第3話 俺を殺した罠を、今度は俺が使う
逃げるべきだ、と頭では分かっていた。
HPは3。
ここは上層とはいえ、ダンジョンの中だ。一人で、まともに戦える状態じゃない。
それでも、俺の足は、あの床の前で止まっていた。
(気になる)
前世の俺は、ゲームで負けると、なぜ負けたのかを調べないと気がすまないタイプだった。
攻略サイトを開く前に、まず自分で原因を探す。
次に同じ場面が来た時、二度と同じ負け方をしないために。
今の俺に必要なのも、それだ。
「……調べよう。少しだけ」
俺は穴の輪の前にしゃがみ込んだ。
まず、見えるものから。
穴は全部で十二個。
金箱があった場所の手前、ちょうど人がひざまずく位置を囲むように並んでいる。
その輪の真ん中に、一枚だけ、ほかより少し沈んだ石があった。
指で押すと、かすかに、かちりと鳴る。
(これを踏んだから、槍が出た)
俺が膝をついた、まさにその場所だ。
次に、金箱が置いてあった床。
目をこらすと、石の表面に細い線が刻まれている。
あの時、金箱の蓋で揺らいで見えた模様と、同じ形だ。
(模様は、金箱じゃなくて床のほうにあった。金箱は、この模様が見せていた幻……)
つまり、こういうことになる。
床の模様が、金箱の幻を見せる。
人が金箱を開けようとして、ひざまずく。
ひざまずいた膝が、真ん中の石を押す。
石が押されると、周りの十二本の槍が飛び出す。
前世のゲームで、似た仕掛けを何度も見た。
お宝で釣って、決まった場所に立たせて、そこを刺す。
罠としては、むしろ古典的なくらいだ。
「……よくできてる」
自分を殺した罠に、思わず感心してしまった。
ここで、ふと思った。
罠を「調べる」なら、俺には【罠術】がある。
今まで、この力で分かるのは罠の名前くらいだと思っていた。
実際、それ以上のものが見えたことはない。
ギルドの酒場で、何度も言われた言葉がある。
「罠師? ああ、準備ばっかりで遅い職な」
「仕掛けてるうちに、戦いが終わっちまうだろ」
言い返せなかった。
本当に、そのとおりだったからだ。
教わった罠を、教わったとおりに置く。それ以上のことを、俺は一度も考えたことがなかった。
でも、それは。
罠の名前を知って、それで満足していたからじゃないのか。
俺は床に手を当てて、【罠術】を使った。
いつもなら、ここで名前が浮かんで終わりだ。
【地穿ちの槍】
ほら、やっぱり名前だけ。
そこで、俺は手を離さなかった。
真ん中の石。
十二の穴。
床の下で、石と槍がどうつながっているのか。
さっき目で確かめたことを、一つずつ思い浮かべながら、【罠術】を流し込み続ける。
すると。
名前の下に、ぼんやりと、別の文字がにじみ出てきた。
【地穿ちの槍】
起動:踏む
効果:刺す
連動:幻の宝箱
「……出た」
声が震えた。
一年間、罠師をやってきて、初めて見る表示だった。
さらに、頭の奥に、声ではない響きが落ちてくる。
――罠【地穿ちの槍】の構造を理解しました。
――罠【幻の宝箱】の構造を理解しました。
――この罠は、生成できます。
「生成、できる……?」
罠師が作れるのは、師匠や先輩から作り方を教わった罠だけ。
それが常識だった。
落とし穴、滑る床、毒、飛び矢。教わった基本の罠なら、俺にも作れる。
でも、ダンジョンの罠を調べただけで自分のものにできるなんて、聞いたことがない。
(試すしかないだろ、これは)
俺は隣の何もない床に手をかざした。
【地穿ちの槍】を、一本だけ。
体の中から、何かがすっと抜けていく感覚。
次の瞬間、床から一本の槍が、鋭い音を立てて突き出した。
「おお……!」
ステータスを開く。
MP:25/30
一本で、MP5。
悪くない。というか、すごく、いい。
(待て。待て待て待て)
心臓が、さっきとは別の意味でうるさくなってきた。
教わっていなくても、構造さえ分かれば、作れる。
だったら、前世の記憶はどうなる?
前世の俺は、数えきれないほどの罠を「見て」きた。
ゲームの中で。漫画の中で。たまに観た映画の中で。
天井が落ちてくる部屋。
坂の上から転がってくる大岩。
踏むと向きが変わる回転床。
足元に張られた細い糸と、その先の仕掛け。
頭の中に、次から次へと浮かんでくる。
この世界の罠師が、誰一人として知らない罠たち。
もちろん、全部がすぐに使えるとは限らない。
作るには、きっと構造を分かっていなきゃいけないし、MPだって足りない。
それでも。
「これ……完全に、新作のゲームじゃねえか」
前世の最後に、やりたかったもの。
来週出るはずだった、新作のゲーム。
それが今、目の前にある。
しかも、やり直しのきかない、一回きりのやつだ。
(悪くない。全然、悪くない)
自然と、口元がゆるんだ。
その時だった。
かり、かり、と。
部屋の外の通路から、石を引っかく音がした。
ひとつ。
ふたつ。
……みっつ。
音は、ゆっくりと、こっちへ近づいてくる。
血の匂いだ。
俺の服にこびりついた、俺自身の血の匂い。
HPは、3のまま。
俺は床に転がっていた自分の棒を拾い上げ、強く握りしめた。
村を出る時に持ってきた、ただの樫の棒だ。
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