第22話 中層の魔物は、雷をまとっていた
入口の石碑から十層へ転移して、主の部屋の奥の階段を下りる。
十一層に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
ひんやりとしていた上層の空気が、じっとりと重い。
壁の光苔は、青ではなく、薄い緑色に光っている。
どこか遠くで、水の滴る音がしていた。
「……ここから、中層か」
ガルドが、修理を終えたばかりの盾を構え直した。
ひびの入っていた真ん中には、鉄の板が新しく打ち付けられている。
十層の主を倒してから、半月。
俺たちは、上層の八層から十層あたりで経験を積んで、ようやく中層に下りる決心をした。
「ギルドの決まりでは、中層は銅札からが推奨だよね」
ミーナが、少し不安そうに言った。
「推奨、だ。禁止じゃない」
俺は言った。
「それに、今日は十一層の入口あたりを見て回るだけだ。様子を見て、危なければすぐ戻る」
「お前のその『すぐ戻る』、いつも信用できねえんだよな」
ニックが、からかうように言った。
でも、その目は真剣に、通路の奥を見つめていた。
中層の魔物は、上層とは明らかに違った。
最初に出会ったのは、大きな灰色の狼の群れだった。
三匹で、互いに声をかけ合うように吠えながら、左右から回り込んでくる。
上層のゴブリンや牙鼠は、ただまっすぐ向かってくるだけだった。
こいつらは、違う。
「ガルドを囲もうとしてる!」
「ユー坊、罠は!?」
「置ける場所が、読めない……!」
まっすぐ来ない相手には、通り道に罠を置けない。
空中に槍を出しても、狼は直前で身をひねって避けた。
結局、ミーナの痺れ薬の霧で動きを鈍らせて、ガルドが引きつけて、ニックと俺が一匹ずつ仕留めた。
三匹を倒すのに、上層の牙鼠六匹の何倍も時間がかかった。
「……はあ、はあ。きっつ……」
ニックが、壁に背中を預けた。
腕に、浅い引っかき傷ができていた。
ミーナが、すぐに【小治癒】をかける。
(罠の弱点が、もろに出たな)
罠は、相手の動きが読めて初めて役に立つ。
賢い魔物ほど、罠を置く場所が難しくなる。
前世のゲームでも、そうだった。
序盤の敵はまっすぐ突っ込んでくるけど、中盤からは動きが複雑になる。
同じ戦い方は、通用しなくなる。
中層は、ダンジョンの罠も、上層とは別物だった。
「――止まれ」
十一層の、長い通路の手前。
ニックが、片手を上げて全員を止めた。
「この先、床の石が三つ、微妙に色が違う。踏むと何か動く」
【斥候術】の、罠を見つける力。
最近のニックは、この力がどんどん鋭くなっていた。
俺の罠を毎日見ているせいか、罠の気配に敏感になってきたらしい。
「どんな罠かは分かるか?」
「そこまでは……。でも、上を見ろ」
ニックが、天井を指さした。
通路の天井が、そこだけ、わずかに低かった。
いや、低いんじゃない。
天井の一部が、周りの岩から、指一本分くらい浮いている。
俺は、床の石に手を当てて、【罠術】を流し込んだ。
――【吊り天井】
起動:踏む
効果:圧殺
連動:天井の岩盤
(……吊り天井)
背中が、ぞくりとした。
前世の映画で見たことがある。
古い遺跡の通路で、主人公たちの頭上から、天井がゆっくりと下りてくる場面。
あの時は、画面の向こうの話だった。
これを踏んでいたら、四人まとめて、潰されていた。
「……ニック。お前がいなかったら、俺たち今ごろ平らになってた」
「だろ? もっと褒めろよ」
「すごい。天才。斥候の鑑」
「棒読みじゃねえか!」
軽口を叩きながら、俺は【罠術】を流し続けた。
床の石と、天井の岩盤をつなぐ仕掛け。
石が沈むと、天井を支えている楔が外れて、岩盤が落ちる。
仕組みが、頭の中に入ってくる。
――罠【吊り天井】の構造を理解しました。
――この罠は、生成できます。
「……覚えた」
「は?」
「吊り天井。作れるようになった」
三人が、ぽかんと俺を見た。
「天井を、落とせるようになったってこと……?」
「天井のある場所なら、たぶん。MPは、かなり食いそうだけどな」
前世で見た罠が、また一つ、この世界で本物になった。
ニックが、ぶるっと身震いした。
「……お前が味方で、本当によかったわ」
罠の場所を避けて、通路の脇の細い道を進んだ時だった。
先頭を歩いていたガルドが、足を止めた。
「……何か、光った」
通路の先の、少し開けた場所。
薄緑の光苔の中で、何かが、ぱちぱちと青白く瞬いている。
鹿だった。
馬ほどもある、大きな鹿。
頭から生えた二本の角が、枝分かれしながら大きく広がっている。
その角の先端で、青白い光が、ぱちぱちと弾けていた。
「……雷角鹿だ」
ニックが、オズワルドさんから聞いた魔物の名前を呟いた。
「中層の、厄介なやつ。角に、雷を溜めるって……」
雷角鹿が、こっちを向いた。
角の光が、ひときわ強くなる。
ぱちぱちという音が、じじじ、という低い唸りに変わった。
「ガルド、下がれ!」
俺が叫ぶより、一瞬早く。
角の先から、青白い光の筋が、空気を裂いて走った。
光は、一番前にいたガルドの盾に、まっすぐ吸い込まれた。
「――ぐっ……!」
ガルドの体が、大きく跳ねた。
盾を握ったまま、その大きな体が、がくりと膝をつく。
「兄さん!」
ミーナの悲鳴が、通路にこだました。
ガルドは、倒れなかった。
【踏ん張り】で、かろうじて体を支えている。
でも、盾を持つ腕が、小刻みに震えていた。
指が、思うように動かないらしい。
「……しびれる」
ガルドが、歯を食いしばって言った。
雷角鹿の角に、また、青白い光が溜まり始めていた。
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