第25話 レベル10で五つ目の枠、そして黒樫の棍
翌日。
中層、十一層。
俺たちは、また、灰色の狼の群れと向き合っていた。
三匹。
初めて中層に下りた日に、俺たちを手こずらせた相手だ。
「……あれで試すのか」
ガルドが、盾を左手に構えたまま言った。
右手の痺れは、まだ完全には抜けていない。
「ああ。木箱と違って、動く。避ける。それでも当たるかどうか、確かめたい」
「お前は前に出るな。十層の時の約束を忘れるな」
「忘れてない。ガルドが引きつけた相手を、横から叩く」
ガルドは、短くうなずいた。
狼たちが、左右に分かれて回り込んでくる。
上層の魔物みたいに、まっすぐ来てはくれない。
「――こっちだ」
ガルドが、盾を打ち鳴らした。
【引きつけ】。
三匹の視線が、ガルドに集まる。
狼たちは、ガルドを囲むように、じりじりと距離を詰めていく。
一匹が、ガルドの盾に飛びかかった。
牙が、盾の縁を噛む。
その一瞬。
狼の動きが、止まった。
(今だ)
俺は、横から踏み込んで、棒を振り下ろした。
狼の肩。
当たる、その瞬間に――。
ぱちん。
光は、狼の毛皮の、指一本分手前で弾けた。
早かった。
狼が、牙を盾から離して、俺のほうに首をひねった。
赤い口が、俺の腕に向かって開く。
「ユー坊!」
ニックの短剣が、狼の鼻先をかすめた。
狼が、ひるんで飛び退る。
(……くそ。動く相手は、やっぱり違う)
木箱は、そこから動かない。
でも、狼は、叩かれる直前に、体をよじる。
そのわずかなずれで、タイミングが狂う。
「ユーリ、焦らないで!」
ミーナの声が、後ろから飛んできた。
「昨日、言ってたでしょ。音じゃなくて、体で覚えたって!」
俺は、息を吐いた。
体で、覚えた。
木箱に当たる、その手応え。
棒の先が、何かに触れる、あの感触。
目で見て合わせるから、ずれる。
(見るんじゃない。当たる感触に、合わせるんだ)
二匹目の狼が、ガルドの盾に飛びかかった。
俺は、もう一度、踏み込んだ。
狼が、体をよじる。
棒の先が、狼の背中の毛に、触れた。
――その感触が、手のひらに届いた瞬間。
ばちんっ!
青白い光が、狼の背中で弾けた。
狼の全身が、びくんと跳ねた。
四本の脚が突っ張って、そのまま、横倒しに崩れ落ちる。
痺れて、動けない。
「入った……!」
「ニック、そいつを!」
「おう!」
ニックの短剣が、痺れて動けない狼の首筋を正確に突いた。
残りの二匹は、目に見えて動きが慎重になった。
仲間が、何をされたのか分からない、という顔だった。
そこからは、早かった。
ガルドが引きつけて、俺が叩いて痺れさせて、ニックが仕留める。
最後の一匹は、ミーナの痺れ薬の霧と、俺の雷で、ほとんど動けないまま倒れた。
全部で、上層の牙鼠を相手にした時と変わらないくらいの時間だった。
その瞬間、体の奥で、ぱちんと何かが弾けた。
ステータスを開く。
名前:ユーリ
年齢:16
職業:罠師
レベル:10
HP:51/62
MP:14/52
力:12
体:14
速:16
器用:24
魔力:23
スキル:【罠術】【棒術】【隠蔽】【魔力回復】【 】
ユニークスキル:【よみがえり】(使用済み)
レベル5になった時と比べる。
器用と魔力が、ほかの数字を置き去りにして伸びていた。
罠を作るたびに、少しずつ。
(完全に、罠師の育ち方だな)
前世のゲームなら、魔法使いと職人の間みたいな数字だ。
そして、スキルの欄に。
五つ目の枠が、開いていた。
「……来た」
俺は、背負い袋から、革表紙の書を取り出した。
十層の主の宝箱から出た、【罠の持続】の書。
この日のために、ずっと持ち歩いていた。
「え、もう使うの? 今?」
「今だ。ずっと待ってたんだ」
書を開くと、ページが淡く光って、俺の胸に吸い込まれていった。
スキルの欄に、【罠の持続】の文字が浮かぶ。
「……罠が消えにくくなる、だっけ」
ニックが、ステータスの見えない俺の顔をのぞき込んだ。
「お前、またそういう地味なの選ぶよなあ。せっかくの五つ目なんだから、もっとこう、ドカーンとした攻撃のやつとか」
「罠は、置いてる間しか効かない。消えにくくなれば、それだけ長く効く。地味じゃない」
「その説明が地味なんだよ」
ミーナが、くすくす笑った。
「でも、ユーリが地味なの選ぶ時って、だいたい後ですごいことになるよね。【魔力回復】の時も、そうだったし」
言われてみれば、そうかもしれない。
その日の夕方。
俺たちは、リーデンの職人通りにある、鍛冶屋を訪ねた。
「棍を、一本作ってほしいんです」
店の奥から出てきたのは、腕の太い初老の親方だった。
白髪まじりの短い髪に、煤で黒くなった前掛け。
左の頬に、古い火傷の跡がある。
ガルドの盾を直してくれた、ブルーノ親方だ。
「棍? 槍じゃなくてか」
「【棒術】しか持ってないので。新しく武器のスキルを覚えるより、今の技を生かしたいんです」
ブルーノ親方は、俺の手の中の樫の棒を、ひょいと取り上げた。
棒の先が、黒く焦げている。
昨日の練習で、何十回も雷を弾けさせた跡だ。
「……こいつは、雷か」
「分かるんですか」
「鍛冶屋が、焦げ跡を見間違えるかよ」
親方は、焦げた先端を、指先でなでた。
「お前さん、最初は鉄の芯を入れた棍が欲しいと言うつもりだったろう」
「……はい」
「やめとけ。芯まで鉄にしたら、先で弾けた雷が、芯を伝って手元まで来る。自分が痺れるぞ」
昨日、ちょうど身をもって知ったばかりだった。
「芯は、硬い黒樫にする。先端にだけ、鉄の石突きをはめる。握りには、雷を通さねえ獣の革を厚く巻く」
親方は、にやりと笑った。
「先っぽは固くて重い。手元には雷が来ない。それで、どうだ」
「……それで、お願いします」
値段は、銀貨三枚。
共有資金から出すことに、三人とも何も言わなかった。
「三日後に取りに来い」
親方は、焦げた樫の棒を、俺の手に返した。
「それと、坊主。雷の罠を武器の先に仕込むなんて話は、四十年鍛冶屋をやってて初めて聞いた」
左の頬の火傷の跡が、炉の火に照らされていた。
「面白え。いいもん作ってやる」
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