第26話 罠は、解除するより使うもの
三日後。
ブルーノ親方の店で受け取った棍は、思っていたよりずっと手になじんだ。
黒樫の芯は、樫の棒よりわずかに重い。
先端には、拳ほどの鉄の石突き。
握りには、何かの獣の分厚い革が、しっかりと巻かれている。
「試しに振ってみろ」
親方に言われて、店の裏の丸太に打ち込んでみた。
当たる瞬間に、【雷の罠】。
ばちん。
石突きの先で雷が弾けて、丸太の表面が黒く焦げた。
手元には、何も来なかった。
「……来ない」
「当たり前だ。誰が作ったと思ってる」
親方は、ふん、と鼻を鳴らした。
でも、その口元は、満足そうにゆるんでいた。
その日、俺たちは、十二層まで足を延ばした。
中層の魔物にも、少しずつ慣れてきた。
狼の群れは、ガルドが引きつけて、俺が雷で痺れさせて、ニックが仕留める。
雷角鹿は、俺が槍の避雷針を立てて、雷を使い切らせてから倒す。
「なんか、オレら、ちゃんと中層で戦えてるな」
ニックが、感心したように言った。
「最初の日は、狼三匹で死にかけたのに」
「死にかけてはないでしょ。引っかき傷だよ」
「気持ち的には死にかけたんだよ」
十二層の、長い一本道の手前で、ニックが足を止めた。
「……待て。罠だ」
ニックが、通路の両側の壁を指さした。
「壁に、小さい穴が並んでる。右に五つ、左に五つ。床の、真ん中あたりの石を踏むと、たぶん両側から矢が飛んでくる」
【斥候術】の罠を見つける力は、中層に来てから、ますます冴えていた。
俺は、床の石に手を当てて、【罠術】を流し込んだ。
――【飛び矢】
起動:踏む
効果:射る
連動:両側の壁の穴
飛び矢。
俺が昔から使える、基本の罠と同じ名前だ。
でも、ダンジョンの飛び矢は、規模が違う。
十本の矢が、両側から一斉に飛んでくる。
「よし、解除するか。右の壁の、一番手前の穴に詰め物すりゃ――」
ニックが、腰の道具袋に手を伸ばした。
斥候は、罠を見つけたら解除する。それが仕事だ。
「待ってくれ」
俺は、ニックの手を止めた。
「解除しないで、残しておきたい」
「は? なんでだよ。誰か踏んだら死ぬぞ」
「誰かじゃなくて、魔物に踏ませる」
ニックが、きょとんとした。
「この罠、どこを踏むと発動するか、俺にはもう分かってる。仕組みもだ」
構造が分かった罠は、自分でも作れる。
それだけじゃない。
構造が分かっているなら、手を加えることもできるはずだ。
「起動する石を、通路の真ん中から、こっち側の入口に動かす。それで、矢が飛ぶ瞬間を、俺たちの都合に合わせられる」
俺は、床の石の仕掛けに、【罠術】を流し込んだ。
石と、壁の穴をつなぐ仕掛け。
その「つなぎ目」を、ほんの少しずらす。
真ん中の石ではなく、入口から三歩目の石を踏んだ時に、矢が飛ぶように。
――罠【飛び矢】の起動の位置を、変更しました。
「……できた」
「できた、じゃねえよ! ダンジョンの罠をいじるとか、聞いたことねえぞ!」
それを試す機会は、すぐに来た。
通路の奥から、狼の遠吠えが聞こえてきた。
ニックの【早耳】によると、五匹。
今までで一番大きな群れだ。
「五匹は、正面からじゃきつい」
「だから、ここで迎える」
俺は、通路の入口から少し下がった場所で、全員を止めた。
「ガルド。群れを、通路のこっち側まで引っ張ってきてくれ。入口から三歩目の石を、狼に踏ませたい」
「……俺は踏まないのか」
「ガルドは、二歩目で止まって、盾を構えてくれ。ニック、三歩目の石、見えるよな」
「見えてる。光ってる」
ガルドが、通路に入っていった。
盾を打ち鳴らす音が、奥へと響いていく。
遠吠えが、近づいてくる。
足音。
五匹分の、速い足音。
ガルドが、通路から後ずさりで戻ってくる。
盾を正面に構えたまま。
一歩。二歩。
そこで、止まった。
狼の群れが、ガルドを追って、通路の入口に殺到した。
先頭の一匹の前足が、三歩目の石を踏んだ。
――かちり。
両側の壁の穴から、十本の矢が、一斉に放たれた。
矢は、ガルドの盾の、ほんの少し手前を交差するように飛んだ。
ちょうど、群れの真ん中を。
甲高い悲鳴が、いくつも重なった。
五匹のうち、三匹が、矢に貫かれてその場に倒れた。
残りの二匹は、何が起きたのか分からずに、足を止めて立ちすくんでいる。
「ニック、ユーリ、今だ!」
ガルドの声と同時に、俺とニックが飛び出した。
棍の石突きが、一匹の肩に当たる。
ばちん、と雷が弾けて、狼が痺れて倒れる。
ニックの短剣が、最後の一匹の首筋に沈んだ。
静かになった通路で、ニックは、壁の穴と、倒れた狼と、俺の顔を、何度も見比べていた。
「……ユー坊」
「なんだ」
「罠を、解除するんじゃなくて、使うのかよ……」
ニックの声には、呆れと、それ以上の驚きが混じっていた。
「斥候のオレが、一年かけて覚えた罠の解除が、全部『もったいない』ってことになるじゃねえか」
「そんなことない。ニックが罠を見つけてくれなかったら、俺はどこに罠があるかも分からない」
それは、本心だった。
ニックが見つけて、俺が読み解いて、俺たちの罠にする。
一人では、できないことだ。
「……そっか」
ニックは、少し照れたように鼻をこすった。
「じゃあ、オレが見つけて、お前が乗っ取る。それでいこうぜ、相棒」
その日の帰り道、俺たちは、もう一度その通路を通った。
乗っ取った飛び矢の罠は、まだそこにあった。
【罠の持続】のおかげか、ダンジョンの罠が、俺の書き換えた形のまま残っていた。
翌日も、十二層に潜った。
あの通路を、もう一度使うつもりだった。
「……おい、ユー坊」
通路の手前で、ニックが足を止めた。
その声が、硬かった。
「罠の、形が変わってる」
俺は、床に手を当てた。
【罠術】を、流し込む。
起動の位置は、入口から三歩目ではなく、通路の真ん中に戻っていた。
それだけじゃない。
起動する石が、一つではなく、二つに増えていた。
片方を避けて踏んでも、もう片方を踏めば、矢が飛ぶように。
壁の穴も、両側に五つずつから、七つずつに増えていた。
まるで。
俺が書き換えたことに、気づいて。
同じ手を、二度と使わせないように、作り直したみたいに。
(……ダンジョンの罠が、変わった?)
背中を、冷たいものが走った。
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