散る。
セドリックの剣は、鎧の胴を何度も斬りつけていた。
でも、鎧は、へこむだけで、少しも怯まない。
「燃えなさい!」
ロザリンドの杖から、炎が噴き出した。
炎は、もう一体の鎧を包み込む。
鎧は、赤く焼けながら、それでも、まったく同じ速さで歩き続けた。
「なんで……なんで効かないの……!」
ロザリンドの声が、悲鳴に変わっていた。
奥の壁際で、エミールが、ヴァンの腕に治癒の光をかけていた。
ヴァンの腕から、血が流れている。
エミールの光は、弱々しく、途切れ途切れだった。
もう、MPがほとんど残っていないのだ。
「白銀の翼!」
ガルドが、声を張り上げた。
セドリックが、振り向いた。
その顔に、驚きと、それから、一瞬だけ、安堵が浮かんだ。
「お前たち……!?」
「下がれ! 俺が引きつける!」
ガルドが、盾を打ち鳴らした。
【引きつけ】。
魔物の注意を、自分に集めるスキル。
今まで、どんな魔物にも効いてきた。
二体の鎧は――。
こっちを、見なかった。
まるで、ガルドの盾の音など、聞こえていないかのように。
規則正しく、白銀の翼に向かって、剣を振り続けている。
「……効かない」
ガルドの声が、かすれた。
「【引きつけ】が、効かない……!」
背中が、凍りついた。
【引きつけ】は、生き物の注意を引くスキルだ。
それが、効かない。
(こいつら、生き物じゃないのか……?)
考えるのは、後だ。
俺は、二体の鎧の動きを、じっと見た。
一体目は、セドリックが動くと、セドリックに剣を振る。
二体目は、ロザリンドが杖を振ると、ロザリンドに向きを変える。
(動いたものに、反応してる)
さっきの鎧は、決まった道を歩き続けていた。
そして、俺たちが息をひそめている間は、こっちに気づいたように見えても、何もしてこなかった。
決まった道の上で、動くものがあれば、斬りかかる。
動かなければ、何もしない。
それは、まるで――。
(罠の、起動条件だ)
「白銀の翼! 動くな! 全員、その場で止まれ!」
俺は、叫んだ。
「は!? 何を言って――」
「いいから、止まれ! 剣も杖も、動かすな!」
セドリックは、一瞬だけ俺を睨んだ。
それから、歯を食いしばって、剣を構えたまま、ぴたりと動きを止めた。
ロザリンドも、エミールも、ヴァンも、息を殺して固まった。
二体の鎧の剣が、空中で、止まった。
動くものが、なくなったからだ。
「……止まった」
ロザリンドが、震える声で呟いた。
その瞬間、俺は、自分が動かなければいけないことに気づいた。
二体の鎧の、ちょうど真上。
行き止まりの空間の天井は、低い。
「ニック!」
「なんだ!」
「俺が合図したら、あいつらの前を、走って横切ってくれ! こっちの通路に向かって!」
「オレが囮かよ!」
「お前が一番速い!」
ニックは、一瞬だけ天を仰いで、それから、ばっと駆け出した。
鎧の、目の前を。
二体の鎧が、同時に、ぎしりと向きを変えた。
動いたニックを追って、規則正しい歩幅で、通路に向かって歩き出す。
がしゃん。がしゃん。
二体が、並んで、通路の入口の、天井の低い場所に差しかかる。
俺は、天井に向かって、両手をかざした。
十一層で覚えた、あの罠。
【吊り天井】。
体の中から、MPが、根こそぎ引き抜かれていく。
視界が、白く揺れた。
ごうん、と。
洞窟が揺れるほどの音を立てて、天井の岩盤が、落ちた。
二体の鎧が、岩の下に消えた。
土煙が、もうもうと立ち込める。
MP:1/43
膝が、がくんと折れた。
ガルドが、横から俺の体を支えてくれた。
土煙が、ゆっくりと晴れていく。
落ちた岩盤の下から、鎧の腕が一本、突き出していた。
その腕が、しばらく、ぎしぎしと動いていた。
規則正しく。
剣を振るように。
やがて、その動きも、止まった。
白銀の翼の四人は、行き止まりの奥で、呆然と立ち尽くしていた。
ヴァンの腕の傷は、エミールがかろうじて血を止めていた。
ロザリンドは、杖を握りしめたまま、その場にへたり込んでいた。
セドリックが、ゆっくりと、こっちに歩いてきた。
銀の鎧は、あちこちがへこんで、傷だらけだった。
金色の髪は、汗と土で汚れていた。
セドリックは、俺の前で、足を止めた。
そして。
深く、頭を下げた。
「……助かった」
ギルドで、俺を笑っていた声とは、まるで違う、低くて、静かな声だった。
「借りが、二つになったな」
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